闇が深い
小狸
起
羽豆君てさ、闇、深いよね。
どんな集団に所属していようと――必ずと言って良い程に、周囲の人間は春彦のことをそう称した。
それは、彼の生い立ちにも関係していることであった。
家庭内暴力。
機能不全家族。
虐待。
いじめ。
起こりうる大概のことを、通過儀礼的に通ってきていた。
学校にも、家庭にも、彼の居場所はどこにもなかった。
相談できる友人もいなかった。
縦しんば彼に手を差し伸べようとしてくれた者も、春彦の『闇の深さ』に辟易して、遠くへ行ってしまうのだ。
――どうして僕は、いつも一人なのだろう。
そしてそのまま、自殺することができぬままに奇跡的に彼は大学まで進学してきてしまった。
――明朝体で完結に一行で表記できてしまうことが、とても歯痒い。
――僕にとっては、一つ一つが忘れがたい記憶なのに。
――こうして言葉にしようとすると、「暴力」や「いじめ」は、たった一語で述べることができる。
――できてしまう。
――それがとても悔しい。
奇跡的に、極限の状態で生きてきた春彦は、俗な言葉で言うのなら。
「病んで」いて。
「メンヘラ」であった。
――言われなくとも、分かっている。
――それは、僕が人よりも陰鬱であるという証左だ。
――陰鬱で、根暗で、暗澹としている。
――そういう人間だから、人は僕から離れていくのだ。
春彦は、そう決めつけていた。
そしてこうも思っていた。
――世の中は、明るい人間が重宝される。
――明るくて、前向きで、ちゃんと出来て、ちゃんと育てられて、ちゃんと愛された人間が、世の中を回している。
――だったら。
――そういう人間だけが、生きていれば良い。
――そうでない自分は、生きている必要はない。
希死念慮という言葉を彼が知ったのは、この時辺りであった。
春彦は加速度的に「病み」、より一層、周囲に人を寄せ付けないようになっていた。
大学に入学すれば、多様な価値観の人間と接する機会が増える。
そんな中で、虐待を受け、いじめを受け、機能不全家族で育ち、教師から見放され、親かから捨てられた、そんな子どもはいない。
なぜか。
――それは、そういう者は、脱落するからだ。
――大学まで進学なんて、できないからだ。
――僕は、奇跡的に進むことができてしまった。
――それを喜ぶべきなのだろうが。
しかし春彦には、歓喜の感情は一切湧くことはなかった。
ぬくぬくと愛されて育ってきた者たちへの、嫉妬。
どうして自分だけがこんな辛い思いをしてまで生きていなければならないのかという、疑問。
それに感情領域の全てを支配された彼は、大学に行くことを止めようと決意した。
いっそ死のうと、決意した。
――どうせ誰も分かってくれないのだ。
――だったら、死んでしまえば良い。
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