第26話 通行人
外は小雨が降っていた。
雨に濡れた地面にカラフルな電飾が反射して、電気街はいつもよりキラキラしていた。
傘をさして歩く人々の間を
どこへ向かっているのか、わからない。
どこへ向かえばいいのか、わからない。
バシャバシャと、水たまりの水が足にはねた。
地面に手をつくと、水たまりに自分の顔が映った。
どこへも行けない自分。
思い描いた理想の自分と、あまりに違う、今の自分。
走っても、走っても、少しも先へ進めない。
どこへも行けない……
「あの……大丈夫ですか」
声がして、セイラは振り返った。
そこには、青白い顔の少年が一人、雨に濡れながら立っていた。
* * *
「あなたは、さっきの……」
「…………」
彼は何も言わなかった。
というか、言えなかった。
魔王デメの頭の中は今、完全な混乱状態だった。
思わず追いかけてきたはいいが、どうしていいかわからない。
そもそも何で追いかけてきてしまったのか。
追いかけてどうするつもりだったのか。
どうする?
手を差し出すべきか?
(でも、俺の手なんか触りたくないかも……握手会でもないのに俺の手なんか一秒たりとも触りたくないって思ってるかも……ていうか、せめて傘を持ってくればよかった。何しに来たんだ、俺。あ、でも俺が触った傘なんか触りたくないかも……)
「すみません」
セイラが言った。
「心配して追いかけて来てくれたんですよね」
彼女はそう言って、自分で立ち上がり、
「みっともないとこ見せちゃってごめんなさい。もう大丈夫ですっ」
と、ニコッと笑った。
デメははっとした。
なぜか胸が痛んだ。
なんで今、笑うんだろう……
彼女はいつもニコニコしてるし、いつも楽しそうだけど……でも、今は絶対、笑いたい気分じゃないはずなのに。
そうだ、そういえば……
デメはふと、グウの言った言葉を思い出した。
――きっと疲れてるだろうに、あんなに愛想もよくて。まあ、ファンの前だからかもしれないけど――
ファンの前だから?
ファンの前だから、笑いたくない時も笑うのか?
「あの……」
デメはボソッと口を開いた。
「あの、俺……さっきあなたのファンになったんだけど……やっぱり、今だけファンやめます」
「えっ」
「今だけファンじゃなく、あなたのこと全然知らない、ただの通行人になるから……」
デメはセイラの顔を直視できず、キョロキョロしながら話した。
「俺はただの通行人で、あなたもアイドルじゃなくて、ただの通行人で……その、だから……だから……」
デメは言葉につまりながら、必死に話し続けた。
「だから、無理して笑わなくていいから」
デメがそう言うと、セイラはびっくりしたように目を見開いた。
(あ、俺、変なこと言ったんだ……)
デメはソッコーで後悔した。
(完全に引かれた……絶対キモイって思われた……死にたい……)
「無理してなんか……ないですよ」
セイラは笑顔をつくろうとしたが、うまくいかなかった。
声が震えた。
「ぜんぜん無理してなんか……」
喋ろうとするが、のどがつまって、うまく言葉が出てこない。
かわりに涙が出てきた。
涙があふれて止まらない。
泣きたくない。
泣いたって意味ない。
――そう思っても、一度あふれ出した涙は、もう止まらなかった。
セイラはついに声を上げて泣き出した。
「えっ、ええっ?」
デメは気が動転した。
泣かした!?
俺が泣かしたのか!?
ど、どうしよう、どうしよう……。
「あ、あの、雨が……」
デメは絶え間なく雨粒を降らし続ける空と、しゃがみ込んで子供みたいに泣き続けるセイラを、オロオロと交互に見た。
考えた結果、Tシャツの上に羽織っていたチェックのシャツを脱ぐと、それをセイラの頭上で、ピンとのばして持った。自分を材料に、即席のテントを張る。
奇妙な光景を、通行人が不思議そうに横目で見ながら通り過ぎていく。
ほかにもっとスマートな方法がいくらでもありそうだが、今はそれがデメの思いつく精一杯の気づかいだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます