第37話 空気が悪い

 四天王会議、当日。

 大きな風景画がある会議室で、グウはこの上なく気まずい空気を味わっていた。


「…………」


「…………」 


 あろうことか、カーラード議長と二人きり……。


 四天王の残りの二人――ベリ将軍とシレオン伯爵がそろって遅刻しているため、かれこれ30分ほど待たされている。


(ベリ将軍の遅刻は毎度のことだけど、なんで伯爵までいないんだよ。自分の屋敷なのに……)


 今回、会場となったのは、王都ドクロアの郊外にあるシレオン伯爵邸だった。

 伯爵の魔界での住居であり、また宮廷画家でもある彼の作品を展示する美術館も兼ねている。


 最初の15分は、カーラード議長から一方的に説教を食らって過ぎたが、そのあと話題もなくなって、ずっと沈黙が続いている。


(気まずい……)


 カーラード議長のほうをちらりと見る。

 眉間に深いしわが刻まれ、見るからに機嫌が悪い。


(ダメだ。胃が痛くなってきた)


 耐え切れなくなったグウは、おそるおそる口を開いた。

「あのー……、ちょっと部下と打ち合わせしてきてもよろしいでしょうか?」


「好きにしろ」


 議長がそう言ったので、グウはそろりと部屋を出た。

 パタンとドアを閉め、フウウウウウッと大きく息をつく。


(廊下の空気うめぇー)


 会議室の空気があまりに悪いので、一歩外に出るだけで、新緑の森の中くらい空気が美味しく感じられた。


「隊長ー! ホワイトボード借りてきました!」


 ギルティが廊下の奥のほうから、ガラガラとホワイトボードを押してきた。


「おー、サンキュ。前回コレがなくて怒られたからな」


「あと、例のブツも買ってきました」


「ありがとう。いやー、助手がいてくれて助かるわー」


「ほかに私にできることがあれば、何でも言ってください!」


「じゃ、会議中にホワイトボードに板書してくれる?」


 ギルティはドキッとした。

「えっ、私なんかが同席してもいいんですか?」


「もちろん。今のうちから、こういう場に慣れとくのもいいんじゃない? あと、いてくれると俺の胃痛がいくらかやわらぐ……」


 グウはうつろな目をして言った。

 うっ、とギルティは胸が痛んだ。


(隊長、すでに顔に生気がないわ……カーラード議長に何か言われたのかしら。どうしよう……先週あんなこと言っちゃったけど……)


 ――もし次にカーラード議長が隊長にひどいことしようとしたら、その時は私がぶちのめしてやります……!


(こんなにすぐは想定外……正直、まだ無理よ……!)


「適当で大丈夫だよ。どうせ1時間も経たずに決裂するから」


「決裂するんですか!?」


「うん。まあ、ちゃんと始まればの話だけど。あ。そうだ。悪いけど、魔王軍に電話して、ベリ将軍が出発したかどうか確認してくれない?」


「わかりました!」


 ギルティは電話を借りに事務室に向かい、グウはしぶしぶ会議室に戻った。


 そして、胃痛をこらえながら待つこと数分。

 ようやくシレオン伯爵が登場した。


「やあやあ、お待たせー」


 すらりとしたスーツ姿の人間が、ニコニコしながらグウの向かいの席に座った。


「ごめんねー。ちょっと道が混んでてさー」

 

「シレオン伯爵、このたびは人間界からご足労いただき、感謝いたします」

 カーラード議長が、まったく感謝のこもっていない顔で言った。

 たぶん内心ではブチギレ寸前だろうが、彼は年功序列を重んじる古風な魔族なので、自分よりはるかに年上の〝いにしえの魔族〟であるシレオン伯爵には敬意を払わざるをえないようだ。


「いやいや。べつにこの会議のためにわざわざ魔界まで来たわけじゃないんで。ほかにもいろいろ用事があってさ。てなわけで、会議は手短に頼みますよ、カーラード議長」


 伯爵が軽いノリで挑発的なことを言うので、グウはヒヤヒヤした。


「だって、どうせこんな会議、たいして意味ないんだからさ。ねえ、お前もそう思うだろ、グウ?」


「えっ? いやあ、そんなことは……」

(やめろ、俺に同意を求めるな! たしかに意味ないと思ってるし、やりたがってるのカーラード議長だけだけど!)


「あれ? ベリちゃんはー?」


「ベリ将軍も遅刻ですよ。そろそろ来ると思いますけど……」

 グウはちらりと時計を見た。


「なーんだ。じゃあもう少しゆっくり来ればよかった」


 シレオン伯爵はため息まじりに言い、カーラード議長は一瞬、鬼のような形相で伯爵をにらんだ。


(ヤバい……カーラード議長の怒りゲージがどんどん溜まっていく。クソ伯爵め……ようやく来たと思ったら、かえって空気が悪くなったじゃねえか!)


「ちょっとベリ様が来てないか見てこようかな……」

 グウは耐えがたくなって、再び席をはずそうとした。


 その直後――

 コンコン、とノックの音がして、ギルティが扉を開けた。

「ベリ将軍が到着されました!」


「ごめーんっ、寝坊しちゃった!」

 淡いピンク色の髪をなびかせて、ベリ将軍がまぶしいくらいの笑顔で登場した。

 今日も露出度の高い赤いワンピースに軍服のジャケットという出で立ち。


「寝坊って……午後三時なんですけど」

 グウはボソリと言った。


「ベリ将軍。あなたのために日程を変更したのですから、ないがしろにされては困りますな」

 カーラード議長が苦言を呈した。

 本来であればブン殴りたい気分だろうが、彼は長幼の序を重んじる厳格な魔族なので、自分よりはるかに年上で初代魔王であるベリ将軍に手をあげるわけにもいかず、どうにか怒りをこらえているようだ。


「あら。だからちゃんとサボらずに来たじゃない」

 ベリ将軍は悪びれずに言って、グウの隣に着席した。


「えーと、じゃあ全員揃いましたので会議を始めましょうか……」

 グウは無理やり笑みを浮かべて言った。


 ギルティが緊張した面持ちで、4人の机の上に資料を配る。


 すでに波乱の予感しかしなかった。

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