31.十日間

 人員の補填があったのは、オウたちの処分から翌日のことであった。ちょうど基地に全員がいるタイミングで、まるで狙いすましたかのようである。

 人数は二十人。見たところ、評価値3は見当たらない。男女は半々。S型、A型と型式もほどよくばらけている。十人ごとにエレベーターに乗ってきた。


 新人たちが来てからの過程は、ディーやミイミヤたちが来た時とそっくりだ。石碑に案内し、この世界について説明をする。新人たちの多くは最初、困惑していたものの、ともかくも俺たちの指示に従った。


 それからの工程も同様だ。外に連れていき、モンスターを見せる。以前と同じミスはせずに死体を見せただけだ。それでも新人たちの受けた衝撃は大きいようだった。武器の剣を各自に配給し、明日から戦ってもらうことを伝える。これもまた大きな反発はなかった。反発するというよりも、新人たちの多くはわけのわからない状況に困惑していて、モンスターと戦うということがどういうことなのかいまいち理解できていないのかもしれなかった。


 前回とは異なり、今回は基地の増設が行われることはなかった。居住区のベッドの数が足りず、一部が交代で床に寝ることになる。食料や水もまたあっという間に減り始める。一日に倒せる蜘蛛型の数は、現状、二から三。二十七人を支えるにはあまりに少なかった。


 溜まっていた食料が日に日に減少していく様が、管制室のモニターから観察できた。水も食料も持ってあと七日だった。七日も経てば人数分を賄えなくなる。

 そしてそれは十日間で、新人たちを、あの交差点のモンスターと戦えるまでに訓練しないとならないことを意味していた。


 新人たちはわけもわからぬままに、武器を持たされて、モンスターと戦った。ディーたちの時のように、丁寧に誰も怪我人が出ないように面倒はみれなかった。武器を渡して、扱い方を教えた後はすぐ実戦を行った。怪我人は多く出たが、幸い死者は出なかった。探索の仕方もなにも教える余裕はない。剣の扱いと、モンスターに突撃できる胆力を養生するだけだ。


 剣は振れればいいのだ。剣を持って走れればいいのだ。ためらわずに、走って、モンスターに剣を振り下ろす。恐怖心を押さえつけ、制御し、パニックにならない。それさえできればもう完璧だった。胸糞の悪い話だが、彼ら彼女らは、当然、俺たちもだが、捨て駒なのだ。高度な能力など求められてはいない。求められるのは、量産品的な能力である。


 俺たちがするのは、七日後に、交差点のモンスターに向かって全員で突撃して、人間を物として、物量作戦をしかけることだ。使い潰す駒として、最低限の基準をクリアしていればいい。最低限の基準とはつまり、黙って走って黙って剣を振るう人物であることだ。


 日一日経つごとに、新人たちの顔は険しくなっていった。現状の深刻さを理解しつつあるようであった。最初は、モンスターと戦うことを拒絶する者、俺やサンやディーに食って掛かる者が多くでたが、食料と水の枯渇や、処分のことを伝えると、それ以上は言ってこなかったし、従順に指示に従うようになった。彼らには食料と水が七日後に枯渇するために、交差点のモンスターを破壊せねばならないことを伝えた。交差点にも案内した。砂に埋まっているサイの死体を見たことが彼らに大きな衝撃を与えたようだった。彼らが反発することはもうほとんど無かった。もはや自分たちに選択肢はないことを自覚したのだろう。唯々諾々と戦闘訓練をこなすようになった。協力的にさえなって、意見を出すものまであらわれた。ただ、反発はなくなったが。取り乱す者、パニックになる者は依然としてあった。だが、それは少数だ。


 正直、彼らにこのような粗雑な扱いをすることは俺としても嫌なことであった。だが、もしそうせずにいたら早晩食料は枯渇する。現状、俺たちは管理AIから尻を叩かれているのだ。走るしかない。鞭で叩かれて走っている獣が俺たちであった。


 それでも俺としては極力、新人たちに訓練をする時は、彼らに命令をすることはしなかった。それは高潔な信念からくるものではなくて、ただ逆恨みをされて殺されたくないという一心からであったが、俺は彼らに頼み込み、彼らが自発的に、すくなくとも抵抗はせずに訓練をしてくれるようにした。俺と新人らとの間に上下関係はなく、我々は同列であると伝えておきたかった。俺は人の上に立つ柄ではないし、なにより、住民内で支配層になれば、管理知性との間で板挟みになることが目に見えている。管理知性への不満が、支配層に向かうかもしれない。それに、リーダー的立場の存在は認めるにしても、階級的絶対的な支配層の存在を管理AIが認めるとも思えないのだ。特権的な支配層の存在は明らかに基地の発展にマイナスである。


 しかし、中には新人たちを支配しようとする者もいて、その筆頭がディーであった。ディーは、新人たちに強権的に命令し、不平を言う者に対し、罰を与えることも厭わなかった。罰といっても、それは叱責程度で、暴力ではなかったが、それはかつての彼のやり方とは異なっていた。処分があってから、ディーは変貌してしまった。なにかに追い詰められているかのようであった。そうしないと全員死ぬという危機感があったのかもしれない。


