第38話 四天王会議

 四天王会議。


 年に一度、魔界の実力者4人が一堂に会し、その時々の重要なテーマについて議論する――ということになっているが……



「えー、それでは、これより第25回・四天王会議を開催します」


 魔王親衛隊長・グウが言った。

 四天王と呼ばれるようになって、まだ20年ほど。この中では、いちばん下っである。


「まず、本日の議題について、カーラード議長のほうからご説明いただきます。では議長、お願い致します」


 魔界元老院最高議長・カーラードはゴホンとせき払いをした。

「近年、人間界との文化的交流の活発化に伴い、若い世代における風紀の乱れが深刻化の一途をたどっている」


 政治家らしいおカタい口調で、議長は言った。

 その威厳に満ちた低い声には、魑魅魍魎のうずまく魔界元老院で、数多のライバルたちを闇に葬ってきた者のすごみ――というか、どす黒さがにじみ出ている。最高議長に就任して約半世紀。三国戦争時代の初期から魔王デメの配下だった古株で、700歳という年齢は、『古の魔族』をのぞけば、かなり高齢なほうだ。


 ベリ将軍がふあーっとあくびをするのを、グウは横目で確認した。

(はやいぞ、ベリ様。ちょっと堅苦しい単語が出たとたん、もう嫌になってんじゃねーか。少しは聞いてやれよ)


 だが、カーラードはさらに堅苦しいトークを続けた。


「人間界から持ち込まれた漫画やライトノベルなどの有害図書、ならびにテレビゲームなどの依存性の高い有害玩具が若者の間で蔓延まんえんし、あろうとこか、貴族の子女の中にさえ『オタク』などという退廃的人種を自称するやからが現れる始末。このままでは、いずれ魔界の伝統的価値観が、人間界の軟弱なカルチャーによって浸食され、精神的にも肉体的にも弱体化を招きかねない。魔族の誇りを守るためにも、まず四天王である我々が問題意識を共有し、具体的な行動を起こすべきだと思う。今日はこの点について、方々のご意見をお聞かせ願いたい」


 こうして、議長から本日のテーマが示された。

 キュキュッと、ギルティがホワイトボードにマーカーを走らせる。


「うーん、意見って言われても、そもそも魔界に風紀もクソもないっていうか~」


 宮廷画家・シレオン伯爵が緊張感のない声で言った。

 一見、ただの人間の優男にしか見えないが、その体に寄生しているのは、過去に三度も魔王になり、その不死身ぶりから『不滅王シレオン』と呼ばれた恐るべき化物である。魔族がこの世に誕生して間もない頃から生き続ける『古の魔族』の一人であり、魔界の歴史において、生きたアーカイブ的存在といえる。現在は肉体を封印され、力のほとんどを失っているものの、いまだに魔界への影響力は大きい。


