第12話 コロコロ
フェアリー隊員が二階の廊下を歩いていると、ある部屋の前がバリケードで守られていた。
テーブルやソファなんかの家具を盾にして、その向こうに銃をかまえた野盗が潜んでいる。
一歩近づくと、パラララララッと、マシンガンで撃ってきた。
「なるほど。そこが君らのボスの部屋か」
フェアリーはニィッと笑って、
そのとき――
ドゴン!!
背後から車に
いや、実際に轢かれた。
超巨大なコロコロ(粘着式クリーナー)に。
「フハハハハハ! ボスを殺るのは吾輩だ!」
緑色の顔にサングラスを二つかけたゼルゼ隊員が、勝ち誇ったように高笑いをした。
突如はじまった同士討ちに、野盗たちはしばし
「やったな……このグラサンミドリムシが……」
ペシャンコになったフェアリー隊員が、巨大コロコロにはりついたまま喋った。もとの身長に戻っていたが、横方向に薄くのびている。
「おや、でかいゴミが取れたな」
ゼルゼ隊員はペリッとテープを破って捨てた。
「ふぎゃ」
床に落ちたフェアリーが鳴いた。
この粘着性の巨大ローラーこそ、ゼルゼ隊員の『デメント』である。
普段は持ち運びやすいハンディタイプのクリーナーで、実際にカーペット掃除にも使えるが、魔力を送り込むと巨大化する。
テープには魔王の皮膚が使われていて、どれだけちぎっても回復するため、無限にコロコロできる。
ババババババババッ
我に返った野盗たちが銃撃を再開した。
ゼルゼ隊員は巨大ローラーをタテにかまえて防御しながら、バリケードめがけて突っ込んでいった。
はじけ飛ぶバリケード。はじけ飛ぶ野盗。
こうなれば、あとは地面をならすロードローラーのごとく、巨大コロコロをコロコロするだけだ。ただし、そのコロコロ動作は猛烈なスピードとパワーを備えているため、すべてを吸着し、すべてをすり潰した。野盗もバリケードもマシンガンも、原型がわからないほどに混ざり合って、ローラーの表面で平たくなってしまった。
そうして、掃除を終えたゼルゼ隊員は、ベリッと使用済みのテープを破り捨て、彼らが守っていた奥の部屋へと進んだ。
野盗たちが設置したと思われる比較的新しい扉を、思い切りバーンと蹴破って、ついにボスの部屋に踏み込んだ。
キャーッ、と女の悲鳴が上がる。
部屋の奥には、手足を拘束された魔族の女が数人、身を寄せ合うように床の上に座っていた。さらに、部屋の中央にある大きなベッドにも、下着姿の女が一人、バンザイの状態で縛りつけられていた。
「おや、これはこれは」
ゼルゼ隊員は口元に笑みを浮かべた。
「来るな!!」
急にドスのきいた男の声がした。
「それ以上、近寄ったらぶっ殺すぞ!」
声の主を探すと、ベッドの上にいた。
ベッドに縛りつけられた魔族の女にかけられた白い布団――に見えた物体が、よく見るとブヨブヨに太った魔族の男だった。女のほうも、よく見ると、重そうに顔を歪めている。
「おっと、失礼。まったく気づかなかった。お楽しみ中だったかな?」
「出ていけ!!」
太った男が叫んだ。同時に、布団のような体から、白いトゲのようなものが十本くらい飛び出した。
ゼルゼ隊員が避けると、トゲはドドドッと壁に刺さった。
「てめぇら、何の権利があって善良な市民の商売を邪魔しやがる! 野盗なんか誰でもやってるだろうが!」
ボスはそう言って、さらにトゲを放ってきた。
「善良な市民だと?」
ゼルゼ隊員は身をひるがえして避けながら、鼻で笑った。
一気に距離をつめると、ローラーをハンマーのように振って、太った男をぶん殴る。布団のような巨体がぶわっと持ち上がり、壁に叩きつけられた。
「そんな奴は魔界にいないんだよ」
ゼルゼはそう言って、二度、三度ボスを殴った。
ボスは頭から血を流して動かなくなった。
「ウフフ」
ゼルゼはくるっと振り返って、女たちをながめた。
「さて。ボスを討ち取った報酬をいただくかな」
彼はニヤニヤ笑いながら、ベッドに近づいた。
「イヤアァッ! 来ないで!」
ブスッ!
