第31話 エンカウント

 シレオン伯爵は不気味な秘書の手を借りて、運転しながらセイラの事務所に電話をかけた。

 あいにく社長は外出中だったが、電話に出た社員によれば、まもなく戻ってくるという話だった。


「とりあえず最寄りの駐車場に車を停めて、事務所まで行ってみるかねぇ」

 伯爵はハンドルを切りながら言った。


「は、伯爵……喋らなくていいんで、運転に集中してください」

 グウは助手席で体をこわばらせていた。


(交差点こわっ! よくこんな人も車も多いとこ運転できるな……)


 交通量の多い都会を走るのは、見ているだけでヒヤヒヤする。

 魔界には横断歩道も、四車線の道路も存在しないのだ。



 * * *



「魔王様、着きましたよ。起きてください」


 とある立体駐車場の地下。

 寝起きの魔王は、のっそりとした動きで車を降りた。


「セイラの携帯にもメッセージ送ったんだけど、まだダンススクールかなあ」

 地上に出たところで、シレオン伯爵が携帯を確認した。


「これからどこ行くのぉ?」

 ベリ将軍はふぁーっとあくびをした。


「お前、いつまでいんの? さっさと買い物いけよ」

 魔王が眠そうな顔で言った。


「やだぁ。デメちゃんの推しがどんな子か見たいもん」


「はあっ? 絶対会わさねーし。今すぐ消えろ」

 魔王はギロッと将軍をにらんだ。寝起きでかなり機嫌が悪そうだ。

「おいグウ、のどが乾いたぞ!」


「そいや、さっき地下に自販機あったけど」

 シレオン伯爵が言った。


「自販機!」

 魔王の目がきらりと輝いた。


「じゃ、ついでに俺の分も買ってきてください。モーレツエナジーかエナジェリンCで」

 グウはそう言って、小銭を手渡した。


「へ!?」

 伯爵はぎょっと目を見開いた。


「私、ミルクティー!」


「わかった!」

 魔王は小銭を握りしめ、走って地下に降りていった。


「嘘でしょ?」

 伯爵は信じられないという顔をした。

「デメが自らお使いを……なに? 君なんか弱みでも握ってるの?」


「いやいや。あの人、好きなんですよ、自販機。魔界にないから」

 グウはあっさりと答えた。


「あれ? 魔界って自販機なかったっけ?」


「ないっすね。補充に来てくれる業者がいないんで」


「ああ、そりゃそうか。デメったら、自販機ごときではしゃいで……可哀想な子!」


「基本的に魔界に無いメカは気になるようです。とくにボタンついてると、押したくなるみたい」


「子供かよ」



* * *



 小銭を入れると、ピカッとボタンが光った。

 おーっ、と魔王はテンションが上がった。


 どれにしようかな、とジュースを選んでいると、


 バタンッ


 背後で車のドアが閉まる音がして、人が降りてきた。


「今、事務所からメールがあって、デジャヴのラウル社長が少し時間をもらえないかと言ってるそうです。この前のセイラの件ですかね?」


 セイラ、という単語が聞こえて、魔王は振り返った。


「いや、たぶんライブハウスの件だろう。たかがバイト一人のために乗り込んで来るような人じゃねえよ」


 魔王の前を、二人の男が通り過ぎていった。

 一人は色黒で背の高い男。セイラの事務所の社長だった。


「まあ、この前の詫びもかねて会っておくか。あの人はいろんなところに顔が利くからな。できれば仲良くしておきたい」


「でも、よかったんですか? セイラにあんなこと言って。違約金って一年以内に辞めた場合でしょ? しかも50万って、ちょっと盛りすぎじゃないですか?」

 事務所のスタッフらしき若い男が言った。


「ガキにそんなことわかんねえよ。ああ言っときゃビビって辞めらんねえだろ」

 社長はフンッと鼻で笑った。

「今の状況じゃあ、どう頑張っても50万なんか貯められるわけねぇからな。それどころか、この家賃の高いアーキハバルじゃ、生活が立ち行かなくなるのも時間の問題だ。金が底をついても、違約金のせいで辞めるに辞められず、きっと泣きついてくるだろうよ」


「泣きついてきたらどうするんですか?」


「金を貸してやるんだよ。ついでに割のいい仕事を紹介してな」


「割のいい仕事?」


「昔、風俗のスカウトやってたときの先輩で、AV作ってる人がいるんだわ。もともと、そっちに何人か紹介するって約束で、出資してもらってるからな。元アイドルってだけで食いつく客も多いから、いい商品になるんだとよ。ハハッ、怖い世の中だよな。アイドル目指して都会に出てきたはずが、借金作ってAVデビューだ」


「うわぁ……社長、鬼畜っすね」


「うるせぇよっ」

 ハハハッと、社長の笑い声が、地下駐車場に反響した。




「おい……」

 魔王は背後から男たちに声をかけた。

 だが、声が小さくて二人には届かなかった。


「お、おい、こら……」

 もう一度呼んだが、反応はない。


「……」

 二人の背中が遠ざかっていく。



 ………………。



「ぅおい!!!!」




 耳をつんざくほどの大声に、二人の男は勢いよく振り返った。


 そこにいたのは、ひどく顔色の悪い、陰気な少年だった。

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