第11話 ノリノリ
城内が大騒ぎになる一方、
一階の中庭では、ザシュルルト隊員が敵を求めてさまよっていた。
白い壁に囲まれた四角い広場に、ごちゃごちゃとテントや小屋が立っているが、住人はすでに逃げ出したあとで、魔族の姿はなかった。
「ぜんっぜん、誰も向かって来ねえ!」
ザシュルルト隊員(以後、長いのでザシュと呼ぶ)はそう叫びながら、ガシャーンと、近くの小屋の壁を蹴破った。
「誰かいねえのかよ!」
と、手に持った小型のノコギリでそのへんのテントをなぎ払う。
そうして腹立ちまぎれに無意味な破壊を繰り返していると、
「ここにいるぞ。魔王の飼い犬……」
どこからか、野太い声がした。
「うん?」
ズシン、ズシンと地響きのような音がする。
まもなく、正面の壁にあいたアーチ状の暗い穴から、ぬっと巨大な頭が出てきた。
現れたのは、
「親衛隊だか何だか知らねえが、魔族が全員、魔王の言いなりだと思ったら大間違いだぜ」
巨人は左右非対称の目でザシュをにらみつけた。
「敵キターーーー!」
ザシュは目を輝かせた。
巨人は近くにあった小屋をバキッとむしり取ると、それを投げつけてきた。
ザシュは避けることもなく、それをまともに食らった。
粗末な小屋が砕け散る。
ザシュの鼻から、一筋の鼻血がたれた。
「あれ? シールド魔法ってどうやるんだっけ?」
ザシュは腕を前に突き出して、首をかしげた。
「やべぇ。やり方忘れた」
色々なポーズをとってみるが、思い出せないようだ。
そうしている間に、アーチ状の穴の中から、さらに二体の巨人が現れた。
「そいつは何を踊ってるんだ?」
「さあ。だが見るからにアホそうだ」
身長三メートルを超える巨人が三人、ズシン、ズシンと近づいてきた。
三人とも顔の形がいびつで、上半身が異様に大きい。
どうやらデタラメな魔法で体を巨大化させているらしかった。ザシュは背が高いほうだが、巨人と並ぶと子供のようだ。
「小せえなぁ」
「なんだその小せえノコギリ。庭仕事でもする気か?」
「そんなオモチャじゃ、俺たちの体は切れないぜ」
巨人たちはザシュが手に持ったノコギリを指さしてゲラゲラ笑った。
「小さくねえし。デカイし。ちょっと見てみ――」
ドオンッ、と巨人が拳を叩きつけた。
まだ喋ってたのに。
巨大な拳が地面を砕き、
だが、その拳の下にザシュはいなかった。
彼は巨人の肩の上にいた。
「ほらな? デカイだろ?」
そう言って彼が振りかぶったのは、刃渡りが二メートル近くもある、巨大な片刃のノコギリだった。
ザシュルルト隊員の『デメント』は普段は携帯用サイズだが、魔力を流し込むと巨大化する。
「Yeah」
ザシュはノリノリで、それを巨人の脳天に叩きつけた。
ノコギリの歯は
「な……」
「え……?」
ほかの巨人たちが後ずさりした。
ザシュはニヤッと笑い、大きなノコギリを、めり込んだ巨人の体ごと持ち上げると、ブンッとスイングした。
巨人の死体が吹っ飛び、二人を直撃する。
三つの巨体がはじけ飛んで、壁に激突し、石造りの壁に大きな穴があいた。
ザシュは巨大ノコギリの
バラバラ、と
まだ生きている二人がどうにか
「なんて馬鹿力だ……!」
「こ、こっちに来るな!」
巨人が瓦礫を投げつけた。
ヒュンッ、と巨大ノコギリが一閃して、瓦礫は砕け散った。
重そうな見た目と釣り合わない、デタラメな剣速。
ザシュはまだ立ち上がれないでいる巨人の目の前まで来ると、
「俺の剣、トゲトゲしてて超カッケーだろ? 切れ味はスゲエ悪いけどな」
と自慢した。
肉片がブラブラとぶら下がったノコギリの刃が、絶望した巨人の顔に振り下ろされる。
叫びながら逃げ出そうとする、最後の一人。
その背中を、ギザギザの刃が容赦なく引き裂く。
地面に
痛みのあまり、顔をくしゃくしゃにして、子供のように泣き出す。
「た、たのむっ! 許してくれぇ!」
「ん? 何を? べつに俺、怒ってないけど」
ザシュはきょとんとした。
「あ、う……」
巨人は泣きながら困惑した。
「なんかわかんねえけど、まあ気にすんなって!」
ザシュはニカッと笑って、思い切りノコギリを振り下ろした。
* * *
ユーグレイス城の中は大混乱だった。
「オイ! 二階に上がってきたぞ!」
「バリケード! バリケードォ!!」
「それより、はやく武器を持ってこいよ! ヤバいって!」
「玉座の間にマシンガンと火炎放射器がある! あれを取って来い!」
5、6人の野盗がバタバタと玉座の間に向かった。
石造りの廊下を走って、アーチ型の穴に滑りこむ。
