53.サン

 反乱がおきて、基地が破壊されることが、正規ルートである。つまりあの地下水槽の肉塊が破壊される。それでこのゲームが終わる。あの肉塊自体に意識があって、管理AIの本体ならば、ゲームの終了すなわち管理AIの死を意味する。逆に、外部から遠隔操作しているなら、二度とこの基地にアクセスして操作することができなくなるだけだ。


 どちらだろう。気にはなるが、どちらにせよ、今は基地を破壊し、正規ルートに乗せることが最優先であった。そのためには、ディーたち指導部に、反乱を鎮圧しないように頼まねばならない。できれば、反乱に協力してもらう。一度暴動がおきれば、あとはなるようになるだろう。


 今ある基地のリソースを全てぶつければ、基地を破壊可能であろうか。わからない。建設ドローンと清掃ロボットの数は、いまや数えることができないほどの量である。建設ドローンは、建設用のくせして、暴動鎮圧にも使える優れものである。建設用の腕やらドリルやらレーザーやらで、不届きものをさくっと処分してくれる。清掃ロボットも厄介だ。たいした攻撃手段はないが、清掃用のアームを振り回されれば、無力化には時間がかかる。さらには、基地の一部区画を封鎖して、換気を切れば、それだけで窒息させられる。


 たぶん、勝ち目があるのは、指導部が暴動の鎮圧にあたらず、反乱に協力すれば、の場合だけであった。評価値3個体の多くは指導部に所属している。指導部の協力を得られなければ、管理AIとの戦いには勝てない。


 今すぐ、ディーを説得せねばならない。いや、説得じゃなくてもいい。なんとかして反乱に協力させる必要がある。俺は視線を壁から外し、駆け出した。大路に出て、指導部に駆ける。


 俺の予想は正しいだろうか? 間違っている? そうかもしれない。だが、これしか道はない。ディーをどうやって説得すればいいだろう。無理だろうか。だが、やるしかない。


 考えていたうちに、かなりの時間が過ぎていたようだった。広場を通ると、人だかりができていた。台座に数人が乗っている。それを見て、俺はぎょっとした。拘束されたはずの男が、そこには立っていた。視線を転じると、ミイミヤの姿が見える。目が合った気がしたが、彼女は俺に気がつかなかったらしい。台座の周辺には指導部で見た顔が混じっている。指導部内で造反があったのだ。誰かが拘束されていた男の脱出を手引きした。


 あたりを見ると、輸送機の姿も見えた。評価値3を意味する、特徴的な髪色の者が多く見える。


 広場には続々と人が集まり始めていた。男はなにやら叫んでいる。男の周囲の人々も唱和する。ざわめきが広がり、今朝の再現のように人々に興奮が伝播する。

 集会を中止させようという声はどこからも聞こえなかった。

 雑踏の合間を縫い、指導部の区画へ向かう。


 関門には警備の人員はいなかった。指導部の区画に入るが、人の姿はまばらで、人が残っていない。半数ほどに減っていた。通路には書類や物が散乱しており、なにやらもめ事あったことをものがたっている。あの広場でのデモに指導部の連中が参加している以上、ひと悶着あったのだろう。ディーの意見とは裏腹に、あの考えを支持する者は多かったのだ。


 ディーの部屋に行く途中、サンが通路の隅に座り込んでいた。俺が近づくと、顔をあげる。憔悴していた。「エス」と言う。「……遅かったな」


「ディーは?」

「部屋の中だ」

「指導部でなにかあったんですか」

「一部が離反した。一部というか、半数か。拘束していた男の脱出を手引きしたらしい。指導部に来た反乱者と一緒に広場に行った」


 サンが溜息を吐いた。

「ディーのように基地の嘘を信じられる奴はそこまで多くなかったというわけだ。ここに残っているのは、踏ん切りがつかない奴か、ディーと同じ管理AIを信じ切っている奴だけ。……いや、信じ切っているというか、信じないとやっていけないんだろうな。残っているのは古参が多い。知った顔ばかりだ。反対に出ていった奴は最近生産されたのが多い」


「広場で指導部の人たちを見ました」

 どうやら指導部の造反は事実であったようである。疑問なのは、彼らが管理AIを破壊したとして、基地の機能をその後も運用できると考えた点だ。今は俺も、その後も運用することができると考えているが、しかし順当に考えれば、そうはならない。管理AIを破壊すれば、基地機能も停止するのではないかと危惧するのが自然だ。


 評価値3の連中がそう考えないわけがない。だから離反はないと思っていた。

「奴らは管理AIを破壊しても、基地機能は停止しないと踏んでいる。いや、停止したとして再起動できると考えているんだ。設備さえ残っていたら、再起動できる、と。だが、その考えを本当に信じているかはわからん。あいつらも、そう信じないとやっていけないのかもしれない。怒りだ。管理知性に対する怒りで皆、まともでいられなくなっている。……そういえば、反乱者の中には、ミイミヤもいたよ。あいつが情報を流したのか。それとも別の奴が気づいたのに協力したのかは知らないが」


