38.前哨拠点:3

 道が整備されたのち、拠点の建設が始まった。寝る場所と、モンスターの死骸を置くスペースを確保し、他に各種物資を保存する場所をつくる。道の整備に比べ、拠点の建設は半日ほどしか要さなかった。


 建設班の皆を集め、礼を言う。サアニが「うちの班は一番初めに建設を完了しました」と言うと皆から歓声があがった。「競争してたの」と問うと「当り前じゃないですか」との返答があった。賭けでもしていたのだろうか。


 拠点には今後、担当者が食料などの物資を運搬し、管理することとなっていた。さらには、拠点では立ち寄った人数の記録もつける手筈になっている。これは誰かが行方不明になった際に、どこにいたのかは把握するためだ。また、倒したモンスターは全て拠点に運ぶこととなっていた。モンスターとの戦闘とその運搬は今後、分担することになっている。一度前哨拠点に周囲で倒したモンスターをすべて運び、戦闘班から運搬班にバトンタッチするわけだ。運び込まれたモンスターの死骸の数も集計する。一日にどこでどれだけ倒したのかを把握するのは大事だ。


 というわけだから拠点には常に何人か常駐することになった。他にも拠点への物資の運搬と、死骸の運搬など、役割が多用化していたが、基地内で分業を進めるという案は出なかった。いつまたあの交差点の時のようなモンスターと遭遇して多くの人口が失われるかわからない。分業を進めると、人口の大規模な喪失に対応できないからだ。

 よって運搬や拠点の事務作業などは持ち回りで各グループが担当することになった。


 すべての前哨拠点が建設完了したのはそれから三日後で、一日休憩ののち、探索は再開された。


 前哨拠点の管理の責任者は、なぜだか知らないが俺になった。もちろんサアニも補助についている。ただ責任者だからといって毎日、拠点に向かわねばならないわけではなく、基地でサアニからの報告を聞くだけだ。たまに行くが、それも探索のついでだった。


 それはサンやミイミヤやディーも同様だった。彼女たちも自分が建設された拠点の責任者となっていたが、やることといったら報告を聞いてたまに指示を出すだけであった。


 俺はディーたちとともに、探索を行った。ディーは基地のリーダーであり、どこの方面の探索が滞っているか把握している。朝の定例集会では、各グループにどこそこの探索を強化しろなどと指示を出している。そしてそれが無理な場合はディーのグループが出張り、援助に向かうこととなる。ディーのグループ。つまり俺が所属するグループである。


 ディーのグループは昨日は南に、今日は北に、東奔西走、八面六臂の活躍を見せ、俺はただただそれに必死でついていった。ディーたちのグループは日に何体もモンスターを倒す。特に凄いのがミイミヤで、その活躍ぶりは目を見張るものがあった。


 基地は停滞と発展を繰り返す。前哨拠点の建設という停滞の時期を終え、基地は再び発展していった。探索範囲はまたもや広がり、まるでそれに合わせるように、人間の生産も開始される。人間の生産は規則的で、三日ごとに十人生産された。かつてのように日に何十人も生産されるということはなさそうであった。人口が増えると、また以前と同様、基地も拡大する。通路が増設され、部屋が増設され、設備がグレードアップし、建築される。


 人口は徐々に増加し、ついには三百まで達した。その間、減少したのはわずかに二人であった。探索範囲が広がると、モンスターとの戦闘回数が増え、となると怪我人も死者も増える。不注意で死んだ者に、怪我が悪化して死んだ者。これらはそれぞれ葬式が行われ、墓が二つ追加されることとなった。


 基地の運営はうまく軌道に乗ったようで、様々なシステムが上手く稼働していた。多くの人が基地の管理運営に協力した。そしてそのシステムを構築したのは他でもないディーであった。歯車がかみ合い、巨大なシステムがゆっくりと回転を始める様、そんな光景を幻視せずにはいられなかった。


 雨の日のことだった。雨や砂嵐といった天気は、月に何度か訪れ、その際には探索は当然休みになる。雨はだいたい何日か前から曇天が続くので、予兆はある。降り始めると、基地はいいが前哨拠点にいる者は悲惨である。雨風をしのげる場所にしたとはいえ、一日中前哨拠点で、大気を震わすような風雨の中で過ごすこととなる。


 幸い俺は基地にいた。

 基地には人が溢れていた。雨のために、基地には日が昇っても大勢が残っている。ホールや通路は人が盛んに行きかっていた。シャワールームの前を通ると、行列ができている。


 こういった突発的な休日は、やることもなく退屈だった。雨により前哨拠点から人は帰ってこず、それはつまり報告もないということだった。報告を行う者が帰れないからだ。探索や運搬といったのも当然できない。


 退屈な日は、俺はよく基地内を散策した。基地は常に拡大を続けていた。ひと月前とは様変わりしている。一日もかからず回り切れる大きさなのであるが、しかしそれもいつまでそうかはわからない。いずれ一日で回り切れる大きさを越えてしまうだろう。


 特に大きいのは居住区で、物資に余裕ができたのかは知らないが一部がグレードアップし、部屋がつくられた。六人部屋である。それでも、今までは通路に貨物のように寝ていたのだから大きな進歩である。


 もちろんすべてが六人部屋に置き換わったわけではなく、一部に過ぎない。大部分は今まで同様、通路に面したカプセルベッドのようなもので寝ている。ありがたいことに、六人部屋には幹部や古参が割り当てられることとなって、俺もサンやミイミヤと一緒に部屋で寝ていいことになった。


