伝えなかった事実
一陽吉
本当はね……
人間やって半世紀。
私は突然、死んだ。
原因は不明。
いまは魂だけとなって、自宅にある自分の死体を見下ろしている。
そのそばには若い妻と幼い娘。
二人とも大粒の涙を流して私の死を悲しんでいる。
……。
……。
すまないね。
家族になってから三年間、何もしてやれなくて。
とくに妻のマリア。
君の稼ぎが中心でパート主夫の私は大分、苦労をかけた。
嘘をついてまでね。
君の知っている私は四十代で転職するも長続きせず、一年ごとに仕事を変えるような、預金二百万円ていどの底辺男性。
大した特技もなく生きてきた、将来に不安しかない存在、と言ったところだろう。
だが、君の知らない口座に五億円ある。
これはジャンボによるものだが、それには手をつけず自分の稼ぎだけでやりくりしてきた。
人間関係と、地震などの災害に直面して、動かない金がないと恐くて精神が壊れていくようになってしまったからね。
自分を保つためにそうしていた。
また、特技がないというのも嘘だ。
私は短編ながら、小説を書いている。
その収益だけでも、十分、食べていけるくらいになっていたんだ。
先日、同郷のメジャーリーガーが小説を読んで元気を取り戻したというニュースがあったろう?
その小説を書いたのは何を隠そう、この私だ。
だから、君の夫は持つべきものはきちんと持っていて。
そして
いま私がこうなってしまえば、バレるのは時間の問題だが、こういう嘘なら許してくれるだろう。
私がいつまでこうしていられるか分からないが、いわゆるあの世へ行くまでは二人の幸せを願い、祈っている。
この気持ちに噓はない。
伝えなかった事実 一陽吉 @ninomae_youkich
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