33.墓前

 死んだ者たちの墓は拠点の横のビルにつくられた。墓といっても、造形装置で箱をつくってその中に、遺品をつめ、表面に名前を刻むだけだ。ビルの二階、大きな部屋に、それはならべられた。その部屋は窓ガラスは壊れておらず、汚れも少なかった。


 べつに誰が言い出したわけではないが、葬儀をやることになって、簡単なものを行った。葬儀といっても、墓をみんなで運んで設置し、思い思いに祈るだけだ。


 死んだのは新人たちの中から八人と、先住者の中からはエスニと、ディーたちのグループのうちのエーという男、で二人。計十人であった。まず彼ら彼女らの墓をつくり、さらにあの処分された、オウたちの墓もつくったし、サイの死体も回収してつくった。


 葬儀が終わったら、その日はそのまま訓練も探索もしないこととなった。ほとんどの者は基地に戻ったが、俺は墓場に残った。残った者はもう一人いて、見ればサンであった。


 ふたりでエスニの墓の前に立つ。墓は直方体の大きな白い箱である。表面には俺が削ったSという文字がある。

 どちらかともなく、墓前に座った。


「死んだんだな」とサンが言う。

「そうですね」

「人が死ぬと、哀しいものだな」

「ずっと一緒にいましたからね」


 それから長い沈黙。

 エスニが死んだということは、どうにも現実感がなかった。エスニとはずっと一緒にいた。いや付きまとわれていたとも言えるかもしれないが、ともかく悪い奴ではなかった。それだけは確かだ。人が死ぬのは哀しいものだ。


「呆気ないな。昨日の朝はまだ生きていたんだ。ここにある全員、死んだんだ」

「……」

「……、なあ、エス」

「なんですか」


 顔を見ると、サンはじっとエスニの墓を見つめている。


「わけもないが、腹が立つ。なんで私たちはこんなことをしているんだ?」

「……わかりません」

「本当に、人類を再興するためか? これが? こんな杜撰な、ちょっと間違えれば破綻するようなものが、あの石碑に書いている通りに人類再興計画だと? 処分するくらいなら、最初からそのような気を起こさせないように脳にチップでも埋め込めばよかっただろう。人を使い潰すなら、そもそもなんで私たちに感情を与えた」

「……」

「人類再興計画? バカを言うなよ。管理知性とはなんだ? こいつは何が目的でこんなことをしているんだ?」

「……」

「馬鹿げた話だ。……なあ、エス、お前は管理知性を倒したくないのか」


 俺はぎょっとする。


「そう驚かなくていい。反乱分子だと管理知性に疑われる心配はない。ここは基地の外だ」

「ですが」

「どうなんだ」


 問われて、考える。感知知性、管理AIを倒す、破壊する。不思議なことに考えたことがなかった。


「でももしそうしたとして基地は動かなくなるでしょう」

 基地は管理AIが管理しているのだ。

「だろうな。だが、これはそういう現実的な話をしているんじゃない。そんなことは関係なしに、エスは管理知性に腹が立たないのか。ふざけるなと思わないのか」


 思う。それは間違いがない。管理AIがゲームの世界を再現しようとしているのも、それでエスニが死んだのも、その目的に人類再興などあるわけがなくておそらく別に目的があるというのも、なにもかも腹が立った。ふざけていると思った。わけのわからない話だと感じる。

「思います」と俺は言った。


「いつか、倒す日が来るんだろうか」

 サンが言う。

「こんなふざけた世界が終わって、管理知性なんてものは消えてなくなる日が来るんだろうか。その日まで、私たちは生きていられると思うか」

「どうでしょう」

「私は生きるつもりだ」

「寿命が持たないんじゃないですか」

「意気込みだよ。その時が来るまで、エス、お前も死なないでくれ。いつか、倒される日がきっとくる。いや、倒されるじゃないな、倒す日だ。人類が管理知性を倒す日が来る。どうやってかはわからない、私は管理知性がなんなのかは知らない。わからない。だが、いつかそんな日が来ると思うと、少しは溜飲もさがるだろう」


 支配からの脱却。管理AIを破壊する。そんな日が来るかはわからない。だがそんな日が来ると信じるだけで溜飲がさがるというのは面白い考えだと思った。


「わかりました」俺は言う。「でも、人類が倒すのではなくて、私たちで倒すのはどうです」

「どうやって?」サンがきょとんとした顔をする。

「それは、わかりませんけど」

 サンは苦笑する。

「できたらいいがな」

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