第16話 危険なティータイム

 レースのカーテンに、花柄の壁紙。

 アンティーク家具に、天蓋てんがい付きのベッド。

 ベリ将軍の部屋は、まるでお姫様の部屋みたいだった。


「さあ座って座って」

 と、赤いビロード張りのソファに座らされる。

 猫足のテーブルの上には、ティーセットと山盛りのお菓子。


(相変わらず甘い物好きだな、この人)


 ベリ将軍はグウのすぐ隣に腰を下ろした。

 ホントにすぐ隣。

 完全にひざが密着している。


「そんなに警戒しないでよ。久しぶりにグウちゃんと話したかっただけなんだから」


 彼女はそう言って、紅茶をカップに注ぎはじめた。

 今日も軍服のジャケットの下には、ランジェリーみたいな赤いワンピースを着ている。

 スカートがものすごく短いので、座るとギリギリ見えそうな長さだ。

 

(相変わらずエロい服好きだな、この人)


 ベリ将軍の身長が低いこともあり、視線を合わそうと下を向くと、たまに角度をミスって谷間をガン見しそうになる。だが、ここまで惜しげもなく一般公開されていては、視界に入れないほうが難しい。


 将軍はポットを置くと、テーブルの上にあった黒い小瓶こびんを手に取り、湯気の立つ紅茶にパシャパシャとふりかけた。


(なんか入れた……)

「あの、今のは?」


「ん? 隠し味」


「隠し味の何?」


「なんかシロップ的な」


 毒だ、とグウは思った。

(めちゃくちゃ堂々と入れやがった)


「はい、どうぞ」

 ベリ将軍はカップをグウの前に置いた。


「…………」


 グウは心の中で悲鳴を上げた。

 毒蛇を使役し、『蛇王じゃおう』と恐れられたベリ将軍のお手製の毒薬――だとしたら、飲んだら終わる。


「どうぞっ」

 ベリ将軍は笑顔でもう一度言った。


 グウは冷や汗が噴き出した。

 拒否したらどうなるんだろう。

 ガチバトル?

 嫌だ。

 長引くうえ、絶対負ける。


「どうしたの? 何で飲まないの?」


 飲んだらどうなるんだろう。

 さすがに殺しはしないか。

 殺したいなら、わざわざ毒なんか使わず、拳で向かってくるはずだ。

 ケンカ好きのベリ将軍のことだ。どうせなら殺し合いを望むはず。

 たぶん致死性の高い毒ではない……はず。


「もしかして私のこと疑ってるの? ひどーい。何も入れてないよお」

 ベリ将軍は棒読みで言った。


(嘘つけ!!)

 グウは心の中で叫んだ。


「ほら、イッキ、イッキ♪」


「紅茶をイッキさせるな! まだ熱いわ!」


 どうする?

 不意打ちなら、ワンチャンあるか?

 一撃食らわせて、その隙にどうにか逃げ切れないだろうか。

 グウは頭の中でシミュレーションしてみた。


 …………無理だな。


 何しろ相手は『いにしえの魔族』だ。

 太古の昔――魔族がまだ精神と肉体の区別のない『魔祖まそ』という存在だった頃から生き続ける最古の個体のひとつ。魔界全土を見渡しても数人しか居ない化物中の化物。

 中でもベリ将軍は魔界随一の武闘派。

 本人はさほど何も考えてないのに、勝手に子分がついてきて初代魔王になってしまった伝説的存在。

 並みの魔族がどうこうできる相手じゃない。


 彼女はしびれを切らしたのか、ムスッとした顔でショートケーキを食べはじめた。

 モグモグしながら、ジト目でグウをにらむ。

「ほら。さっさと飲みなよ。私のさかづきが受けられないっていうの?」


(どこの組長だよ)


 どうする!?


 無抵抗で一方的に痛めつけられるか。

 抵抗した挙句、ボコボコにされるか。


 究極の選択。


 手に持ったカップを見つめる。

(どうせ痛い目にあうのなら、少しでも疲れないほうが……)

 日頃の疲労がグウにそんな選択をさせた。

 意を決し、カップを口に運ぶ。


「おいしい?」


「おいしいっていうか……舌がビリビリするんですけど」


「毒だからね」


「ですよね」


 ガシャン。

 手がしびれて、カップを持っていられなくなった。

「即効性がヤバい……」


「安心して。心肺機能には影響ないから。ちゃんと息もできるし、頭も正常に働くよ。ただ手足の自由が利かなくなるだけ。尋問にピッタリの薬でしょ?」


 ベリ将軍はケーキをパクッと口に入れた。


「尋問って。尋問されたって、白状することなんて何もないですよ。俺、機密情報とか全然知りませんし」


「たしかに。尋問はしないかも。ちょっと拷問するだけで」


「ええ……」

 グウは魂が抜けそうな声を出した。


「それに、白状することあるでしょ、お前」

 ベリ将軍は手に持ったフォークで、グウのほほをつついた。

「デプロラの第三の目。どこにあるの? デメちゃんが私からぶんどった、大事なお宝」


 やっぱりそれか。

 グウは大きなため息をついた。

 あきらめてソファにだらりと沈む。


「だから、それは探してるけど見つからないんですって。何回も言ってるでしょ」


「またぁ。そう言って何年経ったと思ってるの? 絶対もう見つけてるでしょ。どこにあるのよっ。教えてくれなきゃ食べちゃうぞっ」

 ベリ将軍はグイグイとフォークで頬を突いてくる。

「えいっ、えいっ。ほら、痛覚は完全に残ってるでしょ。えいっ」


「痛い痛い」

 グウはだるそうに言った。

 実際はそこまで痛くない。

「そう言われても、知らないものは答えようがないんで。まあ気が済むまで付き合いますけど、結果は同じですよ」


「ふーん。そういう態度なんだ。じゃ、いいよ。気が済むまで拷問するから」

 ベリ将軍はムスッとした顔で言った。

「まあ、ここまでは作戦どおりいったし。白状させるのも時間の問題かなっ」


(作戦あったの? あれで?)

 グウは軽く衝撃を受けた。


「知ってる? 人を支配するには、ただいじめるだけじゃダメなの。ときには甘やかすことも必要なんだよ? 『あめとムチ』っていうの。お前も覚えておいて」


「ハイ」

(知ってた)


「そして、すでにお前は私の手の指の中」


(手の平の上、かな?)


 グウは思い出した。

 ベリ将軍の残念な部分を。

 魔界で一、二を争う戦闘力を誇りながら、アホすぎて何度か負けていることを。

 今も魔王軍の最高司令官という立場だが、作戦の立案に関与することはない。すべて参謀に丸投げだ。


「私もデメちゃんに負けて学習したの。やっぱり、ちょっとは頭を使わなきゃなって。これからは頭脳派でいくんだから」


「頭脳派は自分のこと頭脳派って言わないと思う……」

 グウはボソッとつぶやいた。


「じゃ、まずあめいきます」


「飴いきます?」

(それ予告したらダメな気がする)

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