第22話 面倒くさい

 ライブが終わると、少し時間を置いて、同じ会場で特典会という名のイベントが始まった。

 物販のようなものらしく、CDやオリジナルグッズが販売されている。


 グッズには特典券というものがついてきて、その券があれば、メンバーと一緒に写真が取れたり、握手できたりするらしい。


「CD1枚につき、特典券1枚か。1枚でできることは、えーと……」

 グウは設置された立て看板を確認した。

「お、メンバー1人とチェキ撮影・握手だって。よかったですね、魔王様。セイラちゃんと握手できるうえ、ツーショットも撮れますよ」


「な、なんだ、そのシステムは! べ、べつに握手なんかできなくてもCDくらい買ってやるわ!」

 魔王は不機嫌そうに腕組みをした。


「あ、そう。じゃあCDだけ買って、握手せずに帰りましょうか。並ぶの面倒くさいし」


「いや! それはちょっと!!」

 魔王は慌ててグウを引きとめた。

「せっかくの機会だ。握手はともかく、セイラに直接ライブの感想を伝えたい。あの素晴らしいステージに対する賛辞を送りたい。そ、そのついでに握手してやらなくもない」


 面倒くさいけど、わかりやすい人だな、とグウは思った。

「なるほど。それは良いことかと。握手の際、1分くらい会話ができるようですし」


「1分!?」


「あ、でも見てください。ほかにも券の枚数に応じていろいろな特典が。なになに? 特典券3枚で5秒間のハグ……4枚でほっぺにチュー……」

(あれ? なんか、急に生々しい商売に……)

「ど、どうします? 魔王様、チューいっときますか?」


「え!? それがお金で売ってるの……!?」

 魔王はショックを受けたような顔で言った。

「普通に中年のオヤジも並んでるけど、あいつらともチューするの? 金のために? そ、そんな、そんな浅ましいことセイラがするはずない!!」


 ピュアかよ。あと、アンタそのオヤジより年上だからな、とグウは思った。


「こら、浅ましいとか言わない! 今、ファンの人にめっちゃにらまれましたよ」


「だって、そうではないか!」

 魔王は激しい動揺のせいか、顔にうっすらと青い血管が浮き出ている。


「フフ……さてはご新規さんですかな」

 後ろに並んでいた人間が急に話しかけてきた。

 眼鏡をかけたふくよかな中年男性で、全身チェリー☆クラッシュのグッズで装備を固めている。

「驚かれるのも無理はない。ほかの地下アイドルはここまでやりませんからな。基本はチェキと握手でしょう。しかし、チェリクラは最近、過激路線に転向しましてな。清楚路線から推している者としては、ハグやチューには手を出さぬ所存であるものの、グループの存続に必要とあらば、過激サービスもやむなしという諦観の境地に達しておりますわな」


 誰!?

 と、グウは思った。


「ほら、聞きましたか、魔王様。ここのヌシもああ言ってます」


「ヌシなのか!?」


「アイドルだって商売でしょう。商売である以上、金を稼ぐ必要があるってことですよ。よくわかんないけど」

 グウはよくわからないまま魔王をなだめた。

「メジャーなアイドルなら、ここまでする必要はないかもしれませんが、彼女たちはまだ知名度が低いみたいだし、いろいろと金銭的に厳しいんじゃないですか? ライブをするのも、CDを出すのも、タダじゃないんだし。それにファンだって、言ってしまえば一種の消費者でしょ。で、その消費が彼女たちを支えることにもなる。ここは割り切って、サービスを享受するのもアリなのでは?」


「ファン? 消費者?」

 魔王の顔に、さらに動揺が広がっていく。

「ファン……ファンって何だ……俺は、俺は……ファンになんかならない!!」

 魔王はぴゅーッとどこかへ走りだした。


「どこ行くんですか魔王様ー!!」


 面倒くさい!!

 あの人、本当に面倒くさい!!

