中篇

34.移動距離の制約

 探索は順調に進んでいた。交差点のモンスターを倒してのちは、驚くほどスムーズに事は運んだ。


 交差点を左右にわかれ、しばらく進むと、当然の帰結だが別の交差点にぶつかる。そこで分岐した道は、さらにまた別の交差点にぶつかる、といったように、当たり前の話なのだが、道は進めば進むほど分岐していく。


 都市遺跡の道路網はかなり複雑であった。古い都市であったのか、それとも俺からしたら複雑に感じられるだけで、実はかなり緻密な計算に基づいた効率的な配置をしているのか、真実はわからない。ともかく、道路は地下に潜ったり、立体的に交差したりと、まるで迷路のようであった。幸いだったのは、建築物が全て高層建築であり、隙間なく建っているために、路地というものが存在しない点である。これで路地まであった日には手に負えなくなるだろう。


 ビルは細く、針のようだ。もちろんそれは遠くから見れば、という話で、真下で見れば充分太い。だが、俺の記憶にあるビルよりもかなり細長かった。ビルは数棟が、道路でわけられた区画にびっしりと隙間なく建っていて、その間を通る路地はなかった。遺跡には細い道路というものは存在しなかった。どんなに細くとも、その幅は数十メートルはある。


 遺跡の建築物は、薄々わかってはいたが、すべてが超高層建築であった。雑居ビルや中層ビル、一般家屋のようなものは見当たらなかった。子どもが積み木でつくった街みたいだ、と俺は思う。天を衝くような超高層建築群は、まるでこの地上を全て覆ってしまっているかのように、行けども行けども広がっている。かつてこの都市に人が住んでいたころには一体どれだけの人口がいたのだろうか、そんなことを思うと気が遠くなった。


 探索範囲を拡大すればするほど、一日に獲得できるモンスターの素材の数は増加する。そうすると、次々に人間が生産され、基地に供給される。そしてそれがまた探索範囲の拡大に寄与することになる。


 あの交差点での戦いから、いくばくもせぬうちに、基地の人数はもとに戻り、そして増加した。人間は次々に生産された。それは否応なく、俺たちが、管理AIにとっては、基地の部品、構成物のひとつであることを意識させる光景であったが、ともかく基地に賑わいは戻っていった。


 人口の増大に伴って、基地の設備も建築が開始された。それはまさしく狂騒と呼ぶにふさわしかった。俺はディーたちが来る直前のことを思い出さずにはいられなかった。あの時も、こんな風に建設ラッシュが起こっていたはずだった。居住区などが建設され、建築ドローンが基地内を飛び回った。そう言えば、いつのまにかドローンもその台数を増やしていた。


 基地の建設には、どうやら波があるようであった。資材が充分にたまってからいっぺんにつくってしまうというのが管理AIの方針なのであろう。


 人間の生産と建設ラッシュが落ち着いたのは、あの交差点の戦いから、一か月ほどが経過した頃であった。そしてちょうど、時を同じくして、探索範囲の拡大がぴたりと停止した。


 べつに以前のように難敵に遭遇してこれ以上進めない状況になったわけではない。

 ただ、現状における探索範囲の限界が来てしまったのだ。人間が一日で移動できる距離には限界がある。戦闘やその後の死骸の運搬に必要な時間を加味した上での、拠点から往復可能な最大距離まで、探索範囲が拡大されてしまったのだ。最大のネックだったのは死骸の運搬であった。探索範囲が拡大すればするほど、運搬の負担は増大する。


 このために、探索範囲の拡大は頭打ちになってしまった。幸いと言うべきか、これ以上探索範囲を広げなくとも、侵入してくるモンスターだけで、充分基地の人口分の食料などは賄うことができた。……いや、これは幸いなどではないのだろう。管理AIはそうなるように人間の生産量を調節したはずだ。


 ともかく狂騒の期間から一転、今度は停滞の時期が訪れたのであった。

 もちろん、停滞しているからといって、現状に満足して前進を止めることは決して行ってはならないのを我々は重々承知していた。もしそうなれば管理AIの鞭がとんでくる。しかしそれは今日明日とんでくるわけではないだろう。前回、交差点の戦闘の際にも、一週間以上停滞していたが、その時点で鞭が飛んでくることはなかった。管理AIもそこまで融通の利かないわけではないのだ。だから、基地内の雰囲気は落ち着いたものであった。


 問題はつまり、遺跡の外で夜を明かすことができないということにあるのだ。遺跡外でキャンプできるなら、移動距離の制約はなくなる。夜明けから日没までの時間制限があるために、この問題はおこっているからだ。


