39.エレベーター

「エレベーターですか」

「はい」


 それがなんでわざわざ休日に集会を開かねばならない情報なのであろうか。考えて、ふと俺はこれまで遺跡でただの一度も地下へつながる階段なりエレベーターなりを見たことがないことに気がついた。


 あれほどの巨大な都市でまったくもって地下空間が発展していないということが、果たしてありえるのだろうか。例えば地下鉄があれば、駅があるはずである。地下鉄が存在しないなんてことがありえるのか。いや、思えば、遺跡には線路というものがなかった。駅も、なにもない。あるのは道路だけだ。


 ならば地下鉄もまたないのかもしれない。しかし、だとしても地下通路や、ビルの地下階、駐車場などがまったく無いなどありえるのだろうか。しかし、記憶を探ってみるが、どのビルにも地下に繋がる階段はない。


 下水道は、どうだろう。だが、下水道が機能しているのなら、雨のたびに道路が川のようになるのは奇妙だ。マンホールもなにも見たことはない。そもそも側溝すらない。土砂に埋まっているのか、風化したのか、崩落したのか。


 なにより、地下といえば、基地を連想せずにはいられない。基地は地下にある。遺跡にはこれまで、地下へつながる入口はひとつも発見されていなかった。そんな中、新たに見つかった地下への入口。なんとなく、それは、奇妙な連関を感じさせるものがある。具体的に何とは言えないが、なにかがあるような、そんな感覚。


 ここまで考え、ようやく俺は人造物らしき穴の発見がどれほど重大なニュースであるのか理解した。なるほど集会を開くわけである。


「なぜ、それで集会を開くんですか?」

「その、人が帰ってこないんだそうです。見つけて入った人が、五人ほど」

 俺は驚く。さっきの予想、まったく的外れだったな……。いや、まあいい。

「それはいつわかったんですか」

「昨日の夜の段階でもう基地に知らせはあったみたいで、実際に見つけたのは一昨日です。昨日のうちに対応すべきだったのですが、報告が遅かったので、そのころには雨に。夜のうちに会議は開いたんじゃないかと思います。それの報告かと」

「……とりあえずホールに向かいましょう」


 サアニと共に、ホールに向かう。ホールに入ると既に何人もの人が集まっていた。ほとんど全員だろう。急遽だったために、騒めきには困惑が混じっているように思えた。いつもディーが乗っている台座のまわりには、基地内でも中心的なメンバーが集まり、なにやら話している。


 ミイミヤがこちらを確認して、報告に行く。サアニも自分のグループのところに帰っていく。こういう集会はだいたいグループごとにまとまることになる。サンの姿を探すと、少し離れた場所に立っていた。駆け寄る。「話、聞いたか」「はい。さっき」「昨日の夜から噂になっていたらしい。不確定な情報が広まるより、はやめに集会を開いて全員に伝えたほうがいいと考えたんだろう」「ディーから、話は?」「いや、どうするのかね」


 そう話していると、ディーが壇上にあがり、よくとおる大きな声で話し出した。


「全員揃ったね。わざわざ休日にすまない。話はもう知っていると思うけど。地下へつながるエレベーターが見つかったらしい。もう壊れていて、エレベータの昇降路だけが残っていて、縦穴が開いている状態のようだ。それで、そこに入った者たちが帰ってこない」


 ディーが淡々という。続けて、「名前は、」と言い、五人の名前を読み上げた。


「救助に向かわないといけない。この中には戻ってこない者たちと、友人であった人もいるだろう。俺は仲間を見捨てない。そしてそれはここにいる全員に共通する思いだと信じている。だから、明日雨がやんだらすぐに救助に向かう。で、問題は誰が行くか、だ」


 ざわめきが起こる。「静かに」ディーが大声で言う。「実はもう決めてある。勇敢な者たちだ」


 ずいぶん芝居がかった調子で喋る。ディーも演説が板についてきたようである。


「出てきてくれ」


 そう言うと、台座のまわりに集まっていた中から、複数人が前に出た。あまり見たことのない顔だ。少し考えて、そいつらが交差点の戦い以後に、生産された人間たちであると気がついた。基地の住民には生産された時期に応じて世代がある。俺やサンやディーは一代目。交差点の戦いの際に増産されたのが二代目。以後に生産されのが三代目。前哨拠点建設後が四代目。といったようにだ。そして、世代ごとにまとまる傾向があった。世代間で上下関係があるからだ。


 出てきた彼らは三代目であった。その中でも中心的な人物たちであったはずだ。一代目におけるディーのようにである。ちなみに二代目だとサアニが意外と中心的な人物であった。


 見た感じ、やはり評価値2や評価値3ばかりである。評価値3のキャラはたしか8461でヤシロイと言ったはずである。評価値3はだいたい世代ごとにひとりかふたりいる。三代目は一人である。


「救助は彼らが中心的に行う。だから、皆、安心してほしい。救助活動は明日雨がやみ次第すぐに開始する。だから、皆は、明日もいつも通りに行動してくれ。独断で行動をしないでほしい。わかったかな。進捗は定例集会で伝えるから、グループのリーダーから聞いてくれ、結果が出たらまた集会を開く。いい結果が出ると、俺は確信している」


 ディーが話を終え、集会は解散した。皆、困惑した雰囲気で、不安げに話し合っていたが、次第次第にばらけ、もとの場所に戻っていく。


「第三世代に経験を積ませたいんだろうな」


 サンが言う。


「基地は拡大している。世代の中だけだと、訓練中にどれだけ活躍したかだとか、人間関係の構築が得意かで、中心的な人物になれるかが決まる。だが、世代を越えればそうはいかない。なにか実績がないといけない」

「……出汁にされた行方不明者はたまったものではないですね」

「そういう側面もあるって話だ。ディーはたぶん本気で助けたいと思っている。だが、優しいだけの人間じゃないってことなんだろう」


 サンとしばらく会話をして、わかれた。エレベータと基地の関連について話したかったが、基地内では無理だ。話すとしたら、明日の探索中だろう。

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