Case2 問題児しかいない

第7話 朝のミーティング

 普段は決して見ることができない乙女の聖域。

 男の憧れがつまった繊細優美な芸術。

 神秘のヴェールに包まれたはかなげな薄布。


 そう、普段は見ることができない。

 だからこそ僕チンはここにいる。最高の位置から、その芸術をこの眼に焼きつけるために。


 それなのに、そのツルツルの膝小僧は、なぜそんなにもピッタリ閉じられているのだろうか。ほんの少し、その拒絶の門を開けてくれるだけでいいのに。



* * *



「おはようございまーす」

「ざいまーす」


 魔王親衛隊の執務室に、ぞくぞくと隊員が入ってくる。


「はーい、おはようさん」

 グウは自席で領収書の整理をしながら、ゆるく返事をする。

 ちぎれた腕は完治し、もう包帯もしていない。


 朝9時。

 魔王城の始業開始時刻である。


「よし、できたっ」

 副隊長のギルティは早めに出勤して、幹部候補生向けの研修課題に取り組んでいた。ようやく片付いたので、ぐっと伸びをする。


 ムニッ


 机の下で足を伸ばすと、ブーツの先に、何かやわらかいものが当たった。

「ん?」


 不思議に思って机の下をのぞき込むと、そこには魔王親衛隊のフェアリー隊員がぎゅうぎゅうに詰まっていた。


「ぎゃあああああああッ」

 ギルティは絶叫して立ち上がった。


「どうした、ギルティ!?」

 驚いたグウが顔を上げる。


「つ、つ、机の下にフェアリーさんが……!」

 ギルティはプルプル震えながら指さした。


「おい、フェアリー。貴様はそこで何をやっている?」

 のっそりとい出てきたフェアリー隊員に、グウはキレ気味で質問した。


「何って? 見ての通り、副隊長のおパンティの色を確認しておりましたが」

 フェアリー隊員は堂々とした所作で立ち上がった。

 サッと前髪をかきあげ、リボンで束ねた長髪をはらりと払う。立ち上がってもギルティより背が低く、小太りでモチモチしているが、涼しげな目元とサラサラの赤い髪のせいか、雰囲気だけは妙にイケメンである。


「ちなみに白でした」


「なっ! ちょっ、何言ってるんですか! 違いますし!」

 ギルティが真っ赤になって否定した。


「そうだ、間違っているぞ、フェアリー」

 隣の席のゼルゼ隊員がダンディな声で言った。


 ゼルゼ隊員は緑色の皮膚とサングラスがトレードマークで、目が4つあり、耳も4つあるため、サングラスを縦に2つ並べてかけている。一瞬、メガネ売り場のラックに見えるが、れっきとした顔である。


「副隊長殿の今日のおパンティの色はグレーだ。さっき階段の下から確認した」

 ゼルゼ隊員は低音イケボで言った。


「はっ、はああっ?」

 ギルティはスカートを手でおさえながら後ずさりした。

 今さらおさえても遅いのだが。


「ちっ、暗さのせいで見誤ったか」

 フェアリーが悔しそうに言った。


「おいコラ、やめろゲス共!」

 グウはバンバンと机を叩いた。

「上官のスカートの中をのぞくな! セクハラどころか犯罪だぞ。知ってるか、お前ら。人間界でそんなことやったら逮捕されんだからな」


「ほお」

「で? 逮捕されたらどうなるんですか」

 と、反応の薄い二人。


「死刑だ」

 グウはわざと嘘を教えた。

「お前ら、次やったら死刑ね」


「えっ」

「そんな……おパンティ一つで」


「うるさい! とにかく、次にギルティのおパンティをのぞいたらブチ殺す。わかったな!」


「もおっ!! 何回もおパンティって言わないで!!」

 ギルティが涙目で叫んだ。


「すみませんでした……」

 なぜかグウが代表して謝った。


  *  *  *


「はい、じゃあ時間なんで、ミーティング始めまーす」

 グウが立ち上がると、隊員たちがダラダラと席のまわりに集まってきた。


「えー、本日はダーツ隊員が入院中ということで、全員で9名になりますが――」


「隊長」と、ギルティが手をあげた。「ガルガドス隊員から連絡がありまして、昨晩のうちに車を盗まれたらしく、走って向かうので到着が午後になるそうです」


「かわいそうに。アイツ、今年に入って2回目だな」

 グウは気の毒そうに言った。

「てことで、8名になりますが、頑張っていきましょう。じゃ、本日の予定」と、手に持ったバインダーを確認する。「まず、魔王様の外出予定は、今日もありません。なので、いつもどおり各部署からの応援要請に応えていきまーす。まず、物資搬入の警護。今日の当番は、えー、ザシュルルト隊員。よろしく頼む」


 しーん。

 返事がなかった。


「ザシュルルト隊員? あれ、ザシュは?」


「それが、まだ来てなくて……」

 ギルティが言いにくそうに答えた。


「あいつ、また遅刻かよ」

 眼鏡をかけた一本角の青年、ビーズ隊員がチッと舌打ちをした。

「一回ガツンと言ったほうがいいですよ、隊長!」


「そうだなあ。よし、今日ガツンと言うわ」

 グウは自分に言い聞かせるように宣言した。


「じゃあ、次。ドリス隊員は昨日に引き続き、デュファルジュ元老の警護。殺害予告がどっさり来てるらしいから、気をつけるように!」


「はあーい」

 ドリス隊員がダルそうに返事をした。


「次。会計課からの緊急要請。会計課のボボ課長と、面接に来た新人が『別れの森』付近で野盗に拉致らちされたらしく、捜索と救助の要請がきてる。まあ、たぶん手遅れだと思うけど、いちおう大至急って言われてるから、残り全員で行くか。じゃ、本日もよろしくお願いします」


