55.反乱

 ホールに向かうにつれ、音はどんどんと大きくなり、いざホールに入ると、そこは戦場と呼ぶにふさわしい様相を呈していた。

 築かれた街は倒壊し、粉塵が舞っている。頭上を見ると、何台もの建設ドローンが飛び回り、建設用のレーザーを照射している。清掃ロボットが複数人に取り囲まれて、解体されている。


 人々は逃げ惑い、戦っていた。輸送機に騎乗した者が、ドローンをひきつけ、あの交差点のモンスターなどから作成したレーザー砲で、狙撃していた。ドローンはどこからともなく、次々とあらわれ、唸り声をあげながら、頭上を飛び回り、人々をレーザーで焼き払っていく。じゅっという融ける音がして、撃たれた者は蒸発し、あたりには焦げた臭いが残っていた。血の臭いもだ。悲鳴と怒声と泣き声と足音、小屋が倒壊する音、誰かが指示を出している。


 刀を持った腕が転がっていた。腕は肩から先が存在しない。俺は刀をもぎ取り、走り出した。ドローンは、ホールのひとつの場所に集中していた。少し考えて、そこがエレベーターのある場所だと気がつく。


 ドローンが墜落し、轟音がした。死にかけの虫のように暴れまわるドローンに無数の人が群がって破壊していく。「戦え」と誰かが叫んでいたが、そいつは飛んできた瓦礫に潰されて死んだ。


 エレベーターのある方向に走る。ドローンは街を薙ぎ払い、建物は次々に倒壊していくか、蒸発していく。なんだかよくわからない、頭が痛くなるような臭いが充満している。


 清掃ロボットが、倒壊した建物の瓦礫の間を移動してまわり、負傷し動けなくなった者に覆いかぶさって、分解している。血と骨と肉片が飛び散っている。


 俺は駆けた。死体と瓦礫を飛び越える。建物の上でレーザー砲を連射していた者が、建物ごと倒壊にまきこまれる。粉塵がたちこめ、慌てて口と鼻を覆った。


 統制など、とれたものではなかった。とにかくドローンの攻撃から逃げ続け、レーザー砲を持つものが撃墜すると、群がって破壊する。それの繰り返しだった。驚くほど人が簡単に死んでいった。肉片が飛び交い、少し前まで隣にいた人間や物が、次の瞬間には蒸発する。建物の倒壊に巻き込まれるものもいれば、墜落するドローンに押しつぶされるものもいる。


 清掃ロボットは、人間を見つけると、分解してしまおうと蝿のように集まってくる。油断すると押しつぶされて死ぬことになる。


 接近してくるドラム缶のような清掃ロボットを蹴り飛ばす。前方から瓦礫が飛んできたので、避ける。ふと、右にドローンがすさまじい音をたてて墜落した。周囲の生き残っていた人々がいっせいに、ドローンに殺到する。


 指導部の連中の姿が、粉塵と炎と人ごみの中に見えた。

 墜落したドローンは、機体を半壊させながらも、アームを振り回している。鞭のように振り回されたアームが、ひとりに直撃し、そいつは粉塵の中に吹き飛んだ。のびきったアームにいくつもの刀が振り下ろされる。その隙に、機体のむきだしの内部構造に俺もまた刀を突き刺した。えぐりとる。


 ドローンの内部は、完全な機械である。刀を突き刺すと、なにかに阻まれた感覚がある。金属と金属がぶつかりあう音がする。俺はとにかくやたらめったら刀を突き刺し続けた。


 俺の背後から続々と人がやってきて、同じように刀を叩きつける。

 やがて、ドローンは完全に動作を停止し、機械の残骸と化してしまう。


 生き残った者たちはまた、頭上に視線を転じ、ドローンを警戒しながら、墜落するのを待つ。墜ちたら、袋叩きである。これをひたすらに繰り返す。単調なものだが、しかし、それでもその繰り返しで人は死んでいく。


 粉塵、怒号、絶叫、血、レーザー、轟音、炎、爆発、ドローンの飛行音、刀。あらゆるものが目の前を埋め尽くし、俺はただがむしゃらに目の前のことをこなしていく。まるで、走馬灯のように、様々な光景が眼前を通過していく。


 ふと遠くにミイミヤの姿が見えたかと思えば、サンとすれちがった気もする。誰かの顔を確認する余裕もなく、俺は走り、隠れ、刀をふるい続ける。ディーの声が聞こえた気がして、あたりを見るが、なにがなんだかわからない。


 死体が次々に生み出されていく。歩くと必ず死体を見るほどだ。死体の顔が、知り合いの顔かと思えて、目を逸らす。まわりを見ると、誰もが戦っていた。逃げていたり、隠れている者はいない。誰もが刀を手にしている。


 管理AI、基地との戦いは佳境を迎えているように思えた。

 勝てるのではないか、と俺は思った。そう考えた瞬間、すさまじい轟音がして、頭上を見ると、ドローンが墜落してくるところだった。ドローンは頭上をおおいつくし、あたりが暗くなる。逃げよう。回れ右して、駆け出したころには、すでにドローンは地面まで数メートルの距離にいたっていた。


 マズイ、と俺は思った。そして、衝撃。目の前が真っ白になり、トラックにでもひかれたかのような全身への衝撃と、自分の体が宙に浮いたという感覚がした。ふっと意識が消失し、次に目が覚めた時には、俺は地面に仰臥していた。


