第20話 推しとの出会い

「えっ!! アイドルの握手会!?」

 グウは思わず叫んだ。


「声が大きいわ!!」

 魔王も食い気味で叫ぶ。


「なんでまた? あれだけ三次元の女には興味ないって言ってたのに」

(魔王様がギャルゲーの女の子以外に関心を示すなんて……)


「いや、まあ、そうなんだけど……」

 魔王はもじもじしながらパソコンで動画サイトを開き、グウを手招きした。

 ちなみにパソコンは、魔界でもほんの一握りの魔族しか持っていない超貴重品である。


 モニターには、とあるゲーム実況動画が映し出されていた。

 画面のほしっこの小窓には、実況者らしき人間の女性の姿。まだ若い娘で、高校生くらいに見えた。


「な、なんか、たまたま見つけちゃったったというか……本業は地下アイドルというやつらしいのだが……あ、これ、俺がやってるゲームと同じで……」

 魔王はボソボソと、グウの目をまったく見ずに喋った。


 うわぁ、なんかいろいろ悪化してるな、とグウは思った。


「まあ、ゲームの腕は全然なんだけど……こんなに楽しそうにゲームをやる人間がいるんだと思ったら、なんというか、こう、非常に微笑ましい気持ちになり……」


 魔王の言うとおり、画面の中の少女はじつに楽しそうだった。

 よく笑い、よく叫ぶ。

 今もジャンプに失敗して悲鳴を上げたあと、なぜか呼吸困難になるほど爆笑している。


「この方はなんで笑ってるんですか?」


「わからん。セイラのツボは浅いんだ。だが、そこがいい! この弾けるような笑い声も、一生懸命かつ意味不明な解説も、微妙に北国なまりなところも、すべてが癒される!!」


(いや、聞いてないけど。セイラ? ああ、たしかに画面に『セイラ☆ちゃんねる』って書いてあるな)


「べ、べつに、ファンとかじゃないけど……ただ、ちょっと、この者と会ってみてもいいかと思って。握手会があるなら、行ってやらなくもないっていうか……ついでにライブも見てやらなくもない……みたいな」


 魔王はあちこちに目を泳がせながら、もごもごと喋った。

 グウは魔界の未来が心配になった。


(しかし、これはある意味チャンスだ。魔王様が自分から外出しようとするなんて、今までになかったことだ。うまくいけば、これが社会復帰への第一歩になるかもしれない)


 ただ……、とグウは頭の中で葛藤かっとうした。


(俺、明日、休み取ろうと思ってたのに!!)

 もう何連勤なのかもわからない中、ようやく訪れた休暇取得のチャンス。

 絶対に逃したくない。

 マジで休みたい。


「わかりました。親衛隊の若いのでザシュルルトという者がいまして、かなり人間界に詳しいので、私よりも適任かと。そいつに行かせましょう」


「ちょ、ちょ、ちょっと待て! ちょおっと待て!」

 魔王は急にうろたえ始めた。

「いやいやいやいや! 無理だって! そいつ喋ったことないし、会話もたないって!」


「べつに会話もたせる必要ないでしょ。家来と主君なんだから。魔王様が喋りたいときだけ喋ればいいんですよ」


「無理、無理、無理! 絶対気まずいって! 修学旅行で一人だけ陽キャの班に入っちゃうくらい無理! ていうか陽キャだったら、まずその時点で全部無理だからね!?」


「いや、修学旅行って。学校行ったことないでしょ! 何のゲームの記憶ですか! 魔王が陽キャにおびえないでくださいよ!」


「お、怯えてないし! 嫌いなだけだし! それに、お前! セイラの件をほかの奴にも説明しろと言うのか! お前に喋っただけでもこんなに恥ずかしいのに、それをほかの奴にも説明しろと! ふざけるなよ貴様!!」


 魔王の目尻や頬骨ほおぼねのあたりに、青い血管がくっきり浮かび上がった。感情が高ぶっているサインだ。


「ああ、もう、わかりましたよ! 行けばいいんでしょ! 行けば!!」

 グウは頭をかきむしった。

(だから嫌な予感がしたんだよ……!)


「よおし! そうと決まれば準備開始だ! まずは装備を整えるぞ!」

 魔王は嬉しそうに言った。

「お前、オタクの聖地であるアーキハバルに溶け込めるような、ハイレベルな人間界の衣装は持っているか」


「持っておりません」


「そうだろうな! そう思ってこの限定グッズのTシャツを先行販売で二枚購入しておいた。大事に着るように。あとこの地味なパーカーも貸してやる。俺より派手な色を着ることは許さん」


「は、ありがとうございます」

 グウは感情のこもっていない声で言った。


「ちなみに俺はこのチェック柄のシャツを羽織る。チェックのシャツにリュックというのが、アーキハバルでの標準装備らしい」

 魔王はウキウキした顔で言った。指にはめた海耀石かいようせきと同じダークブルーの瞳が、少年のようにキラキラと輝いている。


 魔王のくせに、いつのまにか自分で下調べをして、すでに装備品を揃えている。

 局地的に発揮されるオタクの情熱と行動力。

 普段は深海のナマコくらい大人しいのに、ひとたび何かにハマると、驚ろくほど精力的に活動し始める。


(そして、振り回されるのはいつも俺……)

 グウは明日が憂鬱ゆううつになってきた。

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