第29話 陽キャ女子と陰キャ男子

 四日後。

 夕刻。


 グウと魔王が魔界の門まで行くと、白くて平べったい、スポーツカーみたいな車が停まっていた。


「やっ! この僕がわざわざ迎えに来たよ!」

 車のドアに軽く寄りかって、派手なチェック柄のスーツを着た人間が立っていた。

 魔界四天王のシレオン伯爵だ。

「つか、ダッサ! なんで? なんで二人ともその格好? 超ウケるんだけどアヒャヒャヒャヒャッ」

 伯爵は二人を見るなり爆笑した。


「何がおかしい」

 魔王はムッと顔を曇らせた。

「これがアーキハバルの標準装備だろ。〝アーキハバル〟〝ファッション〟で検索した画像を忠実に再現したのだ。貴様こそ市井しせいの風俗をわかってないようだな」


「いやぁアハハハ、間違ってはないんだけど、ちょっと誇張されたイメージに引っ張られてるっていうかウヒヒヒヒ」

 伯爵は笑いをこらえ切れない様子。


(やっぱりこの格好ダサいんだ。魔王様に騙された……)

 グウは自分が着ているオジサンのハンカチみたいな柄のシャツや、微妙なサイズ感のズボンを残念な気持ちで見下ろした。


「あはっ。ホントだぁ。今どきそんなベタなオタクの人、あんまり見かけないよぉ」

 突然、甘くてふわふわの綿菓子みたいな声がした。


 シレオン伯爵の背後で、スーッと車の窓ガラスが下がっていき、ピンクの巻き毛の美少女が顔を出した。


「げ!!」

 グウと魔王は同時に叫んだ。


「ベリ! 貴様、なんでいる!?」

 魔王はベリ将軍を指さした。


「二人ともアーキハバルまで行くんでしょ? 久しぶりに人間界でお買い物したいから、ついでに乗せてってもらおうと思って」

 ベリ将軍は軍服でも赤いランジェリーでもない、シフォンのブラウスにショートパンツという格好だった。

「やっぱお洋服は人間界のほうが可愛いもの。たまには都会で買い物しないと、どんどんファッションセンスが古くなっちゃうからね。あ、二人にはそもそもセンスとか存在しないだろうけど」


 グウがチラッと魔王のほう見ると、予想どおり、めちゃくちゃ不機嫌な顔になっていた。


 こうして、グウと魔王、そして二人の元魔王を乗せた治安の悪い車が、アーキハバルへ向けて出発した。



* * *



「おい、シレオン。まさかコイツをセイラに会わせようなんて考えてないだろうな」

 後部座席の魔王が、隣のベリ将軍を指さした。


「アハハ、それは大丈夫。会わせてあげたら喜ぶだろうけど、そしたら僕らが魔族だってバレちゃうからね。だって、ベリちゃん絶対バラすもん」

 シレオン伯爵は笑いながら断言した。


「セイラ? セイラってだあれ?」

 ベリ将軍が首をかしげた。


「お前には関係ない」

 魔王は冷たくそっぽを向いた。


「チェリークラッシュっていうアイドルグループの子で、デメの推しだよ」

 シレオンがさらりと答えた。


「言うなよ!!」


「へぇー、デメちゃん、ゲームオタクから、アイドルオタクになったんだ。へえー」

 ベリ将軍がいたずらっぽい目つきで魔王を見た。

「アイドル好きなんだ。意外~♪ じゃあ私のことも推していいよ?」

 ベリ将軍はニヤニヤしながら、魔王の肩にコテンと頭をのせた。


「はあっ? お前なんか推さねーし! むしろアンチだし!」

 魔王はベリ将軍を鬱陶しそうに押しのけた。


(陽キャ女子にからかわれる陰キャ男子の図……)

 グウはバックミラー越しに二人を見て思った。

「魔王様、気をつけてください。その人、クーデター起こす気ですよ」


「ちょっと、チクんないでよっ」とベリ将軍。


「フンッ。元々こんな奴、信用してないし」と魔王。


「えー。ひどーい」


 グウは後部座席の中学生みたいな二人は放っておいて、大人同士で話を進めることにした。

「で、どうでしたか? 契約の件は」

 と、シレオン伯爵に確認する。


「ああ、君の予想どおり、セイラに違約金を支払う義務はなかったよ」

 伯爵は運転しながら言った。


「やっぱりそうでしたか」

 グウは助手席でつぶやいた。


「これが契約書だ」

 伯爵は両手でハンドルを握りながら言った。


「え」

 グウの目の前に、ガサっと紙切れが差し出された。

 差し出したのは、手首から先だけの人間の手だった。


 グウが紙を受け取ると、手はスーッと浮遊して、ダッシュボードの上にちょこんと乗った。

 すらっと伸びた細い指。女性の手のようだ。


(何コレ……)


「何ですか、この手は」


「ああ、秘書だよ」


「秘書?」

 グウは手を凝視した。

 綺麗に整えられた爪に、控えめなネイルが施されている。女子力の高い手だ。

「秘書だとして、何なの?」


「秘書は秘書だよ」

 伯爵は言った。


 説明する気はないようだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る