第10話 ユーグレイス城の殺戮
長い魔界の歴史の中で、変わった魔王が一人いた。
第8代魔王デプロラ。
人間を愛し、人間から愛された美貌の女王は『森の女神』と呼ばれ、信仰の対象にまでなったという。
彼女は魔族から人間を守るため、『別れの森』をつくった。
一年中、緑に包まれた美しい森。
けれど、決して通り抜けることができぬ、魔性の森。
魔界の門をくぐらぬ限り、魔族は人間界へ行けなくなった。
人間への過剰な
それは、やがて魔族の反感を買い、結果的に魔王デプロラは、一家もろとも家臣によって暗殺されることになる。
俗にいう『ユーグレイス城の
これは阿鼻叫喚の魔界史の中でも、とくに悲惨な出来事として後世に語り継がれている。
人間に憧れ、
人間を愛するあまり、
魔族から嫌われた悲しき女王。
そんな異端の魔王が暮らした、神秘的な
* * *
半分崩れた遺跡の中に、テントや掘っ建て小屋がひしめいている。
適当な材料で作られたガタガタの小屋の上に、またガタガタの小屋が乗っかって、ガタガタの三階建てを形成していたりするから、なかなかディープな趣がある。
ここでは、ありとあらゆる悪事が行われている。
強盗、殺人、奴隷の売買。
付近の村を襲撃しては、男は食い殺し、女は食うか売りさばく。
そして、金品はもれなく強奪する。
魔界のメジャーな職業のひとつ、それが野盗。
さて、そんなアナーキーな城の中。
ザッ、ザッ、ザッ、と近づいてくる足音に、テントの外で
「おい、誰か来るぞ」
野盗の一人が言った。
森のほうから、そろいの制服を着た六人組の集団がやってくる。
「なんだ、あいつら」
「魔王軍の連中か?」
「軍が何の用だ?」
「いや、あの制服は軍じゃない。あれは――」
集団は城内に入ると、ぴたりと足を止めた。
紺色の制服に、赤い肩章と、赤いネクタイ。
黒いブーツに、黒いマント。
それぞれ形の違う武器を腰に差している。
「ごめんください。魔王親衛隊ですが」
暗い緑色の髪をした男が、拡声器で呼びかけた。
ざわざと城内が騒がしくなった。何人かがテントから顔を出す。
「死にたくなければ、今から十秒以内に出て行ってください」
男は平然とそう言った。
「は!? どういうことだよ?」
「ふざけたこと言ってんじゃねえぞ!」
「ていうか、なんで親衛隊が……」
「10、9」
男は容赦なくカウントダウンを始めた。
「どうする!?」
「俺は逃げるぞ」
「8、7」
「馬鹿言え! 何で俺たちが出て行かなきゃいけねぇんだ!」
「そうだ! まず理由を言え!」
「6、5」
わらわらと姿を現す野盗たち。逃げる者、敵意を向ける者。
「4、3」
魔王親衛隊がいっせいに腰の武器に手をかけた。
野盗たちに緊張が走る。
「逃げる奴は追わなくていい。向かってくる奴は刻んでよし」
拡声器を通さずに、彼は静かに命じた。
「は!」
笑顔で答える隊員たち。
「2……」
野盗の一人が、拳銃を取り出した。
「死ねぇ!!」と、拡声器の男めがけて発砲する。
響く銃声。
「1……」
ぷにっ、と男の手のひらで止まった銃弾が、ぽろりと床に落ちた。
「ゼロ」
魔王親衛隊が、いっせいに動き出した。
つい二秒前に発砲したばかりの野盗の首が飛んだ。
一瞬のことに、ポカンとした表情のまま落ちていく頭部。
それに驚くひまもなく、一人、また一人と、気づけば体から血しぶきをあげて倒れていく。
野盗たちは何の反応もできなかった。
「銃は人間から買ったのか? ほかにもあるなら、撃ってこいよ」
背後で声がして、野盗たちは振り返った。
眼鏡をかけた魔王親衛隊の一人が、血まみれの剣を持って立っていた。
「逃げんなよ? 逃げる奴は追うなって言われたからな」
彼はニイッと口角を上げて笑った。
「に、逃げろお!!」
こぞって逃げ出す野盗たち。
「逃げんなよ!!」
ビーズ隊員が叫んだ。
前髪をセンター分けにし、
「なんだよ。誰も向かって来やしねえ」
と、つまらなそうに言って、剣についた血を死体の服でぬぐう。
「ああ、やっぱり『デメント』の切れ味は最高だ。さすが魔王様の骨」
ビーズ隊員は剣を持ち上げて、その青白く光る刀身をほれぼれとながめた。
魔王親衛隊が使う武器は『デメント』といって、魔王デメの体の一部が使われている。
魔界で最も頑丈で、かつ強力な魔力を帯びた特別な武器である。
ババババババッ、とけたたましい音がして、銃弾がビーズの
半分崩れ落ちた
魔力の弱い下級魔族が人間界の武器で武装していることは珍しくない。
粗末な魔法を覚えるより、よほど効率的な方法だ。
ビーズ隊員はサッとバラック小屋の陰に入って次の掃射をかわすと、そのまま駆けだした。
素早くジグザグに走り抜け、射撃手が狙いを定める隙を与えない。
あっという間に階段の下まで来ると、驚くべきジャンプ力で一気に二階まで跳んだ。
「ウワアアアアアアッ」
叫びながら、空中のビーズ隊員めがけてマシンガンを乱射する野盗。
しかし、銃弾は謎のシールドに跳ね返され、砕けた弾の破片が近くの味方に命中した。
一瞬のうちに浮かんで消えた
ボトンッ、と狙撃手の首が床に落ちた。
ビーズ隊員は二階の廊下に降り立つと、
「余計なことを」
と、つぶやいた。
「銃を持ってる敵が多いので、私がシールドで援護しますね」
上から澄んだ声がした。
三階部分に相当するアーチ状の窓枠に、金色の
彼女はふわりと飛び降りて、二階の廊下に降り立った。
「必要ありません。当たったところで死にはしないし」
ビーズ隊員はそっけなく言った。
「えっ、でも当たると痛いじゃないですか。ちょっとくらい防御もしましょうよ」
「気づかいは無用です。隊長ほど頑丈じゃありませんが、わざわざ守ってもらうほどヤワじゃないんで」
ビーズ隊員はそう言うと、一人でサクサク歩きだした。
「あ、ちょっと!」
ギルティは戸惑った。
(せっかく6人いるのに、何の連携もなし? いつもこんな感じなの!?)
そして、まわりを見ると、すでにほかの隊員の姿はなかった。
(皆いないし!!)
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