37.前哨拠点:2

 拠点に物資を運ぶためにはまず道を整備せねばならない。幸いもとから地面は舗装されている。問題は散乱する瓦礫と堆積した土砂であった。砂は車輪が埋まってしまうし、瓦礫も障害である。いずれは悪路をものともしない車ができるようになるのかもしれないが、現状は造形装置でつくることはできない。造形装置自体のサイズの制約があるからだ。


 ともかく、ひとまず道を整備しようということになった。それは俺以外の前哨拠点建設班も同様である。前哨拠点を建設する場所は既に、ディーたちがだいたい決めている。おおよそ数キロの道のりだが、もとからモンスターの死体を運搬していた際に使用していた道がある。それをもとに、道幅を広げ、土砂をどける。いちから道をつくるよりは、時間もかからない。


 なによりかつては手作業でやっていたのが今は補助する道具がある。建設班の三十数人でやれば、道路の整備は十数日で終えることができるだろう、とディーが俺につけてくれた補助役は報告した。


 作業は滞りなく進み、今日は三日目だった。もう拠点からかなり離れた場所に来ていた。風が吹いていた。強い風だ。砂が舞って顔に音を立ててあたる。道路で作業する者はフードを被り、布で顔を覆っていた。今日は特に風が強い。皆は黙々と瓦礫をどかし、土砂を運んでいた。かけ声が風音に紛れて微かに聞こえる。まだ朝方で、道路はビルの影になっており、寒かった。冷気が肌を裂くかのようだ。


 作業する人々の姿を眺めていると、横に立つ補助役の女が「どうしたの」と尋ねてきた。灰色の髪、細身でSA-Ⅱ型である。あの交差点の戦闘の生き残りの一人だ。あまり話したことはない。名はサアニというらしい。そのまんまだ。


 SA-Ⅱ型に限らず、その型で一番最初に基地にやってきた者は、型名をそのままもじった名前になる。俺がその最たる例だ。で、あとから来た同じ型の者は、さらに捻った名前にすることが多い。ちなみに最近はその手も通じなくなり、型番とあまり関係ない名も増えてきたようである。


「やっぱり私も手伝ったほうがいいんじゃないかな、と思って」

 俺が言うと、サアニはむ、と柳眉をひそめた。

「やらなくていいんです。リーダーなんですから。たまにはいいですけど、リーダーにはリーダーの役割があるし、今はそれをやる時間です」

「それはわかるんですけど、やっぱり自分だけ別のことをやっているのは、少し」

 サアニは溜息を吐く。「真面目なんですね」「真面目というか小心者なんです」


 いちおう作業開始前に挨拶は済ませていた。たまに手伝ったりはするが、俺のやることはほとんど指示で、ここをああしろそこをこうしろと皆の間を歩き回る。質問にこたえ、トラブルに対処する。


 そういうふうに作業班に指示を出したりしていると、一日が終わり、前哨拠点の建設予定地に少しだけ近づいている。毎日毎日、その繰り返しだ。しかし今日は違った。今日は俺とサアニで別の予定があるのだ。

 前哨拠点建設予定地の確認と決定である。


 建設予定地はだいたいは決まっていると言ったが、しかし詳細にどこにどういったものをつくるのかは決まっていない。だいたいこのあたりと決めているが、どこのビルにするかは決まっていないのだ。そう時間のかかる作業ではないが、いざ着いてから決めるよりは早めにやるほうがいいだろうとの判断であった。それに一度、前哨拠点までのルートを再確認しておきたかった。どこに大きな瓦礫があるだとか、把握しておきたい。


 朝の挨拶で、そのことについては話していた。代理には班で最も古株の者を選んでいる。そいつも交差点の戦闘の生き残りだ。見たところ、問題なくやっているらしい。「じゃあ行きましょうか」とサアニに言う。二人で、建設予定地に向け、発った。


 道路に陽が射すと、段々と風は弱まっていった。一軒家ほどある巨大な瓦礫の周囲に砂が吹きだまっていて、丘のようになっていた。砂紋が表面に浮かんでいる。いったいこの砂はどこから来るのだろうとふと思う。


 どこかから運ばれてくるはずだ。遺跡の外に荒野か砂漠でもあるのかもしれないし。あるいは風化したビルの欠片なのかもしれない。遺跡の外にはなにがあるのだろうか。ゲームでは語られていない。


 瓦礫の間を縫うように、道を行く。サアニは俺の横を黙って歩いている。移動距離の限界が来たとはいっても、それはモンスターの死骸を運搬しなくてはならないからで、歩くだけなら二時間弱で探索範囲の境界までたどり着ける。前哨拠点の予定地は探索範囲の境界よりもさらに内側にあるので、二時間ほど歩く。ちなみにこの一時間とかは俺が完全に体感ではかっているので、実際に一時間かはわからない。たぶん、それぐらいだろうという話である。


 しかし時計がないのは不便だな、と思う。モンスターに時計のような器官があればいいが、なければ造形装置ではつくれない。

 歩いていると思考がこんなふうに野放図にあちこち行ってしまう。靴が地面を踏みしめる。


 予定地に着いた頃には、日はもう高くなっていた。予定地があるのは大きな道路が通っている区画である。

 拠点にするならば、保存状態がいい場所がいい。砂や雨風が入り込まない場所。それにモンスターの死骸を置いておけるスペースも必要である。


 いくつかまわると、最適な場所があった。保存状態は良好で、エントランスが広く、土砂も流入していない。ここにしようかと言うと、サアニも賛同した。「いいと思う」と言う。


 休憩をとってから、帰ることにした。瓦礫に座り、持ってきていた昼食をとる。既に日は傾いていて、昼食には遅い時間だった。腹が減っていた。この体はおそらく食事の量が少なくともすむように設計されているのだが、流石に一日中活動していると空腹になる。


