下篇

45.欠損

 俺たちがあの地下の施設を調べてから一年以上が経過していた。ディーたちがあのエレベーター跡の穴を再調査することはなく、次第にあのエレベーターのことは基地の住民たちの話題にのぼらなくなっていた。基地の住人は次々に生産されて、次々に死んでいくので、事件のことを覚えているのが、基地全体で見て相対的に少なくなるのも関係しているのかもしれない。


 希望がなくなっても、俺は他の住人のように、自殺しようとは思わなかった。死ぬのは恐いからだ。そういうところが小心者なのかもしれない。サンもミイミヤも表面上はかわらずふるまっていた。関係が悪化したということもない。ただ、お互いにあの地下施設のことや、管理AIのことを話すことはなかった。


 サンとミイミヤとの関係は変わらなかったが、グループを組んでいたディーとエクスは違い。ふたりはだんだんと、探索に参加することが少なくなっていっていき。とうとうここ最近は一度も姿を見なかった。ディーとエクスは基地の指導側として行動することが増えて、探索に参加できなくなってしまったのだ。


 基地の人口が、瞬く間に増大して、基地も瞬く間に拡大し、それに比例して、基地の社会体制が整備されていった。急速に拡大された組織にありがちな、杜撰な運営というものがまったくなくて、システマチックに住民は構築された社会に組み込まれていった。


 それを可能としたのは、ミイミヤと同じような、評価値3の人物たちであった。生産された人間の中にときおり混じる評価値3の人間は、他の追随を許さない圧倒的な能力を有していた。ミイミヤのようになんでもそつなくこなす者から、一芸に特化した者から様々だったが、彼らの多くが統治体制の構築に協力した。


 かつての交差点のモンスターのような、イレギュラーな個体と遭遇することも幾度かあったが、しかし、これもまた基地は対処していった。何十人かの死者と負傷者は出たが、それでもかつてのように基地の人口の半分が失われることはなかった。それは交差点のモンスターの素材を利用したレーザー砲を筆頭に、倒した強力な個体を使った武器を、戦闘で使用できることが理由としてあった。強力な個体が出た際には、基地のリソースが全てその対処に当てられ、人間が湯水のように戦闘に消費された。そして消費されるのは、生産されてすぐの若い世代が多かった。古参の方が死んだときに替えがきかないからである。それに、生産されたばかりの世代をイレギュラー個体との戦闘に投入することで、選別する意図があった。


 強力な個体に対処できることがわかると、しだいに基地の住人内での仕事の分業化が進んだ。ディーやエクスは、統治の仕事に専念しはじめた。他にもモンスターの死骸の輸送や、前哨拠点への物資輸送などの業務のみを行う専用の役割が設けられた。その仕事についた多くは、戦闘で体の一部を欠損した者たちであった。


 俺たちが乗るバスをひく輸送機を操縦しているのも、そういった者の一人だった。髪が青みがかっていて、俺と同じS型であったが、唯一違うのが、右腕が付け根からなくなっており、顔の右半分もえぐれてしまっている点だった。右耳は削げ落ち、右目は潰れ、頭皮も剥がれて髪がなかった。帽子と布を巻いているので今はわからないが、シャワールームで以前会った際に見たことがあった。


 彼女は輸送機の背に乗り、無言で操縦をしていた。

 輸送機は、モンスターとまったく同じ外見をしている。乗用車ほどある巨体に、蜘蛛のような脚、胴と荷車をロープでつないで牽引した。前々回の建設ラッシュの際に、改築された造形装置によってつくられるようになったである。


 ただ、この輸送機は、どこからどうみてもモンスターであった。内臓器官が大部分抜き取られていて操縦席となっており、操縦桿で操作するらしい。試しに荷車を引かせてみると、かなり使い心地がよく、いつのまにか、正式に移動手段として採用され、今では歩いて移動しているものはほとんどいなかった。


 前哨拠点は探索範囲の拡大に伴い、続々とその数を増やし、拠点間の移動には前出のモンスターもどきが使用された。乗りあい馬車のように、荷車をひいて、拠点間を往復するのである。最近だと小型版が基地内でも走っていた。総じて、基地内ではこれをバスと呼んでいた。


 べつに知り合いでもないのだが、俺たちは今乗っている輸送機の運転手である彼女のバスに乗ることが多かった。バスには二十人ほどが乗車可能で、最前線の拠点まで俺たちを運んでくれる。