 夜間の基地の外はかなり危険だった。光源は無いし、なにより気温がネックだった。昼でも肌寒いが、夜ともなると遺跡の気温はかなり低下する。寒暖差が激しいのだ。砂漠の気候がこんな感じだということを昔、本で読んだことがある。氷点下までいっているのではなかろうか。霜が降りているのを見たことがある。とてもじゃないが過ごせたものではない。それに夜はモンスターの活動時間でもある。


 いちおう造形装置で防寒着をつくることはできたが、それだけで夜が明かせるとは思えない。テントのようなものが必要となるだろう。寝床もいるし、食料や水も運ばねばならない。


 この問題に関して、ディーはいつものように会議を開いた。臨時の会議だ。人数が増えたので、会議というかもはや集会のようになっていたが……。会議は、基地のホールで開催された。かつては、もっと狭い場所でやっていたが、人数が増えたのでしかたがない。やることといえば、探索範囲内に日ごと侵入してくるモンスターの駆除ぐらいしかなく、時間に余裕があったので、会議は昼に開かれた。


 毎日の定例集会は、いつのころからグループのリーダーだけが参加するものとなっていた。このように基地の住民全員が集うのは、ひょっとしたらあの交差点の戦闘以来かもしれなかった。


 サンたちと一緒に会議に向かう。ホールには百以上もの人が集まっていた。知らない顔も大勢いる。一時期、ほとんど毎日、十人以上もの人間が生産され基地に追加されていたので、もはや全員の顔を知ることは不可能になっていた。いちおう、三日おきの休日には交流する機会もあったが、それも全員とはいかない。あまり交流しなさすぎるのは心象が悪いかと思うのだが、どうにも苦手だった。


 ホールの中央に、造形装置でつくったらしい台の上にディーが立っていた。まわりに人だかりができている。サンと共に、人だかりの端に集まる。一緒に来ていたミイミヤが、「私、報告してきますね」と言って、離れていった。


 ミイミヤとはグループを組んでいて、彼女がグループのリーダー格だった。実はミイミヤだけではなく、ディーやエクスとも同じグループだった。生き残った古参組で、なんとなくまとまった結果である。今では、モンスターとの戦闘もディーたちと共に行っている。気が合うとか合わないとかの話ではなく、俺含め互いに生き残った者同士、古参組同士の親近感、仲間意識を抱いているようで、意外とグループの仲は良かった。


 ディーとエクスは、選挙があったわけではないが、基地の実質的なリーダーなので、残った面子でもっとも協調性があるということから、グループのリーダーはミイミヤとなった。ミイミヤがこちらに戻ってくる。壁照明がホールの下を照らして、霧が落ちているように光がホール底部に漂っている。天井がぼんやりと照らされ、巨大な生き物の血管のような配管まみれの姿が闇の中に見える。


 漂う光の中に、人々の姿がざわざわと水草のように揺れていた。中央に立つディーの姿がひときわ目立つ。ふと、ディーが口が開いたのが見えた。話し出す。声が聞こえる。「みんな、こんな形で集まるのは初めてだろうけど、今後は、なにかあったらこういう形で集会を開くつもりだから、慣れて欲しい」ディーは言う。皆、黙って聞いている。


 会議とは言うが、実際は、それ以前に、ディーやエクスなどといった主要なメンバーや各グループのリーダーなんかで話し合っているので、確認作業に近い。俺とサンも先日、ディーから相談を受けている。こういうところはディーらしい。


 ディーは「こっちで簡単な案を考えている」といった後、いくつか案を出した。それはほとんど文句のつけようのないものであった。

 露営のために必要な物品においては、造形装置で、つくれるものはつくり、素材が足りなかったりするものは代用品を作成する。つくるのは防寒具やリュックなどだ。

 その後、選抜したメンバーで一度、遺跡で一泊してみる。次に他のグループでも訓練を行う。


 反対意見はほとんど出なかった。選抜したメンバーには、どうやらディーは参加するらしい。志願制ということで、もし参加するのなら、グループのリーダーか、自分に伝えてほしいとのことである。


 その後、いくつかの質問ののち、会議は終わった。会議というか集会と言ったほうがいいかもしれない。話し声がホールに響き、潮騒のように聞こえた。「参加するのか」とサンが問うてくる。やれと言うのならやるが、俺はそんな優秀な人間ではない。「私はしません」と言うと、「私もだ」と言う。「自分も」とミイミヤも言った。「ディーが行っちゃうから、エクスを手伝わないと」 


 たぶん、夜を明かせないということはないだろう。この世界がゲームを再現したものであるならば、ゲームで成立する事象はこの世界でも同様に成立するようになっている。なにも心配する必要はない。

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