「ねえ、ベリちゃんもそう思わない?」


「ん? あ、ごめん。何言ってんのかわかんなくて、途中から聞いてなかった」


 魔王軍中央司令部最高司令官ベリ大将は、そう言って優雅に紅茶を飲んだ。

 小柄な美少女の姿からは想像もつかないが、悪名高い魔王軍の中でも最強の戦闘力を誇る猛将で、かつ史上初めて魔界統一を成し遂げた伝説の初代魔王である。

 古の魔族であり、シレオンと同じくらい長く生きているはずだが、昔のことは大概忘れている。


「ほら、カーラード、元ヤンのベリちゃんがわかんないってさ」


「ちょっとぉ、元ヤンはやめてよ。今は小悪魔系で売ってるんだからぁ」


 バシッ、とベリ将軍がシレオンの肩をたたいた。ちょっと力が強かったらしく、伯爵は「あだっ」と言って、イスから落ちた。


「ちょっ、ベリ将軍! それ伯爵の体じゃないから、気をつけてあげて」

 グウは体の持ち主であるラウル・ミラー氏を心配した。


 ゴホンッ、とカーラード議長が大きく咳払いをした。

「真面目にお願いしたい」


 シレオン伯爵は「よっこらしょ」と、イスに座り直した。「だったら、まどろっこしい話は抜きにして、さっさと本題に入ってほしいな」


「と、言うと?」


「ハッキリ言いなよ、カーラード。本当は若い世代の価値観なんか、どうでもいいんだろう? 君が本当に問題視しているのは、デメでしょ?」


 カーラード議長の眉がぴくりと動いた。


「だって、ゲームに依存してる退廃的オタクって、まんまデメのことじゃん」

 シレオン伯爵はクスクス笑いながら続けた。

「そのへんの雑魚共がいくら人間界に感化されようと大した問題じゃないけど、それが魔王となると話は別だよねぇ。魔王が人間に甘いのをいいことに、人間共がつけあがりかねない。いや、現につけあがりつつある。これはマズイ。どうにかしなきゃ――て、そういうことでしょ? それなのに、その魔王に面と向かって忠告できる数少ない存在である四天王が、人間界とべったり癒着ゆちゃくしてビジネスやってたり、アイドルやってたりするのが気に入らないんでしょ? ねえ、カーラード?」


 皆の視線がカーラード議長に集まった。


「そう受け取っていただいても問題ありません」

 議長は机の上で指を組んだまま、落ち着き払って言った。


「はい、先生! 私もうアイドル引退してまーす」

 ベリ将軍が手を挙げて発言した。


「でも、この前ファッション誌のインタビュー受けてたよね」と、伯爵。


「あ、そういえば」将軍はポンと手を打った。「でも、それの何がダメなの? べつにいいじゃん。人間界のお仕事、楽しいんだもん」


「それが問題なのです、ベリ将軍。人間ごときにチヤホヤされて気分を良くして、奴らの都合のいいように懐柔かいじゅうされていることにお気づきになりませんか」


 ベリ将軍はカーラード議長のほうを見て、ニコッと微笑んだ。

「なに? 私のことディスってるの? カーラード」


 空気がピリッと緊張した。


「まあまあ、ベリ様。そうケンカ腰にならいで。ギルティ、例のブツを!」


「はい!」


 ギルティはベリ将軍の机にドーナツがのった皿を置いた。


「マスタードーナツ魔界支店の期間限定いちごチョコリングです」


「わあぁっ! 食べたかったやつ!」

 ベリ将軍は子供のように目をキラキラさせた。


 ふう、とグウは息をつく。

(去年もベリ将軍とカーラード議長がケンカを始めて、大惨事になったからな。今年はご近所に被害を出すようなことは何としても阻止せねば……)


「カーラードは、そうやって人間を見下してるけどさあ……」


 シレオン伯爵がカチャン、とコーヒーカップを置いた。


「その人間ごときの恩恵にガッツリあずかってるのは、誰かなー?」

 彼は薄い唇に意地悪な笑みを浮かべた。

「ろくな産業もない魔界で、君たち議員先生をはじめ上流階級が快適に暮らしていけるのは、誰のおかげ? 君たちが自慢げに乗ってる高級車も、ありがたがって使ってる家電も、全部メイド・イン・人間界じゃん」


「そーだ、そーだっ。言ってやれ、シレオン」

 ベリ将軍が後押しした。


「さらに、その人間界の品々を買うお金はどこから出てるのかな? 君たち議員先生のお給料はどこから出てるのかなあぁ? まさか、王都周辺からチョロッと徴収してるだけのすずめの涙みたいな税収だとか言わないよねぇ?」


 シレオン伯爵はイスの背にもたれて優雅に足を組んだ。


「僕だよね?」


 と、カーラード議長のほうに視線を向ける伯爵。

 その目がギラッと赤く光る。


「この国の国家予算なんて、ほとんど僕が『完全処分場』で稼いだお金じゃん。人間の出したゴミを引き取って、人間から金をもらう。僕のビジネスが魔界を支えてるってことを、どうぞお忘れなく」


 魔界の影の支配者ともいえるシレオン伯爵の言葉に、

「たしかに」

 と、カーラード議長は冷静にうなずいた。

「もともと魔王様の敵だった貴公が、敗北したあとも伯爵などという称号を与えられ、特別な待遇を受けているのも、ひとえにその異空間技術による財政的貢献度ゆえ。だが……」


 と、そこで議長の低い声に怒気がこもった。

 ギルティは思わず、ホワイトボードを書く手を止める。


「だが、人間を利用することはあっても、あなどられるようなことはあってはならぬ! 200年前、戦争に勝ったのは我々のほうなのだ……!」


 机の上で組まれたカーラード議長の指に、メキッと力が入った。


 そう、じつは魔族は勝っていた。

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