40.秘密の鍵
眼前に迫ってくる大鎌を屈んで避ける。同時に腕の付け根に一太刀。刃を傷つけないように、優しく、斬るのではなく隙間にさしこむといった感じで、ぐいと押し込む。すっと関節部分に入り込んだ。刃がなにかにあたり、ぶちっと音がした。刃を捻り、抜き取る。地面を転がって、股の下をくぐり、モンスターの背後に移動。
振り返ると、前腕がほとんど根元から外れていた。ミイミヤがもう片方の大鎌を刀で押さえつけ、同時にサンが視覚器を破壊。ひるんだすきに、俺は跳躍し、背後からモンスターの中枢に刃を突き刺した。水風船でも潰したような感覚が、刀に伝わる。
モンスターは絶命した。
モンスターとの戦闘は、もう何度かわからないほど繰り返していて、ほとんど作業のようになっていた。息を整えながら、サンとミイミヤを見ると、ふたりとも、刀を拭いたり、汗を拭いたりと、落ち着いたものである。
ディーとエクスの姿はない。ふたりはどちらも、救助班を手伝うために今日はグループを抜けていた。最近、こういうことが多かった。基地のリーダーとして仕事が多すぎて、グループで行動することができなくなっている。
集会があって、人が地下に通じる穴に落ちて帰ってこないといえど、救出メンバーに選ばれていない者たちはなにをすることもできない。別に行方不明になった者と仲が良かったわけでもなく、ちょっとだけ不安になりながら、いつも通りに過ごすのみである。
「地下には何があると思う」
と、前哨拠点に死骸を運び込み、休憩しているとサンが問うてきた。ミイミヤは前哨拠点にいた友人と話している。サンは壁に寄り掛かり、刀を布で拭きながら、独り言のように話す。
「何、とは?」
「遺跡の地下だよ。例のエレベーターだ」
「さあ、どうなんでしょう……」
「地上にあるエレベーターといえば、連想するのは拠点だろう。遺跡では地下に通じるエレベーターも階段も今までひとつも見たことがない。見たことがあるのは、拠点のエレベーターと、そしてもうひとつ、発見された例のエレベーターだ。それなら、拠点と例のエレベーターの間になにか関係があると思わざるを得ない。基地が、人類を再興する施設なんかではないなら、誰かが建造したんだ。誰か、管理知性か、それとも別の何か、だ。一からつくったか、あるいはなにかを転用したか。なにかを転用したのなら、遺跡に、その転用したもとになったものが残っていてもおかしくない。そこに、例のエレベーターだ」
「基地のもとになったなにかが複数あって、そのひとつが例のエレベーターの下にあると?」
「そう考えるの自然じゃないか。少なくとも、ただのエレベーターじゃないだろう。見たわけじゃないが。それならなにかはあるはずだ」
「基地のもとになったなにかってなんなんでしょうか。ちょっと、想像つきませんけど」
「さあな」
「……」サンは沈黙する。「これから探索するだろうし、なにかがわかるかもしれない。そしたら御の字だろう」
「なにかが見つかると?」
「なにか、ね。なんだろうな。明らかに怪しいとは思うんだが……。なにかには関係している。そしてそれは基地に、基地をつくった何者かに関連している。しかし具体的になんだと言われると、少し想像がつかない」
かつて考えたことをふと思い出す。
「前考えたんですけど、この規模の都市に地下空間がないなんてことがありえるんでしょうか。例えば交通手段を全て、道路を走る車にしていたとしても、地下駐車場なり、地下階なりはあったはずです。それさえない。それなのに、地下への昇降路だけがある」
「……なにかつくれない理由があった?」
「理由?」
「たぶんそれは地下に行けばわかるだろう。もしかしたら、基地のもとになった、なにか、が地下空間の大部分を占めているのかもしれない」
なにか、か。随分、曖昧な言葉である。しかし、なにかはある。それは事実であるように思えた。
沈黙する。サンは考え込むように手を止め、俯いている。
基地に関することを言えば、もう一つ気になることはある。くしくもエレベーター関連なのだが、ホールの生産された人間が乗ってくるエレベーターのことだ。あのエレベーターがつながっている場所には、なにがあるのか。
人間生成装置に、食料や水、物資の保管庫。循環装置、濾過装置、分解装置。もしかしたら、管理AIの本体。
それもまた地下だ。基地のさらに地下深く。
行くことは出来ない。エレベーターを傷つけようとすると、建設ドローンが飛んできて、ぷちっと潰され、ダストボックスに連れて行ってくれるからだ。
基地のさらも地下にはなにがあるのか。基地とはなんなのか。それもまた、発見されたエレベーターを調べればなにかわかるのだろうか。ともかく、調べてみない事にはわからない。
発見されたエレベーターが基地の、管理知性の謎を解く鍵であることは、間違いがないような気がした。
「救助隊に立候補しておけばよかったですかね」
「……いや、どうかな。もし誰かが基地をつくったとして、こんなわかりやすい証拠を残しておくものかね。残しておいたのなら、それでも問題ないと考えたからだ。例えば、入った者は全員死ぬのなら、残しておいても問題ない」
サンがそう言って皮肉に笑みを浮かべた。
「だが、調べてはみたい。エスはどうだ」
問われて考える。エレベーターは基地の謎の唯一の手掛かりである。エレベーター。それも地下に通じていて、基地との関連が疑われているもの。ひょっとしたら基地の謎に、管理AIが一体どのようにこの基地をつくったのか、そしてなんのためにつくったのかが、わかるかもしれない、現状唯一の手掛かり。当然、調べてみたい。その答えを俺は知ってみたかった。
「調べてみたいです」
「なぜ」
「その、エレベーターを調べて、その、基地がなぜつくられたか、その目的は何なのか、管理AIとはなんなのか、を知りたいです。サンもそうでしょう。……それに、もしかしたら管理AIを倒すための、方法が見つかるかもしれない」
サンが俺の返答を聞いて、にやりと笑みを浮かべた。
「奇遇だな。私も、そう思っていた」
俺も笑みを返す。実際、そこを調べたとして、管理AIを倒すための方法が見つかるかはわからない。基地の謎が知れるかはわからない。まったくの肩透かしに終わるかもしれない。ただ、光明が見えた気がして、少し自分が興奮しているのがわかった。きっとサンもそうなんだろうと、俺は思った。
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