第43話 グウの魔法

 会議室に戻ってお茶を飲んでいると、とんでもない量の本を抱えたギルティと、秘書のデボラが現れた。


「ゴフォッ」

 驚きのあまり、お茶を吹き出して激しくむせるグウ。


 グラグラ揺れる本を大道芸のように運んでくるギルティは、もはや本に隠れて顔も見えない。ヒョコヒョコ揺れる三つ編みで、どうにかギルティだと認識できるが。


「んよいしょっ」

 と、彼女はテーブルの上に本をのせた。


 ドサアッ、とテーブルの上に崩れた分厚い魔導書の山は、軽く見積もっても40冊以上はある。


「これまた、いっぱい持ってきたねえアハハハ」

 伯爵が手を叩いて笑った。


「え? えっ? これ全部借りる気!?」

 せいぜい2、3冊だろうと思っていたグウはド肝を抜かれた。


 秘書のデボラは静かに微笑んでいたが、どこか引いているようにも見える。

 そりゃ引くだろう。


「す、すみませんっ。読みたい魔導書をどんどん手に取っていったら、こんな数に……これでも厳選したんです」

 ギルティは恥ずかしそうに顔を赤らめた。

「あの……ぜんぶ借りてもいいでしょうか?」


(ギルティさん……?)

 普段は常識的なギルティだけに、グウは動揺を隠せない。


 しかし、彼女もやはり魔族。

 常識よりも本能を優先するのが魔族である。

 知識欲という欲望が、常識を凌駕りょうがしたようだ。


「もちろん。いくらでも借りてっていーよー。僕はもう全部読んだしね」

 伯爵は軽い調子で許可した。


「ありがとうございます! 魔界高校の図書館にもない、貴重な魔導書がたくさんあって、ぜんぶ読みたいっていう欲情……じゃなくて欲求が抑えきれなくて。しかも人間界の古い魔道書がこんなにあるなんて……私もう胸が熱くなりすぎて発情、じゃない、発熱しちゃうところでした!」


(ギルティ!? 大丈夫か!?)

 興奮のあまり言動が危うくなる部下を、グウは本気で心配した。


「珍しいねえ。魔族でヒト魔法に興味があるなんて。呪文覚えるのが面倒くさいって、みんな使いたがらないのに」


「たしかに呪文を覚えるのは大変ですが、手順が複雑なぶん、いろんなことができるし、奥深くて面白いんですっ」

 ギルティはほほを上気させて、嬉しそうに言った。

 とがった耳の先もほんのり赤くなっている。


(こんなに楽しそうなギルティ、初めて見たかも)


 グウは彼女が勉強熱心なのは知っていたが、それは単に真面目だからだと思っていた。

 もちろん、それもあるだろうが……


(好きなんだ。魔法を勉強すること自体が)


