第13話 災難

 廃墟の上に、屋根のように覆いかぶさった大木が、ざわざわと葉擦はずれの音を立てる。

 死体が累々るいるいと積み重なった階段に腰掛けて、グウは天井を見上げた。

 かつて色鮮やかなモザイク画があった天井は、いまや枝葉が生い茂り、木漏れ日が差し込んでいる。


 静かになったな、と思う。

 さっきから銃声も聞こえない。

「そろそろ終わったかな」

 彼は小声でつぶやいた。


 一階には、もう動いている者はいなかった。

 すでに大部分の野盗が逃亡し、逃亡しなった者は屍となって転がっている。

 グウはのそっと立ち上がると、階段を上った。


 二階の話し声がする部屋をのぞいてみると、中にたくさん人がいた。

「お疲れー。ボボ課長たち見つかった?」


「あ、隊長!」

 ギルティが振り向いた。


「課長はまだ見つかってませんが、会計課の面接に来た方を保護しました」

 ギルティはそう言って、大きなベッドのはしに座った女性を紹介した。

「お名前はユーナさんとおっしゃるそうです」


 黒いスーツを着た大人しそうな女性が、おびえた切った表情でグウを見上げた。


「そうか。無事でよかった」


 少し視線を向けただけで、女性はびくっと体を震わせた。

 まだ若い人間だった。

 薄い化粧と、鼻のまわりに浮かんだそばかす。どちらかというと地味な雰囲気。


「今回は災難でしたが、我々がきっちり魔王城までお送りしますので、どうかご安心を」

 グウはできるだけ穏やかな声で言った。


「このまま魔王城に……?」

 ユーナという女性は、驚いたような顔をした。

「事情聴取とかは受けなくていいんですか?」


「ん? 事情聴取?」


「あの、魔界の警察の方じゃないんですか……?」

 ユーナはビクビクしながら質問した。


「いえいえ」とグウは手を振った。「我々は魔王親衛隊です。会計課から要請を受けて、あなた方を捜索に来ました。魔界には警察とかないんで」


「警察がない……」

 女性は愕然がくぜんとした顔でつぶやいた。


(あれ? そんなことも知らないで魔界に働きに来ちゃったのか、この人は)