 目をあけたのだが、右側が暗い。遠くから音が聞こえた。体全体が燃えるように熱かった。手を動かそうとするのだが、動かない。体をひねり、上体を起こした。頭が痛い。口の中に血の味がする。


 立ち上がろうとするのだが、足が痛くて、諦めた。左腕を見ると、肘から先がちぎれてなくなっている。動くのは右腕だけだが、それも酷く痛む。我ながら、死んでいないのが不思議なほどの怪我であった。


 なんとか首を動かし、あたりを見る。

 目に入った光景に俺は驚愕した。


 そこはホールのエレベーター前の空間であった。そびえる壁が見えて、下の方に穴が空いていた。エレベーターである。ただ、そのエレベーターはどうやら壊れているようであった。扉が消え去り、穴がぽっかり空いていた。近くには機械の残骸が落ちている。建設ドローンである。


 どうやら俺はここまで建設ドローンと一緒に飛ばされてしまったようである。そしてドローンが、エレベーターに直撃し、破壊している。つまり、あの地下水槽に行ける、ということだ。


 そこまで理解して、倒せる、と俺は咄嗟に思った。あの昇降路をくだって、地下水槽の肉塊を破壊すれば、すべてが終わる。理解するや否や、俺は地面を這い始めた。もはや、なにも考えられなかった。


 背後を見ると、上には建設ドローンが渦巻いている。エレベーターを守っているのだ。だが、そこに俺が建設ドローンと共に飛んできた。殺しに来ないということは、俺は死んでいると思われているということだ。千載一遇のチャンスだった。ぐるりを見るが刀はない。


 刀もなく、体もろくに動かせない状態で、地下へ行ったとしてもどうにもならないだろう、というのは俺もわかっていた。だが、俺は動かずにはいられなかった。なんとしてでもあの昇降路まで行かなければと思った。


 なぜだかは俺もわからない。ただただ胸の底からわきでる気力が俺を動かしていた。すこし体を動かすだけで、激痛が走る。それでも愚直に俺は這った。ゆっくりと、確実に。


 その時が来たのは、突然で、あっけない終わりだった。ふっと出した手が空をかいて、地面がそこで途切れている。上を見ると、壊れた扉が見えた。前に進むと、俺は穴の縁に伏せて、覗き込むことができた。


 それは穴だった。昇降機自体はもうどこかに消えて、昇降路だけが穴を開けている。見下ろすと、下は真っ暗闇で、なにも見えない。

 この下に、管理AIがいる。地下水槽の肉塊を破壊すれば、それですべてが終わる。基地が存続するか、どうなるかもそれで決まる。


 じっと眼下の闇を見つめ、はたと俺は、ここまで来たものの、降りることができないことに気がついた。エレベーターがなければ、当然降りることができない。穴に飛び降りても死ぬだけだ。考えてみれば当たり前なのだが、痛みでぼやけた頭はそんなことにも気づけなかった。


 ここまで来たのに、俺は呆然と穴を見下ろすことしかできなかった。戻ろうかと思ったが、もうどうにでもよかった。振り返ると、俺が這った痕に、血がついていて、真っ赤な道ができていた。それを見て初めて、俺は自分が出血しているのに気がついた。


 意識した途端、すっと体から力が抜けた。いや、意識が遠のいたのだ。頭を持ちあげていた筋力が、体を支えていた力が、まるで電池でも切れたかのようにふっと掻き消えた。穴を見下ろすために、身を乗り出していたために、力が抜けて、がくんと落ちた頭の重さに耐えきれず、ずると俺の体が穴の縁から滑り落ちた。


 あ、と思った時にはもはやどうすることも俺にはできなかった。体はもう穴を落下していた。闇に、俺は落ちていっていた。悲鳴をあげることすら、俺はできなかった。ただ呆気にとられていた。風をきる音が、耳に響き、あたりが闇に包まれた。ちらと、穴の入口の光が、針の穴のようになっているのが見える。


 あの、地下施設に向かうために降りた穴を、俺は思い出した。後悔も、なにも、俺はできなかった。痛みと貧血で、ぼんやりとした頭では、死が迫っていることでに、現実味がなかった。


 闇の中を俺は落ちていく。そして、唐突に終わりが来る。凄まじい衝撃と、ぐちゃぐちゃっという音がしたかと思うと、痛みが脳にまで至り、叫びそうになった時には、口は口のかたちをたもっていなかった。なにかにぶつかって、そして俺の体はバウンドした。昇降路の一番下にまで落ちたのだろう。跳ねて、ふっと光が見えた。


 闇に包まれていた視界に、光がさす。ぼんやりとした光だ。鏡のように張った水面と、水底の光が、見える。地下水槽だった。中央に、白い肉塊が浮かんでいるのが見えた。それはくらげのような姿をしていた。やはり、俺の予想は正しかったのだ。


 だが、もう俺の体は動かなかった。バウンドした俺の体は昇降路を飛び出て、地下水槽の上にまで到達し、そこから落下した。下には水面が見えた。


 またも衝撃があった。水に落下したのだと、なんとなくわかった。なにかに包まれている感覚があった。そして、そう時を待たずにその感覚は消え、ふっと意識も消え去った。死んだ、と思うのと、意識が闇に包まれるのはほぼ同時だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る