Case4 上司が面倒くさすぎる

第19話 魔王の秘密

 朝9時。

 魔王城の始業時間である。


「じゃあ時間なんで、ミーティング始めまーす。まず、魔王様の外出の予定は、今日もありません」


 お決まりの文句を述べると、若手隊員のザシュルルトが「はあー」と溜め息をついた。


「こら、ザシュ。あからさまに溜め息をつくな」


「だって俺、魔王親衛隊に入隊してから、一回も魔王様の護衛やったことないんスよ」


「そんなの、皆ねえよ」

 先輩のビーズ隊員が腹立たしげに言った。


「そうそう。魔王様が引きこもってるんだから、しょうがないよ」

 ベテランのガルガドス隊員も諭すように言う。


「そうだぞ。それに魔王様以外の要人の護衛とか、ほかの部署からの応援要請で、ウチは毎日忙しいんだから。今日だって、こんなに雑務――じゃなくて要請がどっさり……」

 と、グウが手元のバインダーを見た、そのときだった。


 ジリリリリリリ、と電話の音が鳴り響いた。


「朝から何でしょう? 緊急要請かな?」

 副隊長のギルティがタタッと電話に走りよった。

「はい、魔王親衛隊です。はい、はい、少々お待ちください」


 グウは嫌な予感がした。


「グウ隊長、魔王様がお呼びだそうです」


「やっぱり!!」

 グウは天を仰いだ。



* * *



 長い、長い、ビロードの絨毯じゅうたん

 仄暗ほのぐらい石造りの廊下に、明滅めいめつする古びたウォールランプ。

 外界から隔絶された、魔王城の最奥。

 重厚な観音開きの扉を開けると、そこが魔王の寝室である。


「お呼びでしょうか。魔王様」


「あ、ちょっと待って。今、ボス戦だから」

 ゲーミングチェア越しに返事があった。


 薄暗い部屋を照らす、モニターの青白い光。

 絶え間なく響く、ゲームの効果音。

 机に置かれたペットボトルのジュースと、食べかけのスナック菓子(なぜか箸が添えてある)。


 ――ハイここから第二形態まだ回復あるよしよしよし削れてる、あるぞコレ。

 小声で何か、ブツブツと喋る声。

 早口でよくわからないが、独り言のようだ。


 しばらくすると、「……っしゃ!!」と、拳を突きあげながら立ち上がった。

 勢いでゲーミングチェアがシャーッと後ろに滑る。


「待たせたな」

 ようやく彼は振り返った。


 ボサボサの黒髪に、驚くほど青白い顔。

 たぶん寝不足なのだろう、目の下にガッツリくまができている。

 それでなくとも、目のまわりに青い血管が浮き出ていて、かなり不気味な印象を与えるのに。

 体型はグウと同じく、人間の青年とそう変わらない。むしろ魔王のほうが小柄で、容貌も幼く、少年といってもいいくらいだ。

 ただ、頭に珊瑚さんごみたいに複雑に枝分かれした、ものすごい角が生えているので、それで30センチくらい身長が加算されるだろう。


「たいした用事ではないが、お前に頼みたいことがある」


 魔王はそう言って、肩にかけた黒い毛皮のガウンをバサッとひるがえし、ゲーミングチェアをシャーッと元の位置に戻した。

 ゆったりと足を組んで座り、肘掛に頬杖ほおづえをつき、鋭い眼光をこちらに向ける。右手の人差し指にはまった、ダークブルーの四角い宝石――秘宝・海耀石かいようせきの指輪がキラリと光った。


 そうすると少し威厳が出るが、ガウンの下はしま模様のパジャマである。

 ここ15年ほど、グウはパジャマの魔王しか見たことがない。


 第13代魔王デメ。

 魔王在位300年。歴代最強の魔王とうたわれ、暴君デメと恐れられた唯一無二の魔界の覇者。

 それがいまや、引きこもり歴15年のゲームオタクと化していた。


「頼みたいこと、ですか?」

 グウは嫌な予感しかしなかった。


「そう。明日アーキハバルに新しいゲーミングPCを買いに行くから、お前もついてこい」

 魔王は言った。


「え?」

 グウは驚きのあまり、言葉を失った。

 魔王様が……外出!?

 この15年間、どんなに言っても絶対に部屋から出なかった魔王様が?

 意外と綺麗好きなので風呂には毎日入るが、それ以外は食事もすべてこの部屋で済ませる魔王様が?


「ま……魔王様がわざわざ人間界まで、ご自分で買いに行かれるんですか? いつも通販で済ませてるのに、またどうして?」


「いや、その……たまには直接見て選ぶのもいいかなと……」

 なぜか魔王の目が泳いだ。


「何で目をらすんですか? 何かやましい理由でも?」

 グウは怪訝けげんな顔をした。


「なっ、べ、べつにやましくなんかないし。ちょっと行きたいところがあるだけで」

 魔王は指輪のはまった人差し指で、首のあたりをポリポリとかいた。

 あきらかに動揺しているように見える。


「どこですか」


「…………」


「何で隠すんですか。どうせ行ったらわかるのに」


「いいかっ、誰にも言うなよ!」

 魔王はなぜか、ひどく恥じらいながら言った。

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