「お願いしまーす!」

 そうして皆が解散した直後、


「おはようございまーす!」

 と、ひょろ長い体型の若者、ザシュルルト隊員が元気よく入ってきた。


 グウはバンッと机を叩いて、

「おはやくねーんだよっ!」

 と、怒鳴った。

「お前、遅刻してんの知ってる!?」


「スイマセン、ちょっと髪型キメるのに時間かかっちゃって」


「いや、髪型っておまえええええ!? 何その髪型!?」


 ザシュルルト隊員の髪型は、左側が坊主で、右側がオレンジと緑のタワシみたいになっていた。


「めっちゃイケてません? コレ!」

 ザシュルルト隊員はキメ顔で言った。眉毛がないのは以前からだ。


「何考えてんだ、お前……今すぐ右側もってこい! いや、俺がこの場で剃ってやる!」

 グウはザシュルルトの逆立った髪をガシッとつかんだ。


「イテテテテ! ちょっと待ってください、隊長! これには深い理由があるんすよ! ガチで深い理由が!」

 ザシュルルト(長いので以後ザシュと呼ぶ)が真剣な顔で訴えるので、グウはとりあえず聞いてみることにした。


「なんか俺の角って地味じゃないっすか。せめて髪型だけでも攻めたいっつーか、そういう攻めの姿勢っす」

 ザシュはシリアスな面持ちで、ひたいから生えた短い角をなでた。


「…………」


「…………」


「……え、終わり? あまりに理由が浅すぎて、まだ導入部分かと思ったわ」

 グウは拍子ひょうし抜けした。

「いや、攻めの姿勢はいいけどね、ザシュルルト君。さすがに派手過ぎるでしょって。昨日まで金髪だったじゃん。あれで十分イケてたよ? あとその制服! 改造すんのやめなさい!」


 ビシッ、とザシュのパンク風にアレンジされた制服を指さすグウ。


「え!? バレてる!? バレないように、毎日ちょっとずつ着崩してたのに」


「バレるに決まってんだろ、そんだけ変化してたら! 一人だけネクタイもベルト違うし、なんかジャラジャラついてるし、マントにフードついてるし。てか、とっくに着崩しのレベル超えてるよね? そのフードとか、もうミシン起動してるじゃん」


「でも、見てくださいよ、このフード! ちゃんとチャックで着脱可能にしてるんでセーフっす!」


「いや、チャックつけてる時点でアウトだから! 手間ひまかけてんじゃねえよ! 職場は君のファッションショーの場じゃありません」


「えー! でも、そもそも制服を改造しちゃダメなんてルール無いじゃないっすか!」


「そもそも制服を改造する奴がいるなんて、想定外なんだよ」

 グウは呆れ顔で言った。

「いいか、ザシュ。魔王親衛隊っていったら、魔界最強の部隊なわけよ。魔王城を守る最後の砦で、精鋭中の精鋭っていうのが世間一般のイメージなんだから。それがチャラチャラふざけた格好してたら『え、魔王城大丈夫?』って、みんな不安になるでしょうが」


「何言ってんすか、隊長! ふざけてなんかないっすよ! このとがり具合が俺の強さアピールなんですって! これが俺の考える最強なんすよ!」


「だから、お前のセンスは必要ねえっての! なんでそう聞き分けが悪いんだ。俺は生活指導の先生じゃねーんだよ。そろそろ怒るよ、マジで」


 ピギャアアアアッと、ザシュは発作を起こしたみたいに急にわめきだした。


「隊長が厳しいよおおお! ふぐだいちょおおお!!」


「ひゃあっ」


 ザシュはギルティの足元にすがりついた。


「だ、だめですよ、ザシュルルトさん。あんまり隊長を困らせちゃ……」

 ギルティはドン引きしながらも、どうにかなだめなければと思った。

(私は副隊長……隊員の教育も大事な仕事……!)

「私だって、この制服のスカート、ぴったりして動きにくいから、できればプリーツスカートがいいなと思ったけど……」

 と、タイトスカートのすそをつまむ。

「でも勝手に改造したりせずに、パンツスーツに変更してくれるよう、正式に申請するつもりです」


「え!?」

 執務室に残っていた隊員全員が、いっせいにギルティのほうを見た。


「そ、そんな!! いやだ……もったいない、もったいないっすよ、副隊長おぉ!」

 ザシュが過呼吸気味に言った。


「え?」

 ギルティは目を丸くした。


「ねえ、隊長!! もったいないっすよね!?」


「そうだな。もったいないな」

 グウは真面目な顔で答えた。


「へっ!?」


「違うよ? べつにいやらしい考えとかないからね? たんに、あのー、スカートがお似合いでいらっしゃるので、うん。やっぱ職場にもそういう華やかさがあってもいいとゆーか、多少のオシャレは、モチベーションアップのためにも必要かなと」

 

 ギルティは衝撃を受けた。

(さっきと言ってることが全然違う……)


「改造していいぞ」


「へっ?」


「動きにくいならしょうがない。俺が許可するから、好きに改造しろ。いいよな、みんな?」


「はい!!!!!!」

 隊員たちはいっせいに返事をした。


 心が一つになったところで、任務開始。

 拉致された職員を救出すべく、彼らは『別れの森』へ向かう。

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