第9話 名前のない感覚
森の中。
『界道1号線』を一歩出れば、そこにはもう、舗装された道路はない。
というか、そもそも魔界では舗装された道路がレアだ。
道というより、野盗が通った
こういう道なき道を走る機会が多いため、魔王親衛隊の車はジープが主流である。
そうして悪路を走ること20分。
ようやく石造りの巨大な城にたどりついた。
城と言っても、半分崩れて大木と一体化してしまった遺跡だが。
「隊長、当たりでしたよ」
先に到着していたビーズ隊員が言った。
「遺跡の裏手に、ボボ課長のものと思われる車がありました。あと、奴らの車やバイクが数台。たぶん集団で取り囲んで、無理やり停車させたんでしょうね」
彼はそう報告し、眼鏡をクイッと上げた。
紫という髪の色はザシュルルトと並んで派手だが、彼の場合は地毛らしい。
「ビーズ、お前なんか顔色悪いけど、大丈夫か?」
グウがたずねた。
「ザシュのやつの運転がひどくて酔ったんですよ」
ビーズはげんなりした顔で答えた。
「でも、襲われたのって昨日の夜ですよね? 絶対もう食われてると思いますが」
「たしかに、ちょっと望みが薄いかもしれませんね……」
ギルティがむーんという表情で言った。
「ちらっと中を確認したけど、百人近くいるよ」
小太りのフェアリー隊員が背後から現れた。サングラスを2つかけたゼルゼ隊員も一緒だ。
「ずいぶん多いな」と、グウ。
「複数のグループが合体して、デカイ盗賊団になったようですね。中にテントを張ったり、小屋を建てたりして、ちょっとした集落みたいでしたよ」
ゼルゼ隊員がそう報告した。
「私がまとめて眠らせましょうか? 全員は無理でしょうが、壁があるので、そこそこ煙が行きわたると思います」
ギルティが提案した。
「ええ!? そりゃないっすよ、副隊長! せっかく当番変わってまで来たのに!」
ザシュルルト隊員が、泣きそうな顔で叫んだ。
「こいつに同意するわけじゃないですが、副隊長」
と、ビーズ隊員がザシュを後ろに押しやった。
「眠らせてどうするんです? 拘束したところで引き渡す場所もないし、無傷で解放するんですか? そしたら、またこの場所を拠点に通行車両を襲いますよ?」
「そうそう。人間界と違って刑務所なんか無いんだから、迷惑な奴らは自分たちで処理しないとねぇ」
小太りのフェアリー隊員が、サッと前髪をかき上げた。
「そ、それもそうですが……」
ギルティは尻すぼみにしょぼしょぼ言った。
「この機会にまとめて駆除するべきだと思います。いかがでしょう、隊長」
ビーズ隊員は期待を込めてグウの顔を見た。
「そうだなあ」
グウは緑に覆われた遺跡を、ぼんやりとながめた。
「やっちゃうか」
彼がそう言ったとたん、
「やったー!!」
と、ザシュルルトが飛び跳ねて喜んだ。
「よしっ」
ビーズも小さくガッツポーズをした。
嬉しいのはほかの隊員も同じで、大なり小なり喜びが顔に表れている。
「先に誰か一人捕まえて、ボボ課長たちをどうしたか吐かせますか?」
ダブルグラサンのゼルゼ隊員がグウにたずねた。
「いや、いい。俺たちの目的が課長たちであることは、相手側には伝えるな。もし生きていた場合、人質にされたら面倒だ。敵を排除したあと、ゆっくり探そう。あ、念のため何人かは半殺しで止めといてね。別の場所に監禁されてる可能性も無くはないから」
「はっ!!」
一糸乱れぬ、ビシっとそろった敬礼。
「みんな、やる気満々ですね……」
ギルティは隊員たちの戦闘にかける意気込みに圧倒された。
普段とはケタ違いのモチベーション。
「ここ最近、雑務ばっかり頼まれて、戦闘力を活かせる仕事がなかったからなぁ。みんなフラストレーションが溜まってるんだよ」
「たしかに。本格的な実戦って、私初めてかも……」
「エネルギーがあり余って、隊員同士で喧嘩なんかされたら大変だからなあ」
ウキウキで歩く隊員たちの後ろ姿を見ながら、グウは言った。
黒いマントが風に揺れて、ちらちらと真紅の裏地が見え隠れしている。
「野盗には気の毒だが、血に飢えた可愛い部下たちの
グウは隊員たちを背後から見守りながら、穏やかな微笑を浮かべた。
ギルティは不思議な感覚をおぼえた。
(グウ隊長はいつも優しいけど……いや、ある意味、今も優しいんだけど……)
ギルティは、自分が感じたその感覚を、うまく言葉に置き換えることができなかった。
そもそも、魔族を優しいと表現すること自体が変な気もする。
魔族は基本的に無慈悲なはずだ。
グウ隊長は魔族だし、自分も魔族だ。そして、これから魔族らしく戦う。
戦いの前に余計な事を考えるのはよそう。と、ギルティは思考を止めた。
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