 いつのまにか、探索を行う者の多くは、前哨拠点で寝泊まりするようになっていた。三週間ほど、前哨拠点に滞在し、その後基地に帰還し、一週間の休憩。これを繰り返すのだ。いつのころからか、そちらのほうが効率が良いということになったのである。それは前哨拠点の発展の影響が大きかった。寝泊まりしても問題ないほどに、前哨拠点が整備されたのである。ちなみに、拠点の責任者としての仕事はいつのまにかサアニが全て行って、俺は名前を貸すだけになっていた。たまにいって挨拶するぐらいである。最古参としての名を貸しているわけだ。


 話がそれた。俺たちは今、一週間の休息を終え、前哨拠点に向かっているところであった。サンとミイミヤが一緒である。

 バスの揺れは相変わらず酷いもので、がたがたがたがた音が鳴り続けている。乗客で喋るものは一人もいない。喋れないのだ。


 横を見るとミイミヤが熟睡していて、サンがあくびをしていた。輸送機が登場したばかりのころは、なんでこいつら寝れるのかなと思ったものだが、人間なれるものである。天気がいいので、眠くなる。フードを被って目を閉じた。


 目が覚めた時には、前哨拠点についていた。乗客はほとんどおりていて、運転手が呆れた顔で俺を見下ろしていた。


「よく寝れるね」

「慣れですよ」

「そういう問題じゃない気もするけどな……、ていうか、降りてよ、はやく」

「あ、すいません」


 降りると、眠そうな顔をしたサンとミイミヤが道端で俺を待っていた。バスは拠点の前の道路に停まっている。ミイミヤが、瓦礫に腰を下ろして、「眠いな」と言った。


 拠点となっているビルに入ると、一階部分のホールに入ると、喧噪に満ちていた。ビルの二階を利用して、宿舎がつくられていて、受付に記名してから向かう。

 ベッドが設けられていて、俺はそこに座った。三人部屋で、二段ベッドが二つある。ベッドの一つは荷物置きに使う為、布団はしかれていなかった。


 あれ以来、一年前、あの昇降路を降った先の地下施設に行ってからというもの、なんだか気の抜けたように、なにもかもにやる気が出なかった。死にたくはないからモンスターと戦っているし、ディーたちを手伝ったりすることもあったが、それでも、それは楽しいというよりは作業をこなすだけだった。自分から死にたくはないけど、いざ自分の前に死が訪れたら、俺は抵抗しないだろう。


 そんなふうに生きていると、時間というのはあっというまに経過していく。毎日やることは豊富にあるのだし、それを次から次にこなしていけば、一日は終わる。


 交差点のモンスターのような特殊個体との、大規模戦闘を生き残ると、それ以後は、新人の育成、訓練、大規模戦闘などでも指揮側にまわることになる。ディーのように完全に基地の指導部の仕事に専念する場合もあるが、俺のように普段は探索をして、たまに頼まれて、基地運営の管理を手伝うといった場合もある。どちらも、最初の下っ端の時期よりは各段に死ににくい。


 通常のモンスターとの戦闘では、油断していればまず死なない。死ぬ可能性があるのは大規模戦闘だけだ。だが、大規模戦闘で主に死ぬのは新人である。もちろん古参も死ぬかもしれない。だが新人よりはましだ。よほど運が悪くない限りは死なない。ベテランは指導や指揮にまわり、生き残れば生き残るほど、死ぬ危険性はなくなる。まあそれは生き残れないやつは死んでいるからとも言えるのだが。


 やることはたくさんある。だが、しかし、退屈だった。

 こうやって毎日戦って、いつか油断するか、特殊個体と遭遇するか、事故にあうかで死ぬのだろうか。

 基地の活動は完全に軌道にのっていて、かつてはイレギュラーな出来事であった交差点のモンスターが如き特殊個体との遭遇も、今では基地において予想範囲のイベントである。遭遇すれば、毎日作成されて蓄積されていた人間を投入して、物量で押しつぶす。そうすれば生き残った者は精鋭となり、基地は特殊個体の素材を得、さらに発展する。


 なにもかもが予定調和であった。探索範囲が広がるにつれ、特殊個体との遭遇頻度もあがっていたし、強い個体とあたる確率も増えてはいたが、それ以上に基地が発展していた。基地内の秩序もディーたち指導部を中心としてよく保たれていた。法律らしきものがつくられたりと、忙しないと話を聞いたことがある。


