41.失敗

 救助作戦が失敗に終わったとの報が入ったのは雨の日から三日後のことで、その日の朝に集会が開かれ、ディーは悲痛な表情で作成の失敗と打ち切りを伝えた。救助班は穴に入って、全員戻ることはなかった。ディーは危険だと判断したのだろう。地下へと続くエレベーターには近づかないようにとの通達が成され、集会は終わった。


 集会が終わった後もホールには、困惑と動揺が広がっていた。泣き崩れている者もいて、それは第三世代の者たちであった。台座から降りたディーのまわりに人だかりができていた。ディーが救助隊の友人から、詰め寄られ、非難され痛罵されているのだ。怒声が聞こえ、鈍い音がして、誰かが倒れた。ディーだった。何度も鈍い音がした。数人の男女が、ディーを殴り、蹴りつけている。


 エクスやサアニが、殴った者の間に割って入るが、それも突き飛ばされる。隣に立っていたサンが駆けだすのが見えた。制止しようとしているのだ。俺も慌てて駆ける。


 ホールにいる全員の目が、騒ぎのほうに向いている。目を見開く者、困惑している者、驚いている者、反応は各者各様である。なかには止めようとしている者もいる。走る。ディーに詰め寄る者と、守ろうとする者が、互いに罵り合っている。一部がヒートアップして、周囲が羽交い絞めにしている。誰かが、拘束を抜け出て、腰に手をやる。触れたのは刀であった。抜く。刃が、光った。怒声。


 誰かが悲鳴をあげた。パニックが伝播する。ホールから逃げ出そうとする者がいて、ちょうど俺はそいつらとぶつかってしまった。たまらず地面に倒れる。倒れた視界に、刀を振りかぶる男の姿が見えた。「やめろ」とディーの怒鳴り声。だが、喧噪に紛れてしまい、周囲には聞こえていない。男は一直線にディーに向かって駆ける。振り落とす。ディーはまだ座ったままだ。唖然として刀を見つめている。周囲の者も気がついたようだが、間に合わない。


 男が、刀を振り落とす。が、その時である。すっとその間に滑り込む影があった。サンだった。刀を手に持ち、男の刀を受けた。金属と金属がぶつかる音が、響いた。男が刀をはじかれ、硬直する。その隙をつき、一閃。サンの刀は男の右の二の腕に吸い込まれ、男はくの字になって吹き飛ばされた。男は両断されていない。みねで売ったのだろう。刀と男の体が床に転がる。


「捕まえておけ!」


 サンが怒鳴る。


「馬鹿か。お前らは。頭を冷やせ」


 赤い髪を逆立て、周囲を睨みつける。


「ディーもだ。情けない真似をするな」


 そう言い、サンは刀を片手に歩き出し、ホールを去った。気まずい沈黙が場をみたした。吹き飛ばされた男の、苦痛のうめき声だけが聞こえてくる。やがて、ディーが立ち上がり、「皆、すまない」と言った。頬が風船のように腫れていた。そんなに強く殴られたのだろうか。


 ディーを切りつけた男と、暴行した男女が拘束され、その場は解散となった。場はまだ落ち着かなかったが、ディーたちが拘束した者たちと他数名を連れて、別の場所に行ってしまったので、どうしようもなかった。


 徐々に集まっていた人がばらけていき、もとの作業に戻っていった。俺はその段になってようやく立ち上がり、呆然とあたりを見渡した。サンの姿はない。追わなくては、と思った。


