Case3 パワハラというか拷問

第15話 恐怖の呼び出し

 ジリリリリリリ、と電話の音が鳴り響いた。


「はい、魔王親衛隊です」

 副隊長のギルティが受話器を取った。

 ちなみに魔界の電話は、いまだにダイヤル式の卓上電話――俗に言う「黒電話」が主流である。


「はい、少々お待ちください」


 グウは嫌な予感がした。


「グウ隊長、ベリ将軍からです」


「いないって言ってくれ」

 グウは食い気味に言った。


「えっ? は、はい」

 ギルティは戸惑いつつ、言われた通りにする。

「あの、グウ隊長は外出中で…………ええ!? あ、はい。はい。ええっと…………はい。承知しました」


「なんて?」

 グウはおそるおそる聞いた。


「グウ隊長に伝言をお預かりしました。にゅ、ニュアンスも再現せよと言われたので、そのままお伝えします」

 コホン、とギルティは咳払いをした。

「もおっ、グウちゃんったら、また居留守使ってぇ。いるのは分かってるんだぞっ。10分以内に私の部屋に来てくれなかったら、こっちからお仕置きに行っちゃうぞっ。……以上です」


「…………」

 グウの顔が固まった。


 パチパチパチパチ。

 若手隊員のザシュルルトが拍手をした。

「良い! 良かったです、副隊長! もう一回お願いします!」


「やりませんっ」

 ギルティは顔を真っ赤にして断った。


「この豚野郎って言ってください、副隊長」

 グラサン(ダブル)のゼルゼ隊員が便乗した。


「言いませんっ。てゆうか、関係ないでしょ!?」


「行くしかないんじゃない? 隊長」

 うなだれるグウに向かって、ぽっちゃり体型のフェアリー隊員が言った。


 グウはゆらりと立ち上がると、

「魔王親衛隊を頼んだぞ。ギルティ」

「え!?」

 と、遺言を残して執務室をあとにした。

 パタンと悲しげにドアが閉まる。


「グウ隊長とベリ将軍って、どういう関係なんでしょう。ずいぶん親しげに見えましたけど……」

 遺言を託されたものの、ギルティはあまり事情をわかっていなかった。


「あれ? 副隊長、知らないの? ベリ将軍はグウ隊長の元上司だよ」

 フェアリー隊員が言った。


「えっ、そうなんですか? じゃあグウ隊長はもともと魔王軍にいたってこと?」


「いやいや。もっと昔の話ですよ」

 と、身長240センチで、先日車を盗まれたガルガドス隊員が教えてくれた。しばらくは寮から通勤するらしい。

「現魔王のデメ様が魔界を統一する前だから、三国戦争時代の話ですね」


「えええ!?」

 ギルティは思わず身を乗り出した。

(てことはグウ隊長、少なくとも300歳以上じゃない! 私には永遠の200歳って言ってたのに!)

 

 三国戦争時代とは、今から400年前、第12代魔王シレオンに、東方の蛇王じゃおうベリがケンカを売ったことから始まる、100年にわたる戦乱の時代のことである。

 不滅王シレオンと蛇王ベリに、新勢力の暴君デメが加わり、三つ巴の激しい戦いが繰り広げられたが、最終的にデメが魔界を統一して魔王となった。


「グウ隊長はベリ様の臣下でしたが、彼女がデメ様に敗北した際に捕虜となり、のちに魔王直属暗殺部隊に取り立てられたと聞いています」

 ガルガドス隊員が言った。


「そうだったんですね……それで暗殺部隊のギニョール隊長と知り合いなのか」

 ギルティはカメレオン似のギニョールを思い出した。


「捕虜から四天王って、すごい出世だよな」

 眼鏡のビーズ隊員が感心したようにつぶやいた。


 ギルティはふと思った。

(私、グウ隊長のこと何も知らないな……)

 毎日一緒に働いていても、じつは相手のことを何も知らなかったことに、今さらながら気がついた。



 * * *



 魔王軍中央司令部。

 その庁舎は魔王城の中でも、とくに異質な空気が漂っている。


 壁一面のラクガキ。

 割れた窓ガラス。

 廊下で煙草を吸う、派手な髪型の兵士たち。


 そう、まるで不良高校。

 黒い詰襟つめえりの軍服が、もはや改造された学ランに見えてくる。


(ザシュみたいな奴が大勢いるなあ)


 グウは庁舎を歩きながら、魔王軍のヤンキー具合をひしひしと感じた。

 ベリ将軍の部屋は三階だ。

 階段に座り込む集団の横を通ると、思い切りにらまれた。

 軍人の大半がベリ将軍の熱狂的なファンなので、彼女に近づく男は誰であろうと、たとえ四天王であろうと、敵意をき出しにするのだ。


 三階の一番奥にある、『司令室』と書かれた扉。

 近づくにつれ、グウは胃が痛くなってきた。

 何の用なのか、だいたい想像がつくだけに、よけいに気が重い。


 フーッと深く息を吐いてから、ドアをノックした。


「よかったあ! ちゃんと来てくれたんだね、グウちゃん!」

 ピンク髪の小柄な美少女が、満面の笑みでグウを迎えた。

「さあ、入って入って!」

 と、ラズベリーピンクのツヤツヤした唇が告げる。


 その笑顔がいつもに増して怖かった。

 何かある、とグウは本能的に危険を察知した。


「あ、剣は預かっとくよ。邪魔でしょ?」

 と、ベリ将軍が手を差し伸べた。


「…………」


 何かされる、とグウの本能が危険信号を発した。

(この部屋に入ると……死ぬ!!)


「すみません。あまり時間がないので、ここで用件だけお聞きします」


「えー!? そんなあ。せっかくお茶とお菓子用意して待ってたのに。ちょっとくらい寄っていってよぉ」

 ベリ将軍はグウのそでをグイグイひっぱった。

 長いピンク色の巻き毛がふわふわ揺れる。


「いや、ダメなんですよ。今から歯医者に行かないと」

 苦しまぎれの嘘をつく。


「歯医者? そんなの明日行きなよ」


「いや、今日行かないとマジでヤバいんですよ。もう歯茎がデロデロに腐ってて」


「そんなにデロデロなら、どうせもう手遅れだよ。ほら、はやく入って!」


「また今度来ます」


「じゃあ、命令しようか? 入れ」

 ベリ将軍は真顔で言った。

 目の瞳孔がシュッと爬虫類のように細くなる。


「お邪魔しまーす」

(圧がすごかった……)


 こうして、グウは魔界で最も危険な場所に足を踏み入れた。

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