何かが尻に刺さり、ゼルゼは動きを止めた。
振り返ると、小太りのモチモチした男――フェアリー隊員が、邪悪な笑みを浮かべて立っている。フェアリーが
ベッドに倒れ込むゼルゼに、
「キャアアアアアッ」
と、女たちの悲鳴が響き渡る。いったい何が起きているのか、彼女たちには理解できない。
「よいしょっと」
フェアリー隊員はベッドによじのぼった。
「では、いただきます」
そう言って、下着姿の女にまたがった、次の瞬間――
ドガッと、回し蹴りがフェアリーを襲った。
「何やってんだ、このド変態」
床に転がったフェアリーに、ゴミを見るような視線を向けたのは、ビーズ隊員だった。
「ちっ、邪魔が入ったか」と、フェアリー。
「あ、いたいた!」
続いてギルティも駆けつけた。
「フェアリーさんと、ゼルゼさんもいる――って、え!? ゼルゼさん、どうしたんですか!?」
ギルティは尻から血を流して倒れているゼルゼ隊員を見て、ぎょっとした。
「聞いてくださいよ、副隊長」ゼルゼは顔を上げた。「フェアリーの奴が、吾輩のケツの穴を三つに増やしやがったんです」
「はい!?」
「こっちにきて、確認してみてください」
「え!?」
「副隊長、変質者は相手にしなくていいですよ」
ビーズはそう言いながら、ベッドに縛りつけられた女のロープを剣で切ってやった。
「この女性たちは?」
ギルティが困惑した顔でたずねた。
「そのへんの村から
「売り飛ばす前の奴隷でしょ。もらっていいよね?」
フェアリーが言った。
「あ? いいわけねーだろ、ゲス野郎。さっさと解放するぞ」とビーズ。
「なんでさ。お前に決める権利は――あ……」フェアリーが言葉を止めた。
「ん?」
ビーズの背後に、巨大な影。
起き上がった野盗のボスが、上半身にトゲを生やした状態で倒れかかってきた。
「俺の商品に触るなぁ!!」
ビーズはトゲを掴んで受け止めたが、さすがに重かったらしく、床に押し付けられた。
「ちっ、商品に手ぇ出してんのは、そっちだろ!」
「わっ、ビーズさん! 今どかします!」
ギルティが金色の
「
彼女がそう唱えると、杖の先端についた人面鳥がバサッと羽ばたいて杖から離れ、一瞬で巨大化した。
ピギイイイイイッと、耳をつんざくような鳴き声とともに、体長1.5メートルくらいの鳥がボスに襲いかかった。鋭い爪で肉を掴み、布団のような巨体をビーズから引き
「ビーズさん、大丈夫ですか?」
ボスの断末魔と、女たちの悲鳴が響き渡る中、ギルティは手をさしのべた。
「あ、はい……」
ビーズは助けられながらも、人面鳥の顔の怖さに動揺を隠せなかった。
人間の女の顔なのだが、大きさは常人の五倍くらいある。それがギョロッとした目を見開き、口を真っ赤な血で染めながら、激しく肉をむさぼっている。
ギルティの『デメント』であるこの杖は、人間の魔法使いに作らせたものだという話だ。
素材だけを渡して制作を丸投げしたため、なぜこんな杖になったのか、魔王デメにすらわからないらしい。
「夢に出てきそう……」
フェアリーがボソッとつぶやいた。
良心のカケラもないゼルゼとフェアリーでさえ、人面鳥の
阿鼻叫喚の捕食シーンを背景に、ギルティとビーズで女たちを解放していく。フェアリーとゼルゼは残念そうな顔で、それを見守っていた。
その女たちの中に一人、見慣れない出で立ちの者がいた。
真っ黒なリクルートスーツに身を包んだ女が、手足を縛られて部屋の隅でガタガタ震えている。角がなく、耳も
「あれ? 人間?」
ギルティははっとした。
「あなた、もしかして面接の……!」
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