 流動食を喉に流し込む。サアニを見るとすでに食べ終わっていた。じっとこちらを見てきている。「どうしたんですか」と問うと、「いや」と目を反らした。


「エスさんもご飯食べるんだなって。こんな普通の人だと思ってなくて」

「……それは当然食べますけど。皆の前でも食事はしてますよ」

「そうですけど。改めて見ると、なんだか不思議な感じがして。ディーさんから話を聞いていると、凄い人って印象だったから」

「ディーが私の話をしているんですか」

「うん。基地で一番長く暮らしてるし、エスとサンから基地での生き方を教わったから感謝しているって。エスから指導されてた人も、尊敬してるみたいでしたし」


 驚いた。意外だった。ディーから感謝されているとは思わなかった。それに俺が交差点の戦闘の際に突貫で訓練した連中が、俺のことを尊敬しているとは、思いもよらない事実であった。


「そうだったんですね」

「ディーさんはなんでサンさんやエスさんがリーダーになりたがらないのか不思議がってた」

「……苦手なんです」

「そうは思わないけど……」

「私は誰かに従っているほうが性に合っています」


 実際、管理AIから処分されにくくなるためには、基地内で高い地位にいたほうがいいのは事実である。だがしかし、苦手であるのに無理をしてもいいことはない。地位が高いほど失墜した時の落差は大きいからだ。それならば、最古参として余計なことはせずディーなどに従い、皆から軽い尊敬と好意をよせられていたほうがいい。打算的であるし、褒められたことではないのは自覚しているが、俺は命が惜しい。


「それならそれでいいんですけど」

「むしろ、私はディーのことが不思議ですよ」ふと俺は思ったことをぽろっと口に出した。何か意図したわけではなく、自分でも口に出したことに困惑する。


「彼は以前から皆の中心にいるような人でしたし、皆のリーダーでした。けど、どこか責任を負いたがらないというか、波風をたてることを嫌うことがあった。今でも彼は会議を開きますよね。彼は皆で決めることにこだわる。それはいいことですけど、それは彼自身の責任をあいまいにさせる。会議で決めることは、実際ほとんどディーの意見なんです。ディーはそういう頑固というか、自分の意見を絶対のものとするところがある。しかし会議というプロセスを通すことで自分の意見をみんなの意見にうまく変換している。そうすれば失敗した時に責任は曖昧になる。それをみんなの意見を尊重しようとする優しさと言うことはできるかもしれないですし、実際そうなのかもしれないです。けど私には臆病さだとも思える。やさしさは臆病さや弱さや卑怯と近接しているものですから」


 出た話はとまらなかった。以前から考えていたことが言葉になってあふれだす。実のところ、俺は前からこのことを話したかったのかもしれなかった。


「……」

 サアニが怪訝な顔をする。

「けどこれは昔の話です。昔はね、そうでした。それはサアニが来る前の話です。サアニが見るディーは今の話とは違うでしょう。彼は会議を開くし、事前に調整をするけれど、時には異論を封殺する。怠ける者は叱責する。彼はかわりました。厳しくなった。けど、それはなぜなんでしょうか。リーダーとして一皮むけたんでしょうか。選択の責任を負うようになっている。いいことではあると思います。けど、なぜ?」

「なぜって?」

「なんでそこまでしてリーダーの責務を果たそうとするんですか。サアニもです。皆を率いてもなんの得もないじゃないですか」


「それは、」

 サアニが沈黙する。

「それがわからないんです。……すいません。少し嫌な話をしてしまいました」

 俺は少し後悔していた。我ながらなぜこんな話をしてしまったのかわからなかった。一度口をついて出た言葉が呼び水となって、脳内に不確定のまま漂っていた思考が一挙に放出され形になり、そしてその形になったものに自分自身驚くということが、俺にはままあった。


 この話をサアニにして大丈夫だろうか、と不安になる。ディーやエクスと話すときはなぜか緊張してこのようなことはおきない。ディーとエクス以外で、基地内で主導的立場の人間と深く交流するのは初であった。疲れていたというのもあるのだろう。

 サアニを見る。表情には困惑はあるが、軽蔑や怒りはなかった。


「ディーさんは、」サアニが言う。「死んでほしくないんだと言ってました。……優しいんだと思います。それに、ディーさんたちにエスが訓練したのも同じなんじゃないですか」

「同じとは」

「だって私たちがやらなかったら誰がやるんですか。得とかじゃなくて、私たちがやらなかったらまとまらなかったら皆死んじゃうじゃないですか。それが、ディーさんは嫌だと思うんです。死んでほしくはないのってそこまで不思議な気持ちですか」

「いや、……たしかに、そうですね」

「臆病さだってエスさんは言うけど、私はそうは思いません。それは斜に構えすぎているんじゃないんですか。得とかそうじゃないかだけで判断するわけじゃないでしょ」


 俺はなんだか頬を張られたような気分になった。俺自身、打算的に動いているところがある。最初の動機からしてそうなのだ。俺は死にたくはなかった。だから、そのために今日まで行動している。モンスターと戦うのも生き残るためだ。基地内で安定的な地位を築くために、俺は行動している。しかし、自分がそうだから、人もそうだと思い込むのは早計である。


 それになにより人が死ぬのは悲しいことだ。そう思わないやつもいるだろうが、どうやら俺は違うらしい。ディーの気持ちは理解できる。


「……そうですね。すいません。失礼でしたね。私も皆に死んでほしくはありません。その気持ちは同じです」

「え、じゃあ」サアニが少し嬉しそうに言う。「私たちと一緒に」

「いやそれは本当に苦手なので……、今回みたいのならいいですけど」

「ええ……」

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