第42話 異空間を描く画家

 図書室に続く廊下は、絵画で埋め尽くされていた。

 画家でもあるシレオン伯爵の作品が、壁にも天井にも、びっしりと飾ってある。

 少し異常な量ではあるが、画業500年らしいので、数が多いのも納得だ。


「あっ! この絵って『魔王の婚礼』じゃありません? 歴史の教科書で見たことあります!」

 ギルティが興奮した様子で一枚の絵に駆けよった。


「へえ、教科書に載ってるんだ。嬉しいねえ。自信作なんだよ、それ」

 伯爵が自慢げに言った。


「すごい。どの絵も驚くほど精緻だわ。さすがギャラリス、ゴリックと並ぶ、魔界三大画家……」


「アハッ、もっと褒めて」


「さきほどの完全処分場もですが、伯爵の異空間は、すべて絵をベースに構築されてるんですか?」

 ギルティは質問した。


「そうだよー。絵に描いたほうがイメージが固まりやすいからね。複雑な空間を作ろうと思えば、それだけ枚数も多くなる。出入口の絵も必要だし、結構大変なんだよねぇ」


「うん?」

 グウはふいに疑問が浮かんだ。


「どうしたんですか? 隊長?」


「さっきの完全処分場って、人間界のゴミを捨てる場所ですよね? てことは人間界側にも出入口があるってことですよね?」


「うん。当然あるね。あっちのゴミ処理場とつながってる」


「てことは、異空間を通って、人間界と行き来できるってことですか?」


「そうだね。両側に出入口をつくれば可能だね」


「なあんだ」

 と、グウは拍子抜けしたような声を出した。

「じゃあ、アーキハバルと魔王城も異空間でつないでくださいよ。今まで何時間もかけて車で行き来してたのが、馬鹿みたいじゃないですか」


「ちょっと簡単に言わないでくれる!?」

 シレオン伯爵はクワッと目を見開いた。

「空間魔法は精密さと正確さを要求される大変な作業なんだから! すごく手間がかかるの! 簡単にワープできると思ったら大間違いだよ!」


「す、すいません」

 伯爵の剣幕に、グウは思わず謝った。


「出入口の絵だって、実際にその方向から見たときの景色を計算して描いてるんだからね! 一枚一枚! この僕が! 手描きで! 想像力とリアリティが必要なの! そんなホイホイ描けると思わないで欲しいな」


「え、でも、この前アーキハバルで、一瞬で異空間を出現させてたじゃないですか。しかも、布一枚で」


「あれは、中身が空っぽの簡易な異空間だからだよ。あと、あの布にもあらかじめ魔法を仕込んであるから出来るわけ」


「へえ……そういうもんですか……」

 あまり魔法の知識のないグウは納得するしかなかった。


「あ、あのぅ」

 と、ギルティが遠慮がちに手を挙げた。

「絵が壊滅的に下手な人の場合、空間魔法を使うのは難しいのでしょうか」


 ギルティ、絵下手なんだ……とグウは察した。


「ああ、それは心配いらないよ。作りたい世界を細部までイメージできて、かつそのイメージをしっかり固定できる方法があれば何でもいいんだ。昔、文章で構築する奴もいたっけ」


「文章かあ……」

 ギルティは渋い顔をした。


「君も100年くらい練習すれば、できるようになるかもね!」


「100年……」

 ギルティは遠い目をした。


「空間魔法に興味があるなら、僕の書いた本も図書室にあるから、貸してあげるよ。さあ、着いたよ」


 廊下の突き当り、立派な観音開きの扉の前で、伯爵は言った。


 扉を開けると、そこは二階まで吹き抜けの部屋で、天井近くまである書架に、びっしりと本がつまっていた。


「わあっ! すごい数!」

 ギルティは大量の本に圧倒されて、目をパチパチさせた。


「多すぎて探すの大変だから、秘書に手伝ってもらうといいよ」


「秘書?」


「お呼びでしょうか」


「ひゃ!!」「うわビックリしたあ!」


 いきなり背後から声をかけられて、グウとギルティは飛び上がるほど驚いた。


(いつから後ろにいたんだ……?)


「秘書のデボラだ」


 デボラは会釈した。

 長い黒髪と眼鏡が印象的な、大人っぽい美人だった。

 グレーのスーツがよく似合っているが、ブラウスのボタンが第三ボタンまで開けてあり、やたらと胸元がセクシーだ。


「あ、どうも……」

「初めまして」


 グウは挨拶しながら、思わずデボラの手に注目してしまった。


 薄紫のネイルが施された綺麗な手だったが、この前、車の中にいたホラーな秘書と同一人物――というか、同一の手なのかまでは判別できなかった。


「デボラ、彼女に魔導書の場所を教えてやってくれ」


「かしこまりました。どうぞこちらへ」


「は、はい」

 ギルティは緊張した様子でデボラについて行った。


 彼女たちが部屋の奥へ向かったところで、グウは伯爵にこう声をかけた。

「シレオン伯爵。ひとつ聞いても?」


「うん?」


「伯爵って、何かの黒幕ですか?」


「どんな質問!?」


「いや、伯爵って、魔族には珍しく頭使うタイプじゃないですか。なんで、とりあえず疑っとこうかと」


「何そのザックリとした疑惑。僕、何か疑われるようなことしたっけ?」

 シレオン伯爵はジトッとした目でグウにらむ。


「いや、あなたが何かしたわけじゃないんですが」

 グウはポリポリと頭をかいた。

「どうもベリ将軍にクーデターを促してる人物がいるみたいなんで。まあ、本人から聞いたんですけど。で、俺は伯爵かカーラード議長のどっちかじゃないかと思ったんですが、議長とは……あんな感じだし、やっぱ無いなと……」


「ハハ。たしかに、あの二人が結託するのは想像つかないね。それで僕だと?」


「うーん。俺としては伯爵の線も薄いんですよね……。ベリ様はあの通り、バカ正直でコントロール不能だ。一緒に政変を企てるには、あまりにリスクが大きい。現に、俺に喋っちゃってるし。伯爵みたいな利口な人が、ベリ様を仲間に引き入れるとは考えにくい。だから正直なところ、サッパリわからないんですよ」


「なるほど? たしかに僕ならベリちゃんは誘わないねアハハハハ。まあ、四天王じゃないとしても、政治家の誰かが接触したのかもしれないし? 今のとこ心当たりはないけど」

 伯爵はヘラヘラしながら言った。

「でも、それって、そんなに気にすること? そもそもベリちゃんなんて、いつクーデター起こしてもおかしくない子じゃん。隙あらば誰かとケンカしようとする戦闘狂だよ?」


「まあ、そうですよね」

 グウはそう言いながらも、まだどこかスッキリしない表情だった。


「お前こそ、どうなの?」


「何がですか?」


「何の主義主張もないような顔してるけど。ホントは何か野望があるんじゃないの?」

 伯爵はニヤッと邪悪な笑みを浮かべると、口元に手を当てて、こうささやいた。

「誰にも言わないから、教えてよ。悪いようにはしないよ?」


 そういうとこが怪しいんだよ、とグウは思った。


「俺の野望はただ一つ、隠居して森でスローライフを送ることだけです」

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