35.野営

 遺跡での野営は、予想通り、なんの問題もなく成功に終わった。


 だが、実行の当日には、それでも心配なので見送りにいった。まあ見送りとは言っても拠点からそう離れていない場所で一晩過ごすだけなので、そこまで危険なわけでもない。


 ディーたちは造形装置でつくった布と棒でつくった簡易テントやら、水筒やら食料やら寝袋やらを背嚢に詰めていた。それは登山隊のようにも見えた。なにより驚いたのは、つくった防寒着が、ゲームにおいて評価値3のキャラなどが立ち絵で来ているものと酷似していたことだった。ゲームにおいては、ミイミヤなどの評価値3のキャラは、現在来ている通常の服の上に、フライトジャケットを羽織っていた。そのフライトジャケットと似たものを、ディー一行のひとりが着ていたのだ。


 造形装置は確かにつくるものをモニターで選択できるが、その詳細な画像までは表示されない。デフォルメされたアイコンだけだ。だからつくられた実物を見るまでは、それがどんな姿をしているのかはわからない。ならば他にも、キャラが着ていた衣服がつくれるのだろうか。ひょっとしたら水着なんかもあるのかもしれない。季節イベントであったはずだ。


 ともかく、その後、ディーたちは発って、無事に帰ってきた。改善点はいくつかあったらしいが、結果は上々である。あと何度かやって、他のグループも試してみる運びとなった。


 げに驚くべきは造形装置の性能であった。造形装置は遺跡にいくらでもある瓦礫と、モンスターの機械部分および生体部分を材料にいかなるものをも造形した。もちろんそれはデータのあるものだけだったが、そのデータも何百何千も存在したし。ほとんど無数といってもよかった。


 ただ、これはゲームを現実に再現しようとしたゆえの弊害だと思うのだが、武器がモンスターの素材を利用したものであるというのは不可思議な点であった。武器以外にも、モンスターの素材を利用してつくられたものは多々ある。衣服にもモンスターの革を利用したらしきものもあった。しかし、モンスター素材を利用した設計図のデータが装置に入っているのは明らかに矛盾だ。それだと、人類が滅亡する前にも、モンスターが存在した、ということになるからだ。ゲームにおいては、人類が滅亡した理由は明言されてはいないが、モンスターではないことだけは確かである。それに、武器をつくるなら、べつにモンスターの素材を利用せねばならない縛りなどないし、銃なりつくればいい話だ。


 ゲームを厳密に再現しようとすると、どうしてもゲーム的な都合で設定されていた箇所をどうするかという問題が生じる。厳密に再現すると、整合性がとれなくなるが、かといって設定をまげるのも考え物だ。この現実でゲームを再現しようとした者は、あくまで忠実に再現することにこだわったのだろう。


 とにかく、造形装置は凄まじい装置であった。これを活用すれば、基地の暮らしは各段に向上するであろう。これまでも利用はしていたが、本格的に装置を使用したのは今回が初だった。


 造形装置の利用には制限をかけていたし、それにこれまでは物資の欠乏により使えなかったのだ。とりあえずつくれるものを片端からつくって、それがどんなものかしらみつぶしに確認していけるほど物資に余裕がなかった。そのためつくるのはアイコンから内容を推測できる限られた種類のものだけであった。


 ただし、装置のデータを眺めるのは、基地内の休日の過ごし方としては一部で人気だったし、そのためにだいたいなにをつくれるのかはざっくり把握してはいたのだが……。


 造形装置はディーたちが野営の準備をして後、使用制限が緩和されることとなった。基地の人口が増えたことで、探索が進み物資に余裕が生まれており、これを機にルールを見直すことにしたのだ。


 これからは、基地の生活はかなり向上されるだろう。実際、緩和して以来、造形装置のある部屋は常に人だかりができていた。皆が思い思いにものをつくろうとしているのだ。特に人気なのは服だった。制限があるにもかからず、全員が服をつくりたがった。


 どうやら皆、あの囚人服のような一様なデザインに飽き飽きしていたらしい。なにより、今後、野営の際には必須となるのだから、どうせならいいデザインのものが欲しいとなるのは当然である。それに、つくれるのは防寒着に限らなかった。なかにはスカートなどもあって、これもまた一部のキャラがゲーム内で着ていたものと同じだった。


 俺もつくっておきたいのだが、人が多くて億劫だった。ミイミヤはいちはやくつくったらしく、俺に見せて自慢してきたが、あのゲームのイラストと同じ服を選んでいて驚いた。本人曰くびびっときたらしいが、もしかしたらそのように脳がいじられているのかもしれない。


 結局、何日かして落ち着いてから造形装置にサンと共に向かった。すれ違う人、皆、十人十色の服を着ていて、だいたいどんな服の種類があるのか、調べずとも把握できた。居住区を出て、通路を歩きながら「サンはなににするんですか」と問うと、「決めてない」と返ってきた。あまり興味がないらしい。


 造形装置のある部屋の前にはちらほらと人がいたが、それは使用の順番待ちをしているようではどうもなさそうだった。男女が数人ほど、通路の脇に固まっている。何をしているのだろうと、近づくとなんと裁縫をしている。どう作ったか針と糸を用意して、なにやら衣服に飾りをつけているようだ。


 話を聞くと「前からこんなことできないか考えてたんだ」とのことらしい。同好の士で集まって、こうして楽しんでいるようだ。他にも、衣服のみならず、造形装置をつかって様々な工作を楽しんでいるグループがいるらしかった。造形装置の利用条件が緩くなったのもあるが、このような活況をていしているのは、探索がいったん停止して基地全体が休みになっている影響が大きいだろう。基地の住人の多くは生産されてから、訓練ののちはひたすら探索探索で、たまの休みも体力の回復に努める必要があった。真に自由な時間というのはこれが初めてなのだ。


 他にも地上に出て、造形装置でつくったボールで遊んだり、将棋などのボードゲームに興じたりと好き勝手に過ごしている。遊戯の道具が瓦礫しかなかった頃とは大違いである。中には楽器をつくって演奏しているものもいるし、紙とペンをつくってなにやら書いているものもいる。なんで造形装置をさっさと使えるようにしていなかったのか悔やまれる。これで酒なり、食事の環境が改善すればいいのだが、食料生産装置はあの何とも言えないどろどろとした物体を吐き出すのみであった。


 断りを入れて造形装置のある部屋に入ると、管理人が一人いて帳簿をつけていた。気真面目そうな人物である。管理人の設置も会議で決められた。使用制限をこえてつくらないように管理するのだ。つくるものと用途を伝え、制御盤に向かい、操作する。造形装置は壁にうめこまれた冷蔵庫のようである。その横に制御盤がある。データを選択し、開始を入力すると、数分で出来上がる。扉を開けると、たしかに服ができていた。


 選択したのは、シンプルなフードつきのコートだ。着ると確かに温かい。サンもまた同じものをつくったらしい。部屋を出ようとすると、サンがじっと制御モニターを見たまま動かなかった。「どうしたんですか」と尋ねると「いや、なんでもない」と踵を返した。


 通路を歩いている最中も、サンは黙ったままだった。どうしたのだろうと思っていると、ふと「どんなのが好きだったのかと思ってな」と言った。「墓に供えようと思ったんだ。こういうの好きだったはずだからな。だが、あいつがどんな服が好きかわからないから、やめた」


 エスニのことだと気がついた。サンはひとり、言う。

「あいつがどんなのを好きなのかとか、もっと聞いておけばよかったな」

 なにか言おうとしたが、俺も言葉が出なかった。ふたりで通路を歩く。かつて誰かがいたスペースには、今は誰もいなかった。

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