30.駒扱い

 基地に戻ると、ディーたちはすぐに見つかった。


 基地の一角。廊下の突き当りに、空き部屋がある。おそらくなんらかの設備が建設される予定なのであろうが、今は設備も何もない。

 そしてその空き部屋が、オウたちが過ごす場所であった。それはこの空き部屋が、外に繋がるエレベーターからもっとも離れた場所にあることに関係しているのだろう。


 オウ以下四人は一日をこの小さな部屋の中で過ごす。外に出るのはトイレやシャワー、食事の時だけだ。それも、人がいないタイミングを見計らっている。

 彼らの中にはまともに会話ができない者から、比較的会話のできる者までいる。大抵部屋の隅に座り込むか横になって虚空を見つめるか、寝るか、独り言を言うなりして時間を潰している。


 一度ディーたちのグループのひとりが無理矢理外に連れ出そうとして以来、彼らは自分たち以外が室内に入るのに酷く怯えるようになっていた。

 基地の部屋には扉がないので、前を通るとうっすらと中の様子が見えるのだが、それだけでも怯える始末である。


 ディーたち四人は、その空き部屋の前に立っていた。近づいてくる俺たちに気がつく様子もなく、なにやら三人で壁を叩いて怒鳴っている。近くによって、思わず端にいたミイミヤの肩を掴む。彼女がバッとこちらを振り向いた。泣きそうな顔をしている。俺の顔を見て「エス」と言った。


「どうしたんです?」


 尋ねる。彼女の後ろにいる三人も俺の方を見る。


「扉が、閉まって開かないんです」

「扉?」

 思わずオウム返しをする。扉なんてない筈だ。

「急に閉まってきて、叩いてるんだけど反応がなくて」


 ミイミヤの指さす方に視線を向ける。そこにあるのは壁だけである。壁? ふとここで俺は違和感を覚えた。なんで壁があるんだ? ここには空き部屋の入口があった。あたりを見ても入口は見当たらない。しかし、記憶ではこの位置に入口があったはずである。それなのに、壁?


 そこまで考えて、ようやく俺はミイミヤの言っていることを理解した。


 扉が閉まってきたとは言葉通りの意味であるのだ。ミイミヤたちが叩いているのは、扉なのだ。今までは隠れていた扉があたかもシャッターのように閉じて、入口を封鎖している。扉というか、シャッターがイメージに近い。気づかなかったが、隠されていたのだろうか。


 シャッターと壁の見分けはほとんどつかない。壁との隙間もなく、段差もない。材質もまったく同じだ。ただし少しだけ色が違う。それだけが相違点である。


「閉じ込められているんですか。いつから」

「本当についさっきで、ちょっと目を離してたら、急に」

「中から応答は?」


 ミイミヤは深刻な表情で首を振った。

 後ろに立つディーたちも呆然とした様子で、今は扉を叩くのをやめて、俺の方を見ていた。


 まさかこんなすぐに予想が現実のものになるとは思わなかった。少し、自分が混乱しているのがわかる。小さく深呼吸をする。

「おい、これは」サンが小声で話しかけてくる。「……そう、でしょうね」

 サンは険しい顔で扉を見つめ、「そうか」と言葉をこぼした。


 扉が開いたのは、それから間もなくしてからであった。

 音もなく、扉は開いた。真っ先に部屋の中に入ったのはディーだった。あとに続く。

 部屋の中は嘘のように静かであった。入って真っ先に思ったのは、寒い、ということだった。明らかに気温が室外と比べて低かった。


 ぐるりを見渡す。壁と床。見えるのはそれだけだ。部屋の隅に、ドラム缶のような清掃ロボットが鎮座していて、少し驚く。清掃ロボットは以前の建設ラッシュで設置されたものだ。基地内を周回し、集めたごみをダストボックスに投棄している。おそらく扉が閉まったのに巻き込まれたのだろう。それ以外にはなにもない。


 「誰も、いないのか?」とディーが言う。が、それに反応する声はゼロだ。暗い部屋の中、目を凝らして探すが、人の痕跡すら見当たらない。


 忽然と部屋の中にいた四人は消失してしまっていた。言えるのはそれだけだった。部屋の隅に残っていた清掃ロボットが、俺たちの脇を通り過ぎて廊下に出る。清掃ロボットの側面には溜まったゴミの量を表示するライトがあるのだが、それが満杯を表しているのがちらりと見える。しばらく全員で部屋の中を探したが、なにも見つからない。髪の毛や、臭いさえなにも残っていないのだ。


