54.ディー

 ディーの部屋に入ると、ディーは椅子に座り、背もたれにもたれて、天井を仰いでいた。俺が入ると、顔をあげ、驚いた顔をする。


「遅かったね」

 と言う。雰囲気はあまり変わらない。ただ室内は荒れて、物が散乱し、書類が破られ、踏まれていた。ディーの頬は腫れ、痣になっている。服装と髪は乱れたままである。

「なにがあったんですか」

「もう知ってるだろ。……エスもサンと同じように俺を説得しにきたのか。そんなことしてももう無駄だよ。暴動は起こる。もう止められない」


 俺はディーにその暴動に参加してくれ、今参加していない者に参加するように促してくれと、頼もうと思っていたが、ディーの姿を見ると、途端にできなくなってしまった。


「少し前に、大勢でこの部屋に来て、俺に反乱に参加してくれって頼みに来たよ。断ったけどね」

「なんでです?」

「……なんでだろう。もう、わからない。うすうす、管理AIの言っていることが、怪しいってことは、俺だって気がついていたんだ。あいつらの言っていることは正しい。あいつらの主張は妄想なんかじゃない。でも、そうだとしたら、今まで俺の、俺たちの行動はなんなんだ? 今まで犠牲になった人たちは? ……信じられなかったんだよ。心のどこかでは、もう、計画が嘘だなんてわかってたんだ。俺が反乱に参加したら、今までやってきたことが、なにもかも崩れちゃう気がして、断ったんだ」


「彼らを止めないんですか。まだ指導部には人が残っていますけど」

「……もう、いいんだ。だって、俺以外も、皆、基地の計画が嘘だってことは気づいてるだろう。認められないだけだ。あとは、どうなるかはわからない。サンの言うように、暴動が鎮圧されたとして残った人たちでなんとかするか。でも、無理だろうね。基地は終わる。きっと。……なにより暴動で管理知性を破壊すれば、完全に滅亡だ」

「そうではないでしょう。管理AIを倒したら、基地の機能をこちらで自由に制御できるようになるかもしれない」


「そうかもしれない。でも、それはあまりに楽観的だ。俺は、この基地のリーダーとして、そんな博打はできない」

「ですが、それしかない。その希望にかけるしかない」


「……そんな希望を抱けるほど、この世界に期待できないんだ。だって、今までどれだけの人間が死んできたと思う。モンスターを破壊するために、基地を拡大するために、人間をパーツのように、管理AIは扱ってきただろう。今まで人類を再興するためだと、自分を騙してやってきた。そんな管理AIを倒して、基地の機能が残っていると考えられない」


 サンにしたような説得は、ディーにはできなかった。俺はディーにあまりに多くのことを秘密にしすぎた。この世界がゲームに酷似していることも、計画が嘘であることも、ディーに伝えてこなかった。それでいきなり、この展開がエンディングだからといって納得できるわけがない。


「皆に反乱に参加するようにいってくれませんか。どうせ滅ぶのなら、まだ可能性のあることをやらないと」

「勝手を言う。命令するのは俺なんだ。そんなに言うなら、エスがやってくれ」

「ディーの指示にしか皆従いません」

「君だって古参だ。従うよ。もう、疲れたんだ。俺のいままでやってきたことに自信が持てなくなった」

「そんなことありません。ディーは立派でしたよ」


「……そうだったらいい」

 じっと天井を見つめ、しばしの沈黙のあと、また言う。

「もう出てってくれ」


 俺はもう説得は無理だろうと思った。

 ディーからは活力というものが失われていた。励ましてやりたいが、それは、いままでさんざん非協力的であった俺の役目ではないのだろう。


「わかりました」

 退室しようとすると、ディーがふと言う。

「これからどうするんだ」

「反乱に参加します」

 ディーが微笑む。「いいね、希望があって」

 それは皮肉ではなく、本当に羨むような声音であった。


 俺は振り返り、「ごめんなさい。今まであまり話さなくて、ディーのことを誤解していたかもしれません。それだけ言っておきます。また会えたら話しましょう。会えるかは、お互いわかりませんね」


 と言った。ディーは呆然として、俺を見つめていた。俺はなにも言わずに通路に出て、ホールに走った。走っている最中に、突然、轟音がして、基地全体が地震のように揺れた。微かに喚声が聞こえはじめる。悲鳴も混じっている。振動が伝わってきた。


 反乱が始まったのだ。

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