49.ツケ

 一度、ミイミヤに伝えようということになって、探してみたのだが、見当たらなかった。知り合いなどに訊ねても、知らないと言う。散々探し回ったが、誰もかれも見ていないと返答するばかりであった。


 こんなことが起きてしまうと、どうしてもひとつの考えが浮かんでしまう。

 つまり、ミイミヤが計画が虚偽であることを、基地に広めたのではないか、という考えである。


 確証はない。だが、もし、そうであっても驚きはない。俺だってその気持ちはわかるからだ。この世界が滅んでしまえばいいというのもわかるし、自分だけが秘密を抱え続けるのは辛い。それに俺たちが誘ったのだから、彼女を巻き込んだと言えなくもない。サンはなにも言わず、「ディーのところに行こう」と言った。


 ディーたち指導部がいるのは、ホールからのびる一本の通路の奥で、無数の空き部屋を利用して指導部用の区画を形成している。そこに、ディーたちは自室をつくり、住んでいた。指導部と一般住人は、分離されているのだ。いつのころから、そうなっていた。サンとエクス、それにサアニもいつのころからか居住区を出て、そこに住んでいた。


 指導部へつながる通路とホールの境界には関門が設けられている。自暴自棄になった者が、指導部を襲うことがあるからだ。関門には門番がいる。

 関門といっても、造形装置でつくった柵で封鎖しているだけだ。門番は二人の男で、大柄であった。刀を手にして、立っている。


 俺とサンが近づくと、彼らは警戒の色を浮かべた。だが、俺たちが名乗ると、すぐに警戒をとく。俺とサンの名は、最初期からの生き残りとして、まだ有効であった。

 ディーに会いたいと言うと、彼らは案内をかってでてくれさえした。ありがたいが、断り、ふたりで中に入る。


 指導部区画がある通路は、他の通路とさして違いがあるわけではない。ただ人がいなかった。照明の数も少ない。

 ここに来るのはずいぶんひさしぶりだった。というか、ディーと会うこと自体が数カ月なかった。ディーとエクスがグループとして探索に参加しないようになってからは、会うことは絶無であった。


 しばらく歩くと、ちらほらと人に会い始める。誰もが俺たちのことを奇異の視線で見ていた。知り合いがいないかと思ったが、どれも知らない顔で、ようやく探し当てたのは、交差点の戦いの生き残りのひとりである女であった。


 ディーを呼んでくれないかと言うと、女は顔をしかめた。

「なぜです?」

「急用なんだ」

「ディーさんは忙しいので、無理です。面会なら予約をお願いします」

「急いでいるんだ」

 サンがいら立ちを隠さずに言う。

「ルールですから。すみません。サンさん、エスさん。言伝なら預かりますが、それ以上は……。ディーさんも多忙ですし」


 サンが言葉を失った様子で立ち尽くす。慌てて俺がひきついだ。

「落書きの件です。最近、基地や拠点で見られる、人類再興計画のマークの落書きについて」

 それを聞いて、女は眉をひそめた。

「落書き、ですか。それがなんで急用になるんですか」

 説明しようとして、躊躇う。まさかここで計画が虚偽であることなどを話すわけにはいかない。

「それが人類再興計画を否定するものだからです」

 女は呆れたといったように溜息をついた。

「そんなこと、頭のおかしくなった人が、いままでいくらでも言っていたことでしょう。ただの狂人のいたずら書きですよ。そんなもののために、ここまで来たんですか? いくらディーさんたちよりも古参だからといって、なんでもしていいってわけじゃないですよ」

「ですが」

「帰ってください。話だけは伝えておきますから。後日、呼びに行かせます」


 そう言うと、女は会釈をして、その場を去ろうとした。「いえ、ちょっと待ってください」俺は呼び止めようとして、「もういい」とサンに肩をつかまれた。「戻ろう。無理だ」


 街に戻る。大路を歩く。雑踏は、今、基地内で進展している出来事と、向かっている混乱など知る由もなく、にぎやかである。笑い声、話し声が聞こえてくる。

「ディーと話したのはもう何か月前だろうな。もう、あいつにとって、私たちの意見はそこまで重要視するものではなくなったということだ。……今まで指導部に協力してこなかったツケだな」

「……そうですね」


 反論のしようがない。

「ミイミヤも見つからない。どんどん嫌な方向へいっている気がするな。……他に指導部で知り合いはいるか?」

「サアニがいます」

「連絡はとれるか?」

「はい」


 俺は頷く。サアニは今では、複数の前哨拠点を管理する指導部の幹部になっている。


「ですが、すぐに会えるわけではないです。彼女も忙しいですから」

「それでいい。とにかくこのことを指導部の上層に知らせないといけない」


 サンの口調には焦りが見えた。

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