 皆の顔に困惑の表情が浮かんでいた。誰も何もしゃべらず、呆然とした様子で立ち尽くしたり、顔を見合わせたりする。サンが、その沈黙を破るようにふと「清掃ロボットだ」と言った。「どこにいった?」「廊下に出てったけど、その先は、わからない」


「ダストボックスかも」

 エスニが言う。清掃ロボット。その単語を聞いて、まさか、と俺は思った。嫌な想像が脳裡をよぎる。誰ともなしに、部屋を出て、皆がダストボックスに無言で走りだした。


 ダストボックスがあるのはホールからのびる通路の最奥である。ダストボックスは、大きな金属製の箱だ。上部が開閉し、中にゴミを入れることができる。入れたゴミはいつのまにか消えており、満杯になることはない。清掃ロボットも、このダストボックスにゴミを捨てていた。


 ダストボックスのある廊下を走ると、前方から清掃ロボットが戻ってくるのが見えた。清掃ロボットの側面にゴミの量の表示は空であることをしめしている。既に捨てた後だ。無視してダストボックスの前に来る。先頭を走るサンが、ダストボックスの蓋に手をかけ、開けた。


 むせ返るほどの血の臭いが、蓋を開けた瞬間に、あたりに充満した。思わず吐きそうになる。鼻をつまむ。悪い予感が的中した、と俺は直感した。サンは蓋を開け、ダストボックスの中を見つめたまま硬直していた。誰かが、中を見たのだろう、悲鳴をあげる。


 俺はサンの横に立ち、ダストボックスの中を覗き込んだ。目の中に飛び込んできた光景は、赤色、であった。赤い吐瀉物のようなものが、ダストボックスの中に詰まっている。白い破片、髪の毛、がところどころ混じっている。破れた布が見えた。それは俺たちが着ている服と同じものであった。


 オウたちであった。


 そっとサンが蓋を閉めた。エスニが顔面を蒼白にし、今にも泣きだそうな顔で、俺を見ていた。「殺されたの」と言う。俺は頷きを返す。皆、動揺を隠せてはいなかった。ディーが「いったん離れよう」と言って、俺たちはホールに向かった。


 ホールに戻り、全員が座り込む。「なにが起きたんだ」とディーたちのグループの男が呟く。「わからない」と、ディーは首を振る。


「殺されたんだ」

 サンが言った。

「管理知性に」


 この言葉にディーが怪訝そうに「どういうこと」と言った。「殺されたって?」ミイミヤたち、ディーのグループの面々がサンを見る。サンは俺の方を見て、アイコンタクトをした。俺に話せと言っているらしい。


「その、私が話したんです。さっきはそれを皆に知らせようと戻ってきたんです。間に合わなかったですけど」

「……話してくれないか」

 ディーが真剣な目つきで俺を見る。

「石碑の文ですよ」と、俺はざっとサンとエスニに話したことと同じことを語った。


 語り終えた時、ディーたちの表情は一様に重苦しかった。

「なるほど、確かに、それなら筋は通ってる」ディーが言う。

「処分と増産」とミイミヤ。「なんだか、嫌な感じ」

「駒扱いされて?」とサンが言う。

「はい。そうですね」


「駒なんだろう。管理AIにとって、私たちは。奴にとって大事なのは人類の再興であって、個々の人間ではないからな」

「……でも、嫌です」

「私もだ。たとえ捨てるのが合理的でも駒の立場からしたらそんなのは関係がない」サンがそう言って笑った。


「今ので処分は終わったってことになるな。処分っていうのは嫌な言い方だが」

 サンが言う。

「それに、人数の心配もしなくていいわけだ。エスの予想が正しければ、管理AIの方で補填してくれる」

「……いつやるのかな」と、ディー。

「案外、すぐに。もしかしたら、もうやってるかもしれない」

 ホールのエレベーターを全員が見る。音はしない。しかし、その扉はすぐに開くだろう。


「馬鹿にされてる気分だ」と誰かが言った。

 まったく同感だ、と俺は思った。

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