 新人たちはそれぞれグループにわけられ、グループごとに先住者が数人指導にあたった。俺はエスニとふたりでひとつのグループを担当していた。このために、俺はディーがその下のグループにいかなる指導方針をとろうと口出しはしづらかった。よっぽどの横暴が見られない限りは、お互いのやりかたに口出しはしないという暗黙の了解があったからである。


 九日後には最低限の形ができた。明日には剣片手に突撃するというのに、取り乱す者は数人しか出なかった。これまでに、錯乱した者の中には、自刃した者もいたし、基地を破壊するといってエレベーターの扉に攻撃し、基地の建設ドローンによって殺された者もいた。建設ドローンが、アームで掴んで気絶させ、ダストボックスに放り込んだのである。


 しかし突撃の期日が迫ると、なぜだか反対に、そのように取り乱したりパニックに陥る者は減っていった。突撃の前日は、訓練もなく、皆が思い思いに過ごしていたのだが、その頃になると、基地に満ちていた悲壮な雰囲気はなくなり、逆に空元気ともいうべき空気感がうまれた。笑顔を浮かべる者や、歌う者、冗談を言ってふざける者が出たが、その下にはどこか乾いた感じがあった。乾いた明るさであった。悲壮を下に秘めた明るさである。もちろん、黙りこくってなにも話さずにいる者、泣く者も当然いた。


 俺は朝から、遺跡の外に出て、ひとりで過ごした。

 最近はエスニも俺の後ろについてくることがなくなった。別に仲が悪くなったわけがないが、適切な距離感というものができてきていた。


 拠点となっているビルの一階ホールには、運ばれた瓦礫や、造形装置でつくった椅子などを利用して、簡単な休憩所がつくられている。ちらほらと人がいる。エントランスホールの中央には階段があって、上階に続いている。


 休憩所から離れて、俺は階段をのぼった。階段で登れるのは二階までだ。そこから先はエレベーターが壊れていて登れない。

 二階には、テナントが入っていたのであろう空きスペースに、エレベーターホールがある。荒廃してはいるが、ガラスが無傷なので、埃や瓦礫などは少ない。床は大理石なのだろうと思うが、よくわからない。タイルかもしれない。


 ガラス窓の側に腰を下ろす。陽は射し込んでおらず、暗かった。空も見えず、見えるのは対面のビルの壁だけだ。

 眼下を見下ろすと、拠点の周囲だけ瓦礫が少なくなっているのがわかる。運搬したためである。視点を交差点方面に転じる。脳が、明日の戦闘のことを連想した。


 いくら俺たちが指導者、先住者であろうと、突撃するのは同じだ。死の危険も同程度。先住者だからといって、レーザー砲があたらないわけではない。


 成功するのだろうか、と、明日の戦闘のことを考える度に思い、その度にきっと成功するだろうと自分に言い聞かせる。


 交差点のモンスターの検証は、訓練の間にも行われており、連射間隔が再確認され、さらには実際に避けられるのか、レーザーはどこまで届くのかも確認された。どうやら、レーザーは、本来射程範囲だと思われていた地点の外まで届くようであった。射程というよりも、交差点のモンスターが接近してくる存在を危険とみなし攻撃をする範囲と言い換えたほうがいいのかもしれない。


 また、実際、じぐざぐに走ればレーザーを避けられるのかの調査も行われた。これを行ったのは、俺だ。狙撃される範囲内をじぐざぐに走って、検証した。結果は成功。あたらなかった。連射間隔が十一秒なので、十一秒になると同時に斜線に対して直角に横跳びすれば、理屈の上ではあたらないということになる。レーザーは光速なので避けれはしないが、照準から逃れることは可能である。


 ほとんど賭けだったが、この検証は成功した。おかげで、皆の士気は高まることとなった。実際に生き延びれることが実証されたのだから当然である。少なくとも捨て身の攻撃ではなくなったわけだからだ。そして、実のところ、この検証の目的はそこにあった。いくらじぐざぐに走ったらあたらないといってもそれは仮説なわけで、実証せねばならない。


 準備は完璧だった。考えうる限りの可能性を検討し、作戦をたてた。モンスターに攻撃可能な位置まできたときにどうやって攻撃するか、誰が指示を出すか、どのような順番で突撃するか。配置は? 日時は?

 あとはやるだけなのだ。


 作戦はきっと成功するだろう。それを俺は疑っていない。だがしかし気分は晴れなかった。なぜか? 作戦の成功と、俺の生き死には別だからである。

 死。それはやはり、怖い。パニックになるほどではないし、泣き叫ぶほどでもない。それでも嫌なものは嫌だし、恐いものは恐い。それは本能的なもので、どうしようもないことだ。死の恐怖を克服することはきっと俺にはできないだろう。


 明日の今頃にはもう作戦は終わっている。決行は朝だ。明日の今頃、俺は生きているのか? わからない。それがなんだか不思議な気持ちだった。


 その日は結局、一日中、その場所で過ごして、誰とも話さなかった。

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