Case5 無意味な会議

第35話 勝者の晩餐

 王都ドクロアは魔界でいちばん大きな街だ。

 大通りには貴族や政治家の豪華な屋敷がずらりと並び、魔界とは思えないくらいエレガントな街並みが広がっている。まさに魔界の政治・文化の中心地。


 だが、じつはそこに魔王はいない。

 魔王城はもっと東、人間界との国境付近にある。


 なぜ王都に魔王城がないのか。


 理由はカンタン、魔王が勝手に引っ越してしまったからだ。

 人間界に近いほうが便利だと、現魔王デメが郊外のキルゲート城に移ったのが、約50年前。

 そうして、王都に残された元魔王城・ドクロア城は、今は魔界元老院の議事堂になっている。


「わあ、やっぱり元魔王城なだけあって広いですね! うっかり迷子になりそう」

 ギルティは玄関ホールの大階段を圧倒されたように見上げた。


「あれ? ギルティは来るの初めてだっけ?」

 グウは意外そうに言った。


「はい。初めてです! グウ隊長はたしか、まだ魔王様がこの城に住んでた頃に、ここで働いてたんですよね?」


「そうそう。あの頃はまだ副隊長だったっけ。四天王でもなかったし、気楽でよかったなあ」


「そうだったんですか。じゃあ、隊長に就任するのと同時に四天王に? 一気に出世されたんですね」


「出世っていうか、ただの繰り上がりだけどね。前の魔王親衛隊長が四天王だったから、後任の俺も何となくそう呼んどかなきゃみたいな空気、みたいな。そんな配慮で四天王とか呼ばれても、逆に恥ずかしいんだよなあ」

 グウはぼやきながら階段をのぼった。


「ハハ、そんな。配慮だなんて……」

 ギルティは反応に困った。上司の自虐ネタほど反応に困るものはない。

(イマイチ実力がわからないだけに、強く否定できないのよね……)


 魔王城から車を走らせること一時間。

 二人はさっきドクロアに到着したばかりだった。



「あれ、グウか? こんなところで何してるん?」



 階段の上から、聞き覚えのある声がした。

 見ると、顔中がカラフルなうろこに覆われた、熱帯のカメレオンみたいな魔族が下りてくる。


「よお、ギニョール」

「ギニョール隊長! こんにちは」


「おー、ギルティちゃん。久しぶりやな。二人とも、議会になんか用事?」

 魔王直属暗殺部隊のギニョール隊長がたずねた。


「ただのお使いだよ。ほらコレ。魔王様の勅書ちょくしょをお届けに」

 グウは手に持った茶封筒をひらひらさせた。


「ちょ、めっちゃ大事な書類やん……もっとこう、厳重に持ち運ばんでええの?」


「え? だからわざわざ俺が運んでるじゃん」

 グウは軽い調子で言った。

「お前こそ、何でこんなところにいんの? 誰を殺しに来たわけ?」


「おい、人聞きの悪いこと言うなや。ただの待ち合わせや」


「待ち合わせ?」


「ああ。ドロリゲス議員と、この絵の前でな」

 ギニョールは背後にあごをしゃくった。


 大階段は途中で二又にわかれており、その分岐点となる踊り場には、大きな絵が飾られていた。


「あれ? この場所にこんな絵あったっけ?」

 グウは軽く首をひねった。


 ギルティははっとした。

「この絵は……もしや、ギャラリスの『勝者の晩餐ばんさん』ですか?」


「お、さすが優等生。よう知ってるやん。まあ、歴史的名画ではあるけど、正面玄関に飾るんはどうかと思うわ」

 ギニョールは肩をすくめた。


 勝者の晩餐。

 千年前に起きた『ユーグレース城の殺戮さつりく』を題材にした有名な歴史画で、阿鼻叫喚の魔界美術史の中でも、とくに陰惨な絵として知られている。

 勝者とはつまり、第8代魔王デプロラを暗殺して魔王になった、第9代魔王ドルシエルのことを指す。画面右側でグラスを掲げているのが、そのドルシエルだ。彼は主君であるデプロラ女王の暗殺に成功した夜、彼女の子供や孫たちを生きたまま料理して食ったという。この絵はその食事風景を描いている。


「すごい。私、見るの初めてです。中央に描かれているのが、オペラでも有名な悲劇の英雄、『騎士グラン』ですよね」


 ギルティは、食卓を囲むドルシエル一派の背後に描かれた壁を指さした。

 そこには大きな額縁が一つ飾られていた。だが、中身は絵ではなく、魔族の若者が一人、手の平に釘を打ち込まれてはりつけにされている。彼には腰から下がなく、上半身だけが額縁の中におさまっている状態だ。


「そうそう。デプロラ女王の忠臣やったけど、ドルシエルに負けて、さんざん拷問された挙句、体を真っ二つに引き裂かれて殺されてもた。ただ、生命力が強いせいで何日か生きてて、悪ノリしたドルシエルに額に入れられて広間に飾られたうえ、王子や王女を食うのを見せつけられて、息絶えるまで侮辱され続けたとか。うーん、可哀想」


「こっわ。昔の魔族はやることがえげつないな」

 グウは呆れたように言った。


 ギルティは改めてじっくりと絵をながめた。


 タイトルは『勝者の晩餐』だが、この絵の主役は圧倒的に敗者だった。


 最も手前に描かれているのは、テーブルに並べられた生々しい料理――すなわち、デプロラ一家の変わり果てた姿である。テーブルの中央に据えられた首はデプロラ自身だと言われているが、向こう側を向いているため、顔はわからない。

 そして、絵の中心に位置しているのは、勝者ドルシエルではなく、額縁に入れられた騎士グランだ。

 主への忠誠の証である『いばらの誓紋』という刺青いれずみに覆われた皮膚は破れ、骨と臓器が垂れ下がっている。頭の角は折れ、ぐったりとうつむいた顔には表情がなく、ただ穴ぼこのような暗い瞳で、テーブルの上の首をまっすぐに見下ろしている。


 ギルティはぞくっとした。

 すごい絵だ。

 敗者の底知れぬ絶望――この絵はきっと、騎士グランが見た地獄を伝えるための絵なのだろう。


「素晴らしい絵だろう?」


 ふいに階段の上から声がした。


「げっ」と、グウは小さく声を漏らした。


「あっ、これはカーラード議長!」

 ギニョールはシャキッと背筋をのばした。


 数人の取り巻きを引き連れて、身長二メートルを超える大男が階段を下りてくる。


 ふいに現れた議会のトップに、ギルティは緊張した。

(この人が、この前グウ隊長の腕を引きちぎった、カーラード議長……)

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