第23話 シレオン伯爵
魔族の起源には諸説あるが、宇宙起源説によれば、約6000万年前、隕石の衝突によって、宇宙物質に汚染された大地が『魔力』と呼ばれるエネルギーを帯びるようになり、『魔界』になったといわれている。
5000万年前には、原始の魔物――精神と肉体の区別のない魔力の集合体である『
しかし、そもそも定形を持たない『魔祖』の中には、世代交代による進化を経ずに、一代で魔族まで形態変化した個体が存在する。
何万年も前から生き続けるそれらの個体は『
存命中のグウの知り合いでいえば、魔王デメ、ベリ将軍、そして、いま目の前にいる人間――シレオン伯爵がそれにあたる。
「いい店でしょ~。高級感とほどよいアングラ感が売りなんだ」
向かいに座ったシレオン伯爵が得意げに言った。
グウたちが案内されたのは、ゆったりとした四人がけの席だった。
店内はけっこう広いが、ほぼ満席の状態だ。
薄暗い照明に加え、あちこちに置かれた水槽がパーテーションの役割を果たしているので、あまり人目を気にせずに済みそうだった。
「こう見えてアーキハバルもオフィス街だからね。けっこう接待とかにも使われるんだよ。あと大人の合コンとか」
「どうでもいいから、はやく肉を持ってこい。一番高級なやつ。あとワインも。一番高級なやつ。全部お前のおごりでな」
魔王はメニューも見ずに言った。
「やれやれ。デメったら、相変わらず僕には魔王全開だねえ」
伯爵は肩をすくめた。
「まったく、誰のおかげで光ファイバーの恩恵に
「ああ、やっぱりあなたが一枚
グウは先日の通信会社の人間たちの訪問と、その対応に呼ばれたことを思い出した。
「なんであの人たちが俺の名前を出したのか疑問だったんですよ。てことは、彼らが言ってた『ダリア条約』ってやつにも伯爵が関わってるわけか。ぶっちゃけ何が目的なんです?」
「やだなあ、目的だなんて。まるで僕が何か企んでるみたいじゃないか。僕はただ魔界の発展に寄与したいだけさ。だって、いまだに電報と黒電話でやり取りしてるんでしょ? もう遅れすぎて見てらんないよ。アハハハハ」
このヘラヘラしたノリの軽い人間――いや、人間の体に寄生した魔族こそ、魔界四天王の一人、シレオン伯爵である。
太古の昔から生き続ける『古の魔族』であり、三度も魔界統一を成し遂げ、『不滅王シレオン』と呼ばれた元魔王だ。
300年ちょっと前に、現魔王・デメとの戦いに敗れたあと、肉体を封印されて力の大部分を失った。
現在は、ラウル・ミラーという実業家に寄生して、人間界で暮らしている。
「君たちもさぁ、あんな田舎臭い魔界なんか引っ越しちゃって、人間界で暮らせばいいのに。快適だよ~、人間界は!」
シレオン伯爵は、ワイングラスを揺らしながら言った。
「こんな人が多くてごちゃごちゃしたところで暮らせるもんか。お前が溶け込みすぎなんだ」
魔王がナイフとフォークで肉を切りながら言った。
「というか、ラウルさんでしたっけ? 元の人間はどういう状態なんです? 彼の意識もまだ存在してるんですか?」
グウはたずねた。
見た感じ、ラウル・ミラー氏は、まだ30歳くらいの温厚そうな優男だった。色素の薄い金髪に、すっきりとした中性的な顔立ち。これで社長だったら、まあまあモテそうだ。
「うん。全然いるよ。まあ二重人格みたいな感じだと思ってもらえばいいかな。ただ、彼には僕と入れ替わってる間の記憶がないから、ときどき混乱してるけどね。なにせ知らない間に自分の会社が上場企業になってたりするから! そりゃびっくりするよね、アハハハハハ」
「可哀そうに……」
グウはミラー氏に同情した。
「可哀そうなもんか。むしろ感謝してほしいくらいだよ。もともと飲食店のイノベーションを手掛けるだけの小さなベンチャー企業だったのを、僕がここまで大きくしてやったんだから! いやあ、僕もまさか自分にここまで経営の才能があるとは思わなかったからさぁ。うまくいきすぎて戸惑っちゃうよねぇアハハハハ!」
シレオン伯爵は人間界での生活を相当エンジョイしているようだった。
「ところでさあ、ずっと気になってたんだけど、君たちなんでTシャツお揃いなの? ペアルック? アヒャヒャ! ウケるんだけど! ていうか、よく見たら、それチェリクラのライブTシャツじゃん! なんだあ、君たちチェリクラのファンだったの?」
「え、知ってるんですか?」とグウ。
「ファンじゃないし!!」と魔王。
「あれぇ? ファンじゃないの? ファンじゃないのにライブ行ったの~? アハハ、変なの! セイラ! この人たち、ファンじゃないのにチェリクラのライブ行ったんだってさ!」
シレオン伯爵は、隣のテーブルの片付けをしていたホールスタッフに声をかけた。
「え? ほんとですか?」
振り返ったスタッフの顔を見て、グウと魔王は同時に「あっ」と叫んだ。
それもそのはず。
彼女は今日の昼間にステージで見た、チェリー☆クラッシュのセイラその人だったのだ。
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