Case6 飲んで忘れたい

第44話 飲み会しようぜ

「みんなに残念なお知らせがある」


 魔王親衛隊の朝のミーティングで、グウは隊員たちにそう告げた。


「負傷して入院中だったダーツ隊員についてだ。順調に回復していて、今週退院の予定だったが…………」


 ふいに目を伏せるグウ。

 その暗い表情に、隊員たちは最悪のケースを想像した。


「ま、まさか」

 ギルティは口をおさえた。


「死んだんですか……?」

 ビーズ隊員が緊張した顔でたずねた。


「いや、ナースの尻を触って反撃され、内臓破裂により全治3カ月だそうだ」


「何やってんだ、あいつ」


「ほんとにな。せっかくアイツの退院祝いとギルティの歓迎会をセットでやる予定だったのに」


「そういえば、副隊長の歓迎会まだでしたね」

 ガルガドス隊員がポンと手を打った。


「もう副隊長の歓迎会だけ先にやっちゃおうよ」

「うむ。それがいい」

 フェアリーとゼルゼの変態コンビが飲みたそうな顔で訴える。


「そうだな。せっかく店も予約してあるし」


「えっ! そんな、申し訳ないです。私一人のために……」

 ギルティはブンブンと手をふった。


「なに遠慮してんすか、副隊長! タダ酒が飲めるチャンスっすよ!」

 ザシュルルト隊員がキラキラと目を輝かせた。


「飲みたい! 飲みたい!」

「タダ酒!」「タダ飯!」


 飲みたい隊員たちが口々に声を上げる。


「じゃあ、ダーツ以外は全員参加ってことでいいな」


「ごめーん。アタシ、パス。その日はコスプレのイベントで遠征中なの」

 そう言ったのはドリス隊員だった。


 黒髪のロングヘアに、バッチリメイク。

 頭から猫耳が生えた、妖艶な美女――にしか見えないが男性である。


「そうかあ、残念だな。じゃあ8人で行くか」


「はい!!」

「ワン」


 8人の隊員が返事をした。


 正確に言うと、7人と一匹の隊員が返事をした。



* * *



 魔王城の城下町は、郊外ということもあり、城下町とは思えないほど小さな町だったが、いちおう酒場が軒を連ねる横丁があって、魔王城で働く魔族たちの憩いの場となっている。


「カンパーイ!!」


 陽気な声がにぎやかな酒場に響き渡った。


 店の一番奥にある大きな木のテーブルを、紺色の制服を着た軍隊のような集団が囲っている。


 ほかの客たちは、遠巻きにながめるだけで、近づこうとする者はいなかった。

 最強の部隊と恐れられる魔王親衛隊が、8人もそろっているのだ。

 しかも、今日はめずらしく隊長まで来ているではないか。



「お前ら、今日はいくらでも好きな物を頼んでいいぞ」

 隊長のグウが満面の笑みで言った。


「どうしたの? 宝くじでも当たった?」

 小太りのフェアリー隊員がたずねた。


「フッフッフ。歓送迎会の費用は福利厚生費で落とせるのだよ、諸君。ちゃんと会計課のコリー主任に確認した」

 グウはなぜか誇らしげに言った。

「というわけで、ビールもう一杯!」


「隊長、胃の調子は大丈夫なんですか?」

 かなりハイペースで飲むグウを、古株のガルガドス隊員が心配した。


「大丈夫じゃなくても飲みたいときがあるじゃない。もう飲まなきゃやってらんねえんだよ。聞いてくれよ、ガルガドス」

 グウはそう言って、運ばれてきたビールをさっそく口に運んだ。


(また何か面倒事でも頼まれたのかしら……)

 と、ギルティは少し離れた席で思った。


「何でも頼んでいいなら、俺カレーライス!」

 そう無邪気に言ったのは、オレンジと緑の派手なタワシのような髪型をしたザシュルルト隊員だ。


「子供だなあ、ザシュは」と、フェアリー隊員が呆れた顔をした。「僕チンはこの前菜盛り合わせを30個ほど注文し――」

「注文するな! 邪魔だ!」

 ペシッ、とビーズ隊員がフェアリーの頭を叩くと、フェアリーのタプタプしたほっぺたが揺れた。


「副隊長殿、吾輩の口にパンを限界までつめ込んでから、思い切りビンタしてくれませんか?」

「しません」

 ゼルゼ隊員の意味不明なお願いを、ギルティはピシャリと切り捨てた。

 以前はこの四つ目のグラサン男の言動にいちいち戸惑っていたが、最近はスルーすることを覚えた。


「副隊長って、酒飲めるんですか?」

 ビーズ隊員が若干心配そうにたずねた。


 彼も若く見えるが、じつは30代だそうだ。

 サラサラした紫色の髪をセンター分けにし、縁の細い眼鏡をかけている彼は、一見すると頭のいい学生みたいだった。


「今日はじめて飲みました!」

 ギルティは元気に答えた。


「えっ」


 ちなみに魔界では、酒もタバコもギャンブルも年齢制限は一切ない。


「カクテルってジュースみたいで美味しいですね」


「副隊長殿、ここに葡萄ぶどうジュースがあります」

「つぶそうとするな!」


 ビーズが身を乗り出して、ワイングラスを持ったゼルゼの頭を叩いた。


 今日の席順は、ギルティから見て、向かいにビーズ、フェアリー、ジェイル、グウと並び、こちら側はゼルゼ、ギルティ、ザシュルルト、ガルガドスの順で座っていた。


 斜め向かいの席のジェイル隊員は、まだあまり一緒に仕事をしたことがなかった。


(ジェイルさん、今日もお行儀がいいわ……)


 そこには一匹の犬がいて、黙々と骨付き肉をかじっていた。

 ハスキー犬によく似た、ちょっと狼っぽい雰囲気の犬だが、べつに狼男とかではない。犬だ。


「ジェイル先輩、追加の肉たのみます?」


 ザシュがそうたずねると、犬は「ワン」と鳴いた。

 ジェイル隊員は人語を完全に理解しているものの、話すことはできない。


(でも、なぜか円滑にコミュニケーションが取れるのよね……)


 ギルティが知る限り、ジェイルは親衛隊の中でもっとも物分かりがよく、気配りができる隊員だった。


「フェアリー先輩、アレ見せてくださいよ! 女体化!」

 ザシュが弾んだ声でおねだりした。


「にょ、女体化!?」

 思いもよらぬ単語に、ギルティは思わずフェアリーを見る。


「ウフフ。いいよお」ニヤッと笑うフェアリー。


「おい待て! ここでやるな!」


 ビーズが叫んだ瞬間、フェアリーの体がゴオオオオッと炎に包まれた。


「あっちい!!」

「ひゃああっ」

「おい、何やってんだ!」


 店内が騒然となる中、飛び散った火の粉がザシュのタワシのような頭に落ちて燃え上がった。


「うぎゃあああああああ」

 パニックでジタバタするザシュ。


「なんてことだ! そいやぁ!!」

 ゼルゼがラム酒をぶっかけた。


「バカ! 水をかけろ、水を!」

 グウが叫んだ。


「わ、私が消火します! 美味しい水フレッシュ・ウォーター!!」


 ギルティの魔法によって、ザシュの頭の上にピンポイントで滝が発生した。火は一瞬で消えたが、髪の毛はすでに燃え尽きていた。


「ああああ……俺のイケてる髪がああ」


 ザシュの頭に気を取られているうちに、フェアリーの変身は完了していて、いつのまにか見知らぬ赤毛の美女がそこに立っていた。


「グッドイブニング」


 そう言ってウインクした美女に、ビーズ隊員が飛び蹴りを食らわせた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る