 サンが向かったであろう通路の方に駆ける。


 地上の拠点にサンはいた。二階である。あたりに人気はない。サンは佇んでいた。赤い髪が乱れて、赤い目がじっと虚空を見つめていた。


「サン」と呼びかけるとこちらを驚いたように振り向いた。「エスか」と呟く。


「大丈夫ですか」

「大丈夫って」

「まあ、いろいろと」

「別になにもない。ただ、あの場にずっといると面倒だから、ほとぼりが冷めるまで離れておこうと思っただけだ」


「そうなんですね……」

「ただ、ありがとう、わざわざ来てくれて」

「いえ、そんな」


「……ディーはもうエレベーターを調べることはないだろう。少なくともしばらくの間は」

 サンが壁をじっと見つめたまま、言う。

「あんなことがあった後だ。決定したことを覆せば、ああすれば、ディーに詰めよれば決定を覆せるという前例をつくることになる。あいつもそんなことはわかっているはずだ」


「……」


 先日の会話をふと思い出す。エレベーターを調べる。


「私たちだけでも、調べますか」

「……エスはどうしたい」


 問われて、驚く。サンが俺に選択を委ねるかのような質問をするのは珍しい。迷っているのだろうか。しかし、なぜ?


「調べたいです。サンがやらないというなら、私だけでも」

「そうしたら、死ぬ。救助班は優秀だった。それが死んだのに、私やお前が生存するわけがない」

「気概の話ですよ」

「……そうか」

「私一人でやるのならなにか別の手を考えます。とにかく、調べて駄目だったならそれでいいんです。なにもせずにいるというのは納得がいかない。嫌です。もちろん、意外と死なずに戻ってこれるかもしれないですしね。死ぬのは嫌ですけど、調べないのは嫌です」


 それは俺の本心であった。とにかくこのまま終わるのは心残りである。答えに繋がっているかもしれない鍵を、みすみす放置しておくのは嫌だった。


「そうだな。死ぬとも限らないか」

 サンが微笑する。

「実は少し怖くなったんだ。今まではやらなきゃならないからやってたが、これは違うだろう。なんのためにやるのだかわからなくなっていた。今までは、やらねばならないし、それで死んだら仕方がないと思っていた。だが、これは違うだろう。私は選択することができる。……でも、確かに死ぬのは嫌だが、調べないのも嫌だな」

「サンでも怖いと思うことがあるんですね」

「あるさ。それを言ったらお前は一番最初にモンスターと戦った時に怖がっていただろう」

「まあ、そうなんですけど。あれ以来なんだか慣れてしまって」

「そうか。とにかく、じゃあ、調べてみるか」

「はい。そうですね」と俺は頷いた。


「帰りましょうか」と尋ねたが「私はまだこここにいる」と断られたので、ひとりで俺は基地に戻ることにした。


 その日も探索は行われ、その他の作業もなされた。サンはその日、探索に参加しなかった。拘束された者は、空き部屋に入れられ、処遇を決めることになったのだが、一日も経たぬうちに、かつてのように空き部屋が閉鎖され、その後、彼らの姿はなくなっていた。処分されたのだ。


 その後、基地には、鬱屈とした空気がしばらく満ちたが、やがて探索がいつものように再開されるにつれ、もとに戻っていった。サンの調子はいつも通りで、ディーとの仲も険悪になることはなかった。


 ディーの求心力も低下することはなかった。彼は残った友人たちに誠心誠意、謝罪していた。どうやらディーが殴られたのは、彼が自らの非を認めなかったからであると、後に噂で聞いた。その反省からの行動なのだろう。


 救助班の失敗と、その後の騒動が与えた心理的影響は存外に大きく、不調を訴える者が多く出たし、些細なミスで戦闘中に負傷や死亡する者が続出した。しかし、次第にそれもなくなっていった。ディーたちのケアもあったし、耐えきれないものはすべて死んでしまったからでもあった。


 エレベーターの件は徐々に風化していった。最初の一週間は、エレベーターの昇降路に祈りに行く者や、物見に行く者もいたが、次第に皆の記憶から薄れ、過去のものとなっていった。あるいは、皆忘れたいのかもしれなかった。それほどまでにエレベーターの話題が口にあがることは少なかった。


 探索は順調に進み、人口は増大し、設備はさらに増強された。まるで何事もなかったように、基地は発展を続けた。

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