 こうなると不満が出そうなものだが、別にベッド自体は変わらないし、部屋になったからといって六人部屋なのだから、たいして環境がかわるわけでもない。そうたいした反発は出なかった。


 ともかく部屋ができたし、そもそも三百人もいるのだから、居住区はそのぶん広くなる。居住区は複数階層にまたがり、さらにはトイレや洗面台、シャワールーム、洗濯室、何に使うかしらない公用スペースなどが設けられている。歩いていると同じような風景が続くものだからここがどこだかわからなくなる。壁には誰がつけたか通路の番号が書かれている。


 居住区の外もまた広い。ホールを中心にのびる通路の先には、食料生産装置があるが、これもまた増設されて複数台になっている。ひとりひとりがよそっている時間はないので今では担当者が配膳している。そのさらに奥には大きな部屋があり、椅子と机がずらりと並んでいる。食堂である。食堂には遺跡に探索に出る者のために水筒や弁当の準備をするスペースもある。


 増設されたといえば造形装置も同様で、どうやら台数が増えたらしい。これまでは一台しかなく、混雑の要因となっていた。それが何日か前に増設されたのである。使用者を記録する受付も、なにやら小屋が通路にできている。


 そして特に賑やかだったのはホールであった。食料生産装置の食料を煮詰めて粉末にすることで、様々な食品に加工することができるようになったようで、屋台が多く出ている。こねて焼いたり、水に混ぜてドリンクにしたりと種類は多い。作業をしているものに訊いたのだが、粉末はさらにいくつかの成分に分類できるらしく、分類に成功できればもっと多くの種類の料理をつくれるようになるかもしれないそうである。


 他にも、造形装置を使った様々なものを物々交換する場にもなっていて、市場のようなものが形成されていた。中には、造形装置でつくったものをさらに加工して、売っている者もいる。なにで造ったのかかなり凝った工芸品もある。それらは物々交換か、造形装置の使用権などでやり取りされていた。


 べつにそれで金を稼ごうというわけではなくて、休みなどに退屈だからやっているらしい。暇つぶしでつくった成果品を皆で共有しようということなのだろう。他にも歌っている者や、ボードゲームに興じる者、球技や相撲をする者、それを観戦して賭けをする者。博打。カードゲームなどなど。

 なかにはサンを筆頭にひたすら訓練を行っている者さえいる。サンはいつのまにか訓練を行う者たちの筆頭となっていて、なんだか慕われているようであった。


 ともかく賑やかである。皆、銘々勝手に過ごしている。一歩間違えれば死ぬ極限状態であるのに、なんとも気楽なものだが、しかし考えてみれば極限状態であっても常に気を張って毎日しかめっつらをして生活せねばならない法はない。明日死ぬかもしれないからこそ、楽しく過ごしたいのかもしれない。


 ちなみに俺は空を眺めて過ごすのが相変わらず好きなので、同士を募集しているのだが集まらない。ひとりで空を見上げるのはすこし寂しかった。


 賑やかなのはいいが、静かなところに行きたくて、まだ設備もなにもない場所に向かう。

 通路がのびていて、照明がぽつぽつと灯っていた。壁や天井が薄く照らされ、配管が不気味に浮かび上がる。照明の光はぼんやりと溶けるように闇と混じりあっている。


 こういった人の気配のない場所を歩いていたりすると、たまに恋人同士が密会する場に鉢合わせたりして気まずかった。基地で生産された人間はおそらくかなり性欲が抑制されて設定されているのだが、どういうわけだかゼロではない。それはほかの欲求も同じで、承認欲求、食欲、権力欲など、どれもかなり抑制されている感覚がある。何百人もいるコミュニティであるのに、トラブルが少ないのはそれに起因しているのだろう。そういうわけだから、色恋沙汰は少ない。が、しかしそれでも恋愛を楽しむ者もいくらかいた。


 今日は逢瀬を楽しむ者はいないようで、通路や空き部屋は閑散としている。こう通路を歩いていると、だんだん自分がどこいるのだかわからなくなる。通路が、基地が無限に広がっているような気がする。


 もちろん、そんなわけもなく、しばらく歩くと通路は行き止まりになった。壁に触れるとひんやりとしている。この壁の向こうには地下の分厚い岩盤が存在しているのだろうか。ふと考える。いったい基地はどれほどの地下にあるのだろう。


 基地もまた、管理AIによって作成されたはずだ。一からつくったのか、あるいは別の建物を転用したのか。一から作ったのなら、管理AIは、あるいはこの世界にゲームを再現しようとしている存在は、わざわざ地面に穴を掘ったということになる。地上に出るエレベーターを鑑みるに、基地は遥か深部にある。数百メートルあってもおかしくはない。基地の建設には多大な労力を費やしたはずである。いったい、そこまでしてゲームを再現しようとするものなのであろうか。


 考えてみるが、結局わからない。ぼうっと壁を見つめていると、ふと足音がどこかから聞こえた。心臓が飛び出そうになる。慌てて背後を見る。なにもいない。かつんかつんと足音が遠くから聞こえてきていた。耳を澄ますと、音がだんだん大きくなっているのがわかる。


 誰かこちらに向かっているのだろうか。通路の角をじっと見つめる。ふっと何かがゆっくり姿を現した。サアニであった。こちらを見て、「探したんですよ」と言う。

「すいません」


「いや、べつにいいんです。でも、もうすぐ緊急で集会を開くそうです。だから、ミイミヤさんに頼まれて、私が」

「へえ、なにがあったんです」

「エレベーターが見つかったんです。昨日。それも地下に通じた」

「エレベーター?」


 俺は思わず訊き返した。

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