もはや武器庫と化したその部屋が、本当に玉座の間だったのかは定かではない。ただ、部屋の一番奥に大理石の椅子らしきものがあるので、なんとなく玉座の間と呼ばれていた。
しかし、部屋にたどり着いてみると、その玉座に誰かが座っているではないか。
魔王親衛隊の制服を着た、背の低い太った男。
フェアリー隊員である。
彼はスタッと椅子から降りると、右手を上げて、
「崇めよ。僕チンは王である」
と、言った。
右手には、少し大きめの銀のフォークが握られている。
「……」
野盗たちは困惑した。
互いに顔を見合わす。
「おい、あいつは強いのか?」
「さ、さあ……」
目の前の男は、どう見ても強そうには見えなった。
頭に生えた
服はサイズが合っていないのかダボダボで、腹回りだけがパツパツである。
白くて、ふくよかで、
「絶対弱いだろ……」
「わかんねえぞ。ほかの奴らはクソ強いし」
「おい、あれ!」
と、野盗の一人が壁のほうを指さした。
入り口と反対側の壁際に、火炎放射器が置いてあるのが見える。
二本のタンクに長いホースがついたやつ。
一瞬、掃除機にも見えるが、たしかに火炎放射器だ。
「おい、あそこまで走るぞ」と、野盗の一人が言った。「あの足の長さじゃ、速くは走れまい」
「よし……」
野盗たちは、一気に反対側の壁までダッシュした。
フェアリー隊員は微動だにせず、ただ彼らを目で追っただけ。
「やったぜ! これさえあれば、こっちのもんだ」
「ハハ、馬鹿め! こんな強力な武器をみすみす渡すとは!」
「こんがり焼いてやるぜ、餅野郎!」
火炎放射器が火を噴いた。
一瞬にして炎に包まれるフェアリー隊員。
「うわ、あっつ!」「こっちまで熱い!」「てか、これ、屋内で使うもんじゃなくね?」
フェアリー隊員は火柱となって燃え上がり、今や足元しか見えない。
ものすごくよく燃えている。
「も、燃えすぎじゃね?」
その時、炎に包まれた足がふいに動いた。
天井に届くほどの巨大な火柱が、一歩、また一歩と、野盗たちに向かって近づいてくる。
「お、おい! なんでこっちに来んだよ!」
「知らねえよ! とどめを刺せ! 燃やせ!」
二度目の火炎放射。
「あっちぃ!」「熱いって、バカ! 距離が近いんだよ!」
野盗たちはパニックになった。
炎は渦を巻きながら、竜巻のように勢力を増していく。
ちょうど部屋の中心まで来ると、いきなり炎が割れ、中から何者かが姿を現した。
魔王親衛隊の制服を着た、誰か。
全身を炎に包まれながら、まったくの無傷である。
「な、なんだ、あいつは……誰だ……」
炎の中から現れたのは、身長180センチくらいの筋骨たくましい男だった。
最初の小太りの男とは、似ても似つかない。
共通点といえば、牡牛のような角と、切れ長の目と、熱風になびく赤い髪くらい。
右手に持っている物もフォークではなく、柄の長い
「や、殺れ! 噴射しろ!」
火炎放射器がまたしても火を噴く。
しかし、炎を
「も、もう一回! もう一回だ!」
野盗たちは、熱さにあえぎながら、何度も火炎放射を繰り返した。
赤毛の男はゆっくりと槍を野盗たちに向け、
「ファイア・トライデント」
と、静かに言った。
槍の先から、勢いよく炎が噴射される。
火炎放射器を持っていた野盗が、一瞬にして火だるまになった。
二人が逃げ出したが、背後から炎の噴射を食らって炎上した。さらに炎は火炎放射器の燃料に引火して、広範囲に燃え広がった。
玉座の間から真っ黒な煙が噴き出し、ちょうど廊下を歩いていたギルティとビーズは、驚いて立ち止まった。
「な、何ごと!? 火事!?」
ギルティは部屋の中をのぞき込んだ。
すると煙の中から、槍を持った背の高い男が姿を現した。
ゆったりとした足取りで、こちらに向かって歩いてくる。
「あ、なんだ! 誰かと思ったらフェアリーさんか! びっくりしたあ!」
「あ、副隊長。ちょうど良かった。魔法で消火しといて」
「えっ!」
困惑するギルティをよそに、フェアリー隊員はさっさと一人で歩き出した。
「オイ、お前! 火事になったら後で捜索ができないだろうが! ちょっとは考えて行動しろよ!」
ビーズ隊員が苦言を呈した。
「僕チンのせいじゃないもん。向こうが先にやったんだもん」
フェアリー隊員はそう言うと、一人で先に行ってしまった。
ギルティはその後ろ姿を見ながら、
「うーん、何度見ても慣れないなぁ」
と、つぶやいた。
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