36.前哨拠点:1

 寝ようとするのだが、風の音がうるさくて寝付けない。地面は冷たく、あたりは闇に包まれている。自分の手すらもよく見えなかった。寝返りを打つと、周囲からは寝息が聞こえた。無理に目を閉じると、ふっと意識がぼやけて、ああ眠るのだなと思った。


 次に目が覚めた時は朝で、起き上がろうとすると、硬い地面に接していた体が痛んだ。朝の冷えた空気が喉と鼻孔に入り込んでくる。息を吐くと白かった。俺はビルの一階にいた。まわりには俺の他にも何人もの人が横になり、寝ている。ちらほらと目覚めている者もいた。


 ディーたちが野営の試行を終えたのち、他の者も野営の手順を確認しようということになって、俺たちのグループの訓練が、今行われていた。


 ディーたちの試行でいくらか改善されたものの、それでも野営は基地で寝るよりも大変だった。

 もちろん装備が整っているので野宿よりは楽だ。いちおう造形装置でライトはつくることができたし、そのバッテリーもつくることができた。バッテリーとライトはどうやらモンスターの機械部分をそのまま転用しているらしく、見た目はかなり生体的で、複雑だった。金属とプラスチックでできた内臓や眼球、という形容がバッテリーとライトの外見を表現するのに相応しいように思える。プラグがあってそれをライトと連結するとその姿は発光する深海の海綿のようであった。


 暖房もまた専用の機器があったが、それもどうやらモンスターの部品を転用していた。機械部分である。黒い色をした、むき出しの筋繊維の塊のような見た目をしている。食料は水筒に詰めて持ち運ぶ。装備は充実していた。実際、物質面では快適ではあった。しかし、闇と寒さは心身を疲弊させるし、なにより少し行けばモンスターが跋扈しているという事実が精神に負担をかけた。


 野営の訓練は、いくつかのグループ合同で行っていた。訓練地点は、拠点から一キロほど離れたビルの一階である。比較的きれいで、雨風もしのげる。そこに瓦礫と大きな布やら棒を使って、テントをつくり、暖房機器で、暖を取る。


 いずれは、野営用の前哨拠点をつくることとなっているので、そこが完成すれば、野営はより快適になるであろう。


 野営の訓練はこれから何度か行い、後に、野営用の拠点をつくる段取りとなっていた。前哨拠点を作る場所ももう、だいたい決まっていた。拠点建設のための物資が基地では既につくられ、エレベータで地上に運搬されていた。造形装置でつくったものをいちいち地上に送らねばならないのは面倒であったが、人が多いのと、背嚢や台車といったものを造形装置でつくることができるので、そこまで困難ではなかった。


 造形装置用の資材はまだ十分にあった。前哨拠点を二つ三つ、つくる程度ならば、枯渇する心配はなく、むしろ台車などをつくれるようになったことで、拠点周囲の瓦礫が次々に運搬されて資材は増えているほどであった。


 移動距離が頭打ちした時には、どうなることかと思ったが、案外なんとかなるものである。


 訓練を終え、基地に戻る。基地は相も変わらず賑わっていた。造形装置をつかった様々な工作物が通路やホールに溢れている。

 誰かが食料生産装置で生産されたあの流動食のようなものを煮詰めて粉末にしたらしく、それを使って様々なものがつくられていた。こねてやくと餅のようで美味しいらしい。いつのまにかホールに屋台ができていて、誰かが餅を焼いていた。匂いが漂っている。


「粉末をよりわけて、白い色のを水に入れると甘いんだって」

 とミイミヤが言いながら、いつのまにかコップ片手に飲んでいた。一口もらうが確かに甘い。サンにも渡す。「うまいな」と驚く。「一杯で造形装置の一回使用権と交換だって」「通貨になってるのか」と、サン。「他にもいろいろできてる」「へえ」


 サンとミイミヤが話すのを聞きながら、ホールを眺める。静かだったホールは今では多くの人が集まっていた。初めてエレベーターから出て、このホールを見た時のことを考えると、感慨深い。


 回顧していると、ぽんと肩を叩かれる。振り返るとディーだった。「今、大丈夫かな」と言う。サンとミイミヤはまだ会話している。「ちょっと話があるんだ。ここだと少しうるさいだろうから、別のところで話そう」


 ホールを出て、通路を歩く。

 通路は暗い。ぽつぽつと照明がついて、配管が壁にはりついている。ぼんやり照らされた壁に、先を歩くディーの影がふっとうつされる。通路を歩くたび、張り巡らされる通路は、まるで基地の血管のようだなと思う。そうならばそれを歩く俺たちは赤血球あたりだろうか。


 階段をのぼると、空き部屋に出た。しかし中には光が見える。造形装置でつくられたライトの光だ。バッテリーの駆動音がした。中に入ると、机と椅子が置いてある。机や床には紙の束があり、紙にはなにやら書き込まれている。


「帳簿だよ。あとは名簿。この基地には今、百七十三の人間がいる。ここまでくると頭の中だけで処理するのは大変だからね。それに俺だけで物事を決めるわけじゃないし、情報は共有しないといけない」


 ディーが紙の束を指さして言った。俺は素直に感心するばかりだった。「座って」と椅子を指さす。座る。机をはさんで対面にディーが座った。


「それで、どういった要件なんですか」


 俺がそう言うと、ディーはなにも警戒することはないと言外にしめそうとしているかのように微笑んだ。


「前哨拠点の建設を頼みたい。拠点は四つつくろうと思っている。東西南北にそれぞれ四つだ。同時につくる。エスには東を頼みたいんだ」

「……なんで私なんですか」

「適任だと思った。嫌なら他の人にまかすけれど。でも、エスは基地の皆から一目置かれているだろう。サンもだけど。エスは基地に初めて来た人間だ。今まで生き残ってきたし、俺だって最初はエスとサンに教えられた。きっとエスは人の上に立つのが得意ではないと思っているだろうけど、それでも俺は適任だと思う。実力はあるし、古参のほうがトップにたつのは向いている。誰も文句をつけれないからね」


 と、ディーはじっと俺の目を見つめて伝えてきた。見つめられると、落ち着かない。目を逸らす。いい提案だな、というのが俺の第一印象であった。それに古参の方がなにか都合がいいというディーの言い分も納得ができる。なにより、基地内で立場をつくってもらえる機会をもらえるのはありがたい。ディーの言う通り、俺はそういうのは苦手だからだ。


「わかりました」

 というとディーは破顔した。「ありがとう」と言う。「補助はつけるつもりだ。事務役でひとりかふたりかな」

「他の拠点は誰が担当するんですか?」

「サンとミイミヤに頼もうと思ってる。残りは俺だ。その間、基地はエクスにまかせる」


 それを聞いて少し驚いた。サンと別々に行動するとは思っていなかったからだ。なんとなく、一緒になるものだと思っていたから、ひとりでやるとわかって少し不安だった。

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