 サンの目は俺に向けられていたが、焦点はあっていなかった。遠くを見つめているらしい。

「暴動はもうとめられないだろう。たぶん、もう手遅れだ」

「いえ、違います」

 俺は言う。サンが怪訝な顔をする。

「逆です。暴動を起こすべきなんです。あの地下水槽の肉塊を破壊して、管理AIを倒すべきです。懸念していたように、それで、基地の機能が停止することはない。むしろ、そうするべきです」


 サンがぽかんとして「どういうことだ」と言う。

「この世界は管理AIによるゲームなんです。ゲームには終わりがある」

「この暴動がゲームの終わりだと?」

「そうです。遠隔で操作しているなら、地下水槽の肉塊を破壊されても、管理AIはダメージを受けない。それに、この暴動はたぶん鎮圧したとしても、どうやっても繰り返されるんです。リセットをかけてもまたいずれ暴動が発生し、かけなくても新たに人間を生産して住人が増えれば反乱が起きる。計画には明確に矛盾点がありますし、なによりあの地下施設です。まるで見つけてくれというようにそれらは設置されている。必ず反乱が起きるようになっているんです。ならば、反乱こそがゲームのエンディングになります」


 呆然といった様子でサンは俺の顔を見つめていた。

「……反乱がエンディング、ね。だがそうだとして、それとあの地下水槽の肉塊を破壊したあと、基地機能が停止するかしないかは関係ないだろう」

「いえ、停止はしません」

「なぜ」

「だってそんなゲームはつまらないじゃないですか。自分がつくったものが、ゲーム終えたあとにも、動き続けると感じられたほうが、ゲームとしてきっと良いはずです。管理AIもきっとそう考える。このゲームがラストに必ず反乱がおこるようにしたのは管理AIです。計画の矛盾点と地下施設へ通じる穴を故意に残した。このエンディングは管理AIが選択した、つくったものなんです」


「は?」サンが立ち上がった。血相をかえて俺に詰め寄る。肩をつかまれ、じっと睨まれた。サンのそんな顔を俺は初めて見た。「そんな、そんな管理知性が、私たちと同じように考える保証がどこにある? 今まで私たちを散々、すりつぶして利用してきたくせに、なんで最後にそんな情をかけると思うんだ」


「……そうですね。もちろん、私の考えは間違っているかもしれない。ですが、それにかけるしかないんです。サンの言うように、計画が虚偽であることが周知された状態で、以前のパフォーマンスを維持するのは不可能です。思想統制も完全には難しい。それに、仮に反乱後に残った住人が、計画が虚偽であることが周知された状態で、以前のパフォーマンスを維持できても、反乱がエンディングなのであれば、管理AIはリセットをかける。反乱して、成功する。これしかないんです。たぶん、ですが」


 すっと肩を掴んでいた手から力が抜けた。サンが自嘲するように笑い、「すまん」といって手を放す。

「そうか、そうだな。馬鹿げた話だ。これしかないのか」

 そう言いながら、ひとつ大きく息を吐き、顔をあげた。

「なら、やるしかないな。結果がどうであれ、それに賭けるしかない。……なんだか、初めてモンスターと戦う前もこんな話をした気がするな。やるしかないなら、やるだけか。どうせそこにしか道はないんだからな」

「はい」

「こんどは私が説得されるのか。今度は立場が逆になったな」


 そう言って俺とサンは笑い合った。それもなんだかひさしぶりな気がした。


「どうする。反乱に参加するのか。ディーはどうする。指導部はもう半数は離反している。ここに残っているのは半分だけだ。ディーを説得しなくとも、離反した連中がいれば、反乱も組織的にできるだろう」

「いえ、ディーの協力は必要です。指導部が全員、参加すれば、今反乱に参加せずにいる者も参加する。基地全員で反乱しないと駄目です」

「ディーを説得しに行くのか」

「はい」

「私はやめておく。散々話したからな。お互い顔は見飽きた。私は一足先に反乱に加勢してくる」


 俺は頷く。サンの表情からは憔悴が消えていた。


「まあ、基地を、管理知性を壊せるのなら、ぜひ壊したかったからな。願ったりかなったりというわけだ」

 そう言って、笑う。笑ったあと、ふっと真面目な表情になり、


「人が死ぬな」と言った。

「たぶん、おおぜい死ぬでしょう。ですが反乱に失敗すれば、全員死ぬ」

「成功しても死ぬかもしれないがな。まあお互い、死なないことを祈ろう。……じゃあな」


 サンは軽く手をあげて、通路をホールに走っていった。「ええ、サンも」と俺は言ったが、彼女には聞こえなかっただろう。

 俺はディーの部屋に急いだ。

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