第40話 決裂

「200年前、戦争に勝ったのは我々のほうなのだ……!」

 カーラード議長は言った。


 たしかに魔族は勝利した。

 が、結論から言えば、勝っただけだった。


 人間界を支配することもなく、奪った村もほぼ返還した。


 そもそも魔王デメには、なぜ人間界を支配するのかという目的もなければ、支配したあとのビジョンもなかった。

 ただ、『魔界を統一したから次は世界征服でしょ』という、周りのイケイケな意見に流されたのと、定期的に『魔王討伐』を掲げた勇者がやって来るのがイラッとするという理由で、なんとなく人間界を攻めただけ。

 簡単に言えば、人間に嫌われてるから、こっちも嫌ってただけ。

 そこを見抜いた人間側の巧みな交渉の結果だった。


「あれは人間側が賢かったね。ナイス判断というか。スピード降伏からの絶妙な外交」

 シレオン伯爵は他人事のように笑った。


「ですね。あのあと吹っ切れたように魔法捨てて科学極めた結果、めちゃくちゃ発展しましたよね、人間界」

 グウはどこか懐かしむような顔でうなずいた。


(この人たち、歴史の教科書に書いてることを思い出話のように……)

 ギルティはあらためて、ヤバいメンバーの中に混ざっていることを思い知った。


「いくら文明で勝ろうと、武力ではいまだ我々が上。人間界など、常に搾取さくしゅしてやるくらいの気持ちでおらねばならん」

 カーラード議長は険しい顔で言った。


「でもデメは人間と仲良くしたいみたいだよー? 停戦後に『人間界に手を出すな』ってルール決めたのもデメだし」


「魔王様が人間に寛大なのは、一時的な気まぐれだと私は見ている。いずれは以前のような魔王らしい魔王にお戻りになるはず。ただ……」

 と、カーラード議長はあごに手をあてた。

「魔王様は最近、人間の踊り子にご執心だとか」


 グウはギクッとした。

(もう知ってるのか。情報はやいな……)


「一人の人間を寵愛するのは、非常によくない傾向だ。最悪、デプロラ女王の二の舞になりかねん。また、人間側に知られれば、くだんの踊り子を外交に利用されないとも限らん。このような恥ずべき噂が広まらぬよう、方々にも十分注意していただきたい」


「踊り子っていうか、正確には、アイドルだけどね」

 伯爵が言った。


「同じことだ。くだらん」


「くだらん?」

 急にベリ将軍が口を挟んだ。

「てめえ、アイドル馬鹿にしてんの?」


 再び空気が凍りついた。


「ベリ将軍。今そんなことはどうでもよかろう」

 カーラード議長が呆れたように言った。


「は? よくねーし。ほかの話はどーでもいいけど」


 メキメキッ。

 机の上で組んだカーラード議長の指が、ヤバい音を立てた。


「ま、まあまあ、ベリ様。議長はあんまりそーいうのご存じないから……」

 グウはどうにかなだめようとする。


「知らねぇくせに馬鹿にするヤツが一番腹立つんだよなぁ」

 だんだん巻き舌になるベリ将軍。


 ギルティは何を記録していいかわからず、ホワイトボードの前でオロオロした。


「やはりあなたを会議に呼んだのは間違いだったようですな、ベリ将軍」

 議長の金色の目が鋭く光った。


 それはそう、とグウは思った。

 そもそも、ベリ将軍には議論などという概念がない。

(むしろ何で毎回呼ぶんだよ……)


「会議なんか嫌いだって最初から言ってんだろ。私に文句があるなら拳で来いよ」

 ベリ将軍がニイッと歯を見せて笑った。

 その目は爬虫はちゅう類のように瞳孔が細くなっている。


「この阿呆女め……!! 貴様の脳味噌が魔物以下だということがよくわかったわ!!」

 カーラード議長がついにキレた。


「えー、議論が白熱してまいりましたので、いったん議場を異空間に移したいと思います。シレオン伯爵、お願いします!」

 グウは勢いよく伯爵を見た。


「おっけー」


 伯爵がそう言ったとたん、壁に飾られた大きな風景画がカッと光った。


「!!」

 強烈な光にギルティは思わず目をつむる。


 そして、次に目を開けると――


「え!?」


 そこには、風景画に描かれていたのと同じ景色が広がっていた。


 青空と、果てしなく続く草原。

 絵と違うところは、無造作に打ち捨てられた粗大ゴミの存在だ。


 壊れた車や、大量のタイヤ、冷蔵庫やソファなどの家具・家電。そんなものが、遠くのほうまで点々と投棄されていた。


 ギルティは驚きのあまり立ちすくんだ。

「こ、ここは……どこ!?」


「もしかして、ここが完全処分場か?」

 気づけばグウが近くに立っていた。


「正解」

 背後から返事が返ってきた。


 絶妙なバランスで積みあがったブラウン管テレビの上に、シレオン伯爵が座っていた。

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