 グウは心の中で叫んだ。



 * * *



 一時間後。

 二人はアーキハバルのとあるゲームセンターの一角で、無言でハンドルを握っていた。


「あのー、初心者相手に手加減してやろうという気はないんですか」


「…………」

 魔王の反応はなかった。

 ライブ会場を飛び出してから、ずっとこんな調子だ。

 前から行きたがっていたゲームセンターなのに、どうもテンションが低い。ゲームに集中しているというより、ぼーっとしている感じだ。


「魔王様」

 グウは呼びかけた。


「……何だ」

 ようやく魔王が返事をした。


「やっぱ握手だけでもしとけばよかった、って思ってるでしょ」


「!!」

 魔王の運転が乱れた。

「はあっ? 何言ってんの、お前! そ、そ、そんなこと思ってないし!」


 わかりやすい動揺。


「ほう。そうですか」

 とだけ言っておく。


 何回かゲームに付き合うと、グウはすっかり目が疲れてしまった。

 ゲーム機の画面にしろ、店内の照明にしろ、強すぎる光にはどうも慣れない。


 魔王は普段からゲームばかりしているだけあって、人工の光も平気なようだ。クレーンゲームの間をふらふら歩きまわり、中のフィギュアをのぞき込む。

「今日のライブは……」

 と、彼はふいに口を開いた。

「俺が生きてきた時間の中で、最も美しい時間だった」


 重いな……と、グウは思った。


「彼女たちが未熟なのはわかっている。もっと洗練されたパフォーマンスもあるだろう。ただ、なんというか……」

 魔王は口ごもった。しばらく言葉を探しているようだ。

「……なんか、こう、全力というか、本気でやってるって、すごい伝わったし。とくにセイラ。あんなに汗だくになって、最後まで全力で歌って踊って……すごく綺麗だった。外見のことじゃなくて……いや、外見も美しいんだけど……」


「まあ、なんとなくわかりますけど」


「だからこそ、なんかモヤモヤするというか、なんというか……」

 魔王はクレーンゲームのガラスをのぞき込んだまま、また黙り込んだ。


(面倒くせぇー……)

 グウは心の中でぼやきながら、黙って両替機に向かった。



* * *



 空はすっかり暗くなったが、街はあちこちに電飾が灯って、ピカピカしていた。

 夜なのに、驚くほどの明るさ。そして、人の多さ。

 魔界の夜は真っ暗で、夜行性の魔物しか活動していないのに。


「雨の匂いがする。そのうち降るかもしれませんね」

 グウは空を見上げて言った。

「で、どうします? もう帰ります?」

 両手には大きな紙袋が二つ。魔王がクレーンゲームでゲットした景品がどっさり入っている。


「腹が減った。このあたりにシレオンの店があるらしいから、そこで食って帰る」

 魔王は言った。


「へえ」

 グウは意外に思った。

「シレオン伯爵と、意外と仲良いいんですね」


「べつに仲良くない。むしろ嫌いだが、人間界に詳しいから、ときどき役に立つ」

 魔王はぶっきらぼうに答えた。



 そのシレオン伯爵がオーナーを務めているというレストランは、とあるビルの地下にあった。

 店内は薄暗く、どことなくアンダーグラウンドな雰囲気が漂っているが、思いのほかオシャレな、高級感のある店だった。


 一歩踏み込んだとたん、アイドルのライブ限定Tシャツを着た自分たちが、かなり異質な存在であることをグウは察した。


「やあやあ、よく来たねぇ、デメ!」

 派手なチェック柄の三つ揃いのスーツを着た男が、手を振りながら近づいてきた。

 スマートで、都会的で、そこはかとなく金持ちそうな男。


「グウも久しぶり~。元気だった?」


「ええ、おかげさまで。そちらもお元気そうで何よりです」


「アハハ、元気、元気~。といっても、この体、僕のじゃないけど」

 シレオン伯爵はニヤッと笑った。

 その目が一瞬、ギラッと赤く光った。

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