 何度も繰り返すが、探索範囲が広がれば、獲得する素材が増え、獲得する素材が増えれば一日に生産される人間の数も増加する。基地の人口はもう何カ月も前に千をこえ、一万を超えたそうである。最近は興味もなくて、詳しい数は知らない。いずれ十万百万にいたってもおかしくはないだろう。


 部屋といっても、カーテンと衝立でくぎっているだけで、たいして遮音性はない。天井には照明が取り付けられていて、コードが垂れていた。発展の速度というのはすさまじいものだ。以前来た時と比べても、前哨拠点はかなり設備が充実していた。


 顔をあげると、すでにミイミヤもサンも荷物を置いてどこかに行ってしまった。

 前哨拠点は、一階に広場があって、そこでは拠点に滞在している者たちが、基地から持ち込まれた食料などを食べたりして騒いでいる。ようは酒場のようなものである。酒はないが、甘味はある。管理AIは酒を基地の効率をさげるものだと考えているのだろう。たぶん、煙草もカフェインもその他のドラッグもだ。唯一残された甘味もかなり控えめなものだ。


 甘味である飲料は、例の食料生産装置の流動食を乾燥させて粉末にして水と混ぜたものである。最近では改良もすすめられてかなり飲めるものになっていた。他にも各種改良のなされた軽食をとることができる。


 他にも歌ったり踊ったり、ボードゲームをしたり、賭け事をしたりと、前哨拠点での娯楽も意外と多い。

 日中に探索に出るので、帰還してから寝るまでは、基本的に前哨拠点の広場は、特に騒がしい。もちろん、三日に一回は探索を休んでいるので基本的に人はいる。彼女たちはそこに行ったのだろう。


 我々は生産された人間であるために性欲やら食欲やらが抑制されている。そのおかげで、ここまで娯楽が興盛しても、過激化することもトラブルの温床になることもなかった。たぶん三大欲求以外にも、いろいろ抑制されているのだろう。社会秩序を維持しやすいようにだ。


 あとは娯楽といえば、寝るくらいだろうか。今も寝息が聞こえる。

 目を閉じるが、寝たばかりなので眠れない。目が冴えていた。

 しかたがないので、起き上がり、広場へ向かった。


 広場は人であふれていた。記録係のいるカウンターには、片腕のない男がしかめつらをして座りながら、熱心に紙に字を書きこんでいた。ちらりと見ると、歌詞らしかった。広場などで歌う歌の歌詞を考えるのが、基地では流行していた。小説でも書いてくれないかなと思うのだが、あまり書く人はいない。


 広場では二十人ほどが集まり、騒いでいた。腕相撲をやっているらしい。椅子に座り、ぼんやりとその喧噪を眺める。サンとミイミヤも見物している。

 賑やかだった。いずれ確実に訪れる死をごまかすように、彼ら彼女らは笑い騒いでいた。どうせいずれ死ぬのなら、死ぬときのことなど考えずに騒いだ方がいいというのは、わかっていた。悶々と思い悩むよりは、バカ騒ぎに興じたほうがいい。悩んでも答えなど出ないからだ。


 管理AIが酒をつくらないのが、煙草をつくらないのが、カフェインをつくらないのが、ひどく残酷なことのように最近は思えた。

 希望を喪失した人間に、絶望する人間に、その事実を紛らわせる手段を与えないのは酷だろう。


 このまま、俺たちはずっとこうして生きていくのだろうか。

 そう思うと、泣きたくなった。サンもミイミヤも今では基地の娯楽を享受していた。基地には娯楽が多く存在した。前哨拠点よりも多くの数の飲食の屋台やら、見世物やらなにやらが揃っている。たしかにそれは、過去の世界の繁華街や娯楽と比べれば見劣りはするが、それでも気晴らしには充分なった。


 サンはいつのまにか、一緒に訓練している面々で道場のようなものを始めていた。最近はそのことを楽しそうに語ってくる。ミイミヤも服屋を始めたいと言っていた。二人とも、現状を受け入れ、楽しんでいた。


 信じがたかった。俺にはできない行為だと思った。俺もふたりのようにやればいいとは思うのだけれど、どうにもそれができないのだった。

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