第45話 やらかす

 店員に怒られて、グウが謝った。

 次やったら出禁だと言われた。


「ほかのお客さんの迷惑にならないように、行儀よく飲みましょうね。わかった?」

「はーい」「ワン」


 気を取り直して宴を続行する隊員たち。

 だが、もはや気を取り直せない段階の者もいた。


「もう丸坊主にするしかないっす……」


 ザシュルルト隊員は、上半身裸で泣きべそをかきながら、フライドフィンガーをかじっていた。

 上着は消火の際にずぶ濡れになったので、頭上のはりに干してある。

 もともとオレンジと緑の派手なタワシみたいだった彼の髪は、いまや使い込んだ金タワシのようにチリチリに焦げていた。


「大丈夫だって、ザシュ! 若いんだから、きっとまたすぐに生えてくるって!」

 どうにか励まそうとするグウ。

「ほら、ザシュに謝んなさい。フェアリー」


「えー。僕チンのせいじゃないもん。ザシュが女体化見たいって言ったんだもん」

 赤毛のセクシーな美女が、悪びれずに言った。


 女体化したフェアリーは、小太り体型が全体的に引き伸ばされて、ナイスバディになっていた。

 変身前は150センチ程度だった身長が、今は170センチくらい。

 もともと色白でモチ肌なこともあり、なかなかの美人に仕上がっている。


「だからって、いきなり発火したら危ないでしょ!」


「そうだぞ、フェアリー。ちゃんと謝罪すべきだ」と、ゼルゼ隊員。


「お前が言う資格はねえよ!」

 グウは間髪入れずにツッコんだ。


「しょうがないなあ。悪かったよ、ザシュ。お詫びにオッパイ触らせてあげるから元気出しなよ」


「え! マジっすか!」

 ザシュはガバッと顔を上げた。


 切り替えはや! と、隣のギルティは思った。


 ザシュはテーブルを飛び越えて、フェアリーとビーズの間に割り込むと、フェアリーの胸をおそるおそる両手でんだ。


「うおおお! なんて柔らかさだ!」


「ウフン。脂肪をすべて胸に集めたからIカップよ」

 フェアリーは自慢げに言った。


「すげえ!」

「吾輩にも揉ませなさい!」


「ちょっと皆さん、人が見てますよ!」

 ギルティは顔を赤くしながら言った。


「おい、あんまり騒ぐなよ。今度こそ追い出されるからな」

 グウが奥の席から注意する。


「隊長! すごいっすよ!! ふわっふわっす!」


「え、そんなに?」


 その反応に、ギルティは思わず真顔でグウのほうを見る。

 目が合うと、彼はギクッとした顔をした。


「いや、揉まないよ? 揉むわけないじゃん。お前らも、人前でそういうことしない!」


 フェアリーはギルティの胸にチラリと目をやると、切れ長の目を細めてフフンと笑った。


「ちょ、なんですか! その勝ち誇ったような顔は!」


「残念だけど、アンタの胸じゃ隊長は落とせないわよ」


「なっ!?」


「あらやだっ! アンタも隊長狙いなの?」

 ゼルゼがクネクネしながら言った。


「なんでお前までオネエ口調になるんだよ」

 ツッコミを入れるビーズ隊員。


「狙ってません! それに隊長は胸だけで相手を選ぶような人じゃないと思いますけどっ」


「そうかなあ。ベリ様もデカイし、案外胸なんじゃないすか?」

 ザシュが唐揚げを頬張りながら言った。


「あの二人って、べつに付き合ってないだろ?」と、ビーズ。


「……」

 ギルティは少し前の出来事を思い出した。

 魔王軍の庁舎で、ベリ将軍の部屋から出てきたグウとバッタリ会ったときのことを。


「口ではそう言ってるけど、あやしい関係なのは確かでしょ。部屋に呼ばれたのも、この前が初めてじゃないし」

 フェアリーがニタッと笑った。


「そうなんすか?」


「そうそう。前もベリ様が遠征から帰ってきたあとに呼ばれてたし」


「うわ、なんかエロいっすね!」


(そうなんだ……)

 ギルティはうつむいた。

 あの時のグウの焦った顔と、ラズベリーピンクのリップの色が頭をよぎる。


(あれ? なんで私ガッカリしてるんだろう?)


 ギルティはグウのほうをチラリと見た。


 彼は奥の席で、既婚者で落ち着いたガルガドスとしっぽり話し込んでいた。

 ギルティの視線に気づくと、

「どうした? 飲みすぎんなよ」

 なんて言って、笑いかけてくる。


 ギルティは何だかモヤモヤした。

 グラスに残ったカクテルをグビッと飲み干す。


「私、何だか飲みたくなってきました!」


「おっ! いいねえ、副隊長!」


 ノリノリの隊員たちにのせられて、ギルティはカクテルをどんどん飲んだ。

 とくに『デーモンキラーピーチ』という、ピンク色で泡が出るやつを気に入って何杯も飲んでいると、そのうち頭がふわふわしてきた。


「副隊長、大丈夫ですか?」

 かなり顔が赤くなっているギルティに、不安そうな視線を向けるビーズ隊員。


「だいじょーぶれーす。飲み会って楽しいれすね」


「副隊長!?」


「お待たせいたしました、カミツキガエルの活け造りです」


「あ、吾輩のメインディッシュ」


 ギルティの目の前に、解剖途中のカエルみたいな料理をのせた皿が差し出された。

 しかも、その大きなカエルはまだピクピクと動いている。


「いやあああカエル無理いいいいい!!」


 ギルティが急に叫んで立ち上がったので、店員が驚いて皿をひっくり返した。

 その拍子に、カエルがぴょんと跳ねてギルティのスカートに飛びついた。


「ぎゃああああああああ」


 ギルティはカエルを振り落とそうと店内を走り回った。

 だが、どれだけ動いてもカエルはまったく離れない。


「取って! 取って! 取ってえー!!」


「おい、落ち着け! 取ってやるから止まれ!」


 グウが席を立って近づこうとするが、パニック状態なうえに泥酔状態のギルティには、もはや言葉は届かない。


「無理っ! ほんとに無理! いやあああっ」

 ギルティは泣き叫びながらスカートのファスナーをおろした。


「え」

 隊員たちは目を見開いた。


「あっち行ってええええ!!」

 ギルティはカエルごとスカートを放り投げた。


 スカートはパサッとザシュの頭の上に落下し、ジャンプしたカエルはゼルゼが口でキャッチした。


 しーん、と店内が静まり返った。


「はあっ、はあっ、はあ…………はっ!」


 ギルティはようやく我に返り、そして気がついた。

 酒場中の視線が自分に集まっていることに。

 そして、清楚な白い下着が、衆目に晒されていることに。




 30分後、ギルティはグウの背中におんぶされて泣いていた。

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