 そうわかったとたん、なんだか嬉しい気分になった。

 連れてきてよかったかも、と思った。


「それに、人間界の魔法学や魔法理論は素晴らしいですもの。人間がもう魔法を使わないからといって、その成果が忘れられてしまうのは勿体もったいないと思います」


 ギルティの言葉を聞きながら、グウは机の上に積まれた一冊の本に目を止めた。



    ジョアン・エルドール著 『調べまくった魔法具辞典』



「そうだな」

 彼はそう言って、ふっと笑った。

「さて。そろそろ二人の様子を見に行きますか」


「終わってるといいけどねぇ」



 * * *



 残念ながら、終わってなかった。


 完全処分場に戻ってきた三人が目にしたのは、いまだに続く二人の壮絶な戦いだった。


 ベリ将軍が魔力でつくり上げたと思われる、バスくらいの太さの大蛇が、カーラード議長が召喚した赤毛の鬼ドムウと、激しく格闘している。


「怪獣映画みたいになってる!!」

 ギルティがのけぞった。


「うわあ、まだやってるよ」

 グウがため息をつく。


「待って! よく見て、あの鬼のサイズを!」

 シレオン伯爵が指さした。

「ちょっと小さくなってない?」


 伯爵の言うとおり、召喚直後は5階建てのビルくらいあった赤毛の鬼ドムウだが、今は2階建ての戸建て住宅くらいの大きさになっている。


「ほんとだ!! 疲れてる? 議長、もしかして疲れてる?」


「ベリちゃんのほうも、あの虚無感に満ちた表情は……そろそろ飽きてきたのかも」


 大蛇の頭の上で仁王立ちしているベリ将軍は、倦怠けんたい期の彼女みたいな顔で髪の毛をクルクルしていた。


「二人とも、本当はそろそろやめたいけど、『やめよう』って言い出したほうが負けを認めた感じになるから、やめるにやめられない状態なのかもしれない……!」


「ここは止めてあげるべきだよ、グウ」


「そうですね。でも誰が?」


「…………」

「…………」

「…………」


 三人は顔を見合わせた。


「僕は嫌だよ? だって、か弱い人間の体だもの。何かあったらどうするのさ」

 伯爵はひらひらと手を振った。


 ギルティは目が合った瞬間、ブンブンと首を振った。


「くっ、仕方がない……」

 グウは唇を噛みしめたあと、急にキリッとした顔をした。

「ついに、あの技を使う時がきてしまったか」


 急に中二病みたいなセリフを吐くグウに、ギルティは戸惑った。


「あ、あの技とは?」


「魔法、使っちゃいます」


「え!?」


「おや、珍しい。てっきり使えないのかと思ってた」


(私もてっきり使えないのかと……)と、ひそかに思うギルティ。


「じつは一個だけ使えるんですよ」


「一個ぉ!?」

 ギルティと伯爵の声が重なった。


「伯爵、この異空間の中って、べつにどうなってもいいですよね? どうせゴミ捨てるだけの場所だし」


「おいおい、何する気!? 危ない魔法はやめてよ!?」


「いや、危なくはないんですが。ある意味その場所――というか、その地域に取り返しのつかない被害を及ぼす魔法なもので。でも異空間なら問題ないかなって」


「うーん。まあ、べつに問題はないけど……」


 ギルティはドキドキした。

(一体どんな恐ろしい魔法なのかしら?)


 グウはその場にひざまずくと、右手を地面に押し当てた。

 そして、手の平にぐっと力を込める。


「襲来せよ。力なき侵略者」


 そう唱えたとたん、地面から爆発的な勢いで無数のつる植物が伸びてきた。

 緑の葉をつけた、つたに似た植物。それが一気に大量発生し、異常繁殖し、まるで緑の波のように草原を覆い尽くした。


 大蛇も、赤毛の鬼ドムウも、一瞬にして蔓に絡みつかれ、覆い尽くされ、まるでそういう形にカットされた植木みたいになって動きを止めた。


 その間、およそ三秒。


 驚くべき成長速度だった。

 広大な草原が見渡す限り、緑の海と化した。


「な、なななな」

 ギルティは驚きで目をパチクリさせた。

「何なんですか、この草は!?」


「デクロリウムという魔界のくずだ」


「葛?」


「そう。恐ろしく繁殖力の強い植物で、数秒で町ひとつ飲み込んでしまうくらい育つ。しかも、どれだけ刈り取っても、一瞬でまた繁っちゃうから、除去しようと思ったら、辺り一帯を焼き払うしかない――という大迷惑な魔法だから、異空間でもない限り、あまり使いどころがないんですよね。いやぁ、久しぶりに使ったなぁ」

 グウは自分でも若干感動しているようだった。


「使いどころなさすぎでしょ。なんでそれだけ覚えたの? 魔力の持ち腐れにもほどがあるよ」

 伯爵は呆れ顔で言った。


 彼の言う通り、それは並の魔族では使えない大魔法ではあったが、本当に使いどころがなかった。


(本当になんでこの人、四天王になれたのかしら……マジで繰り上がりで出世しただけなの?)

 ギルティはグウのことがますます分からなくなった。


 さて、怪獣映画のような戦闘は止めたものの、四天王の二人の動きまで止められたワケではなかった。というか、あとが怖いのでえて攻撃しなかった。


「どういうつもりだ、グウよ」

「なに邪魔してくれてんの? グウちゃん」


 蛇と鬼の形をした緑の山の上から、二人がこちらをジロッと見下ろしている。

 しかし、そこまで怒ってなさそうな様子から察するに、やはり二人とも、いい加減やめたかったのかもしれない。


「いやあ、すみません、もうすぐ閉会の時刻なんで。お二人とも、この後もお忙しいでしょうし、そろそろ締めに入ったほうがいいかと思いまして……」


 グウはポリポリと頭をかいた。


「…………」

「…………」


「率直な意見交換もできたようですし、今日はこのへんで……どうでしょう?」


 二人はしばらく黙っていたが、やがてカーラード議長が、ゴホンと咳払いをした。


「そうだな。なかなか建設的な話し合いができた。残った課題は、次回また検討するとしよう」


「そうね。わりと歩み寄れた気がする」


(嘘つけ!!)

 と、グウは心の中で叫んだ。


 こうして、第25回・四天王会議は幕を閉じた。



 解散後。

 会議室から出る前に、カーラード議長がこう告げた。


「ではグウよ、議事録の作成を忘れぬよう」


「へ?」

 グウは目を丸くした。

「ぎ、ぎじろく? そんなの今まで作ってませんでしたよね?」


「今回から作成を義務付ける。明日までに提出するように」


 カーラード議長はそれだけ言って去っていった。

 バタン、と無情に閉じる扉。


 グウはふるふると体を震わせた。

「この会議をどう文書にまとめろと……!?」


「アハハ頑張れー」

 シレオン伯爵が他人事のように笑う。


「何か決まった? 何も決まってないよね、この会議?」

 グウは白目になりながら、震える声で言った。


「隊長、私も手伝いますよ……」

 ギルティが同情に満ちた顔で言った。



 理解のある部下ができたことが、グウにとって唯一の救いかもしれない。





《Case5 END》

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