「隊長!」

 呼ばれて振り向くと、部屋の入り口に、眼鏡をかけたビーズ隊員の姿があった。

「ボボ課長が見つかりましたよ」


「おー、良かった。無事だったんだ」


「いや、無事かどうかは微妙なラインですが……」と、ビーズは言葉を濁した。「まあ、とにかく見てください」


 ビーズに案内されて、グウと隊員たちは中庭の奥にある食糧庫にやってきた。

 ユーナは車で休ませることになり、ギルティが付き添った。


「あ、隊長! お疲れっす!」

 食糧庫には、すでにザシュルルト隊員がいた。


「おー、お疲れ。どう? ちょっとは暴れられた?」


「ぜんぜん。強い奴が一人もいなかったっす。魔力も弱えし、食う気も起きねえ」

 ザシュはがっくりと肩を落とした。


「それは残念だったな」

 グウは苦笑いを浮かべて、ザシュの肩を叩いた。


「隊長、こっちです」

 ビーズ隊員が呼んだ。


 そこには、元々あったらしい古い竈門かまどの上に、比較的新しい業務用の大きな鍋が置いてあった。

 鍋の中をのぞき込むと、バラバラになったボボ課長がスープの中に浮いていた。


「課長! そんなところに! いやあ、間に合ってよかったです」


 グウがそう言うと、スープに浮かぶ軟体動物のタコのような頭が、


「どこか間に合ってるんですか!」

 と、叫んだ。

「遅いですよ! なんでもっと急いで来てくれないんですか!」


「すみません。まさか間に合うとは思わなくて」


「だから間に合ってないって! もう半分調理されちゃってるから! もうちょっとで火にかけられるところだったんだから!」


 不満を吐き続けるボボ課長の入った鍋をスープごと床にぶちまけると、課長のタコに似た体がぬるーっと床を滑った。


「あ、ちょ、もっと丁寧にやってくださいよ!」

 課長は床を滑りながら文句を言った。

 大きなブニブニした頭は胴体から切り離され、八本ある手足もすべて細かく刻まれてしまっている。


「これで生きてるとは。すごい生命力だな」

 ゼルゼ隊員が感心した。


「こいつ食ったら、生命力が強くなったりすんのかな」

 ザシュが物騒な疑問を口にした。


「しないよ。食べても吸収できるのは魔力だけ。生命力や回復力は、生まれ持った性質だからね」

 フェアリー隊員が冷静に答えた。


「ほら、足が散らばっちゃったじゃない! ちゃんと全部拾ってくださいよ! あとでくっつけてもらうんだから!」

 課長はギャアギャアとわめいた。


「はいはい、わかってますよ。でも、どうせ再生するんでしょ?」

 グウが適当にあしらった。


「で、これ、どうやって持って帰ります?」

 ビーズ隊員がたずねた。


「そうだなぁ。誰か、清潔なビニール袋とか持ってない?」


「持ってません」


「もう一回この鍋に入れたらいいんじゃね?」と、ザシュ。


「そうだな」


 そうして、もう一度鍋に収められたボボ課長をジープに積み込み、魔王親衛隊はユーグレイス城をあとにした。



 * * *



 魔王城に戻ったグウたちは、ユーナを会計課に送り届け、執務室で一息ついた。


「もう昼過ぎか」

「なんだかんだで、別れの森って遠いですよね」

 グウとギルティはお茶を飲みながら、まったりと話した。


「腹減ったー。飯行こうぜ」

「俺、裏の焼肉定食がいい」

 隊員たちがランチに向けて動き出す。


「副隊長もたまには一緒に行きましょーよ!」

 ザシュルルト隊員が誘った。


「えっ」

 ギルティは初めてのことに一瞬とまどう。

「そ、そうですね! ぜひ!」

(これも皆さんと親睦を深めるいい機会だわ)


「隊長殿も行きましょうよ。そしておごってください全員分」

 ゼルゼ隊員が言った。


「絶対やだ」とグウは即答した。「お前ら毎回ありえない量食うし。あと俺、胃が弱ってて脂っこいもの食えないし」


「えー、じゃあ副隊長にたかるしかないじゃん。頼んだよ、副隊長」

 フェアリー隊員がポンとギルティの背中を叩いた。


「ほえっ?」

 驚くギルティ。


「ごちです、副隊長!」

 ザシュがピシッと敬礼をした。


「!!」

(これが噂に聞く「たかり」!! しかし、これも皆さんから上官だと認められるための試練なのかも)

「い、いいですよ! どんと来いです!」


「お待ちなさい……」

 グウが弱々しい声で割って入った。

「これで食べてきなさい」

 と、苦虫を噛み潰したような顔で魔界の紙幣を差し出した。


「ウェーイ、さすが隊長」

「ウェーイ」

 隊員たちはハイタッチした。


「そんなっ、悪いです、隊長」

 ギルティが遠慮した。


「イインダヨ。オ腹イッパイ食ベトイデ」

 グウは悟り切った顔で微笑んだ。


 そんな感じで盛り上がっているところに、

 コンコン

 と、ドアをノックする音が聞こえた。


「お忙しいところすみません、グウ隊長はいらっしゃいますか?」


 訪ねてきたのは人間だった。

 眼鏡をかけたスーツ姿の中年男性――会計課のコリー主任だ。


「おや、コリーさん。どうしました?」


「大変恐縮なのですが……ちょっとお願いがございまして……」

 やつれた顔のコリー主任が、申し訳なさそうに言った。



 * * *



 コリー主任の「お願い」とは、新任のユーナのオリエンテーションを代理でお願いできないか、というものだった。


「何ですか? そのオリエンテーションとやらは」

 グウは面倒くさそうに言った。


「いや、たいしたことじゃないんです。ただ、この魔王城の中をざっくり案内してもらって、入っちゃいけない場所とか、危ない場所とか、そういうのを軽く説明してくれれば。本来はボボ課長がやるはずだったんですけど、あの状態じゃあ、しばらく復帰は難しいでしょうし。私が代わりに案内したいところですが、ただでさえ月末で死ぬほど忙しいのに、課長まで抜けて、とてもそんな余裕がなくて……この通り、お願いします!」

 コリー主任は両手を合わせて懇願した。


「えー、でも俺これから昼休み……ていうか、何も今日オリエンテーションなんかしなくたっていいじゃないですか。さっきまで拉致されてたんだし、今日のところはゆっくり休ませてやったらどうです?」


「休んでもらおうにも、寮の規則とか、売店の場所とか、最初に説明しとかなきゃいけないことが色々あるでしょ。勝手に一人でうろつかれたら危ないじゃないですかッ」

 コリー主任が血走った目で言った。本当に余裕がないらしい。


「まあ、それはそうですけど。だからって、何で俺……」


「ほかに誰がいると? デリケートな人間の女性を安全にエスコートできるような方が、そんなまともな方が、魔族の中に何人いるとっ?」

 コリー主任はカッと目を見開いた。


「う……」

 たしかに、そんなまともな奴はいない。

(唯一ギルティが適任といえるけど、せっかく皆と飯行こうとしてるしな……)


「グウ隊長、いつも期限を過ぎてから領収書を持ってくるのを、受け付けてやってるのは誰です?」

 コリー主任の眼鏡がギラッと光った。


「ううっ……」


「そもそもウチがこんなに忙しいのも、魔族の皆さんがぜんっぜん期限を守らないからでしょ! ほんっと魔族ときたら、いつもいつもいい加減な仕事して……! たまにはこっちの頼みを聞いてくれたっていいでしょうがあああ!」

 コリー主任は殺気立った顔で言った。

 かなり精神的に追いつめられているようだ。


「わ、わかりましたぁ!」

 主任のあまりの剣幕に、グウは首を縦に振るしかなかった。

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