29.処分と増産

「人数が必要だ。射程距離が二百メートル。そこまで行くのに、まあだいたい五十秒はかかるとみていい。多めに見て一分。連射速度が十一秒。なら一分で六回撃てる。全部避けれたらいいけど、もし全部命中したら、七人でひとりしかたどり着けない。モンスターを倒すなら最低三人は欲しい」


 と、ディーが言った。昨日のことだ、俺たちは基地に戻り、話し合った。


「けど、それでも不安だ。基地にいる全員でやらないと駄目だ。十人いれば、撃たれたとしても四人はたどり着ける。だけど、オウたちは、……難しいだろうな」

「レーザー砲の射程範囲に突撃しろなんて言われて首を縦に振るわけないだろ。死ねと言っているようなもんだ。死にたくないから基地にこもっているのに、そんな提案に耳を貸すわけない」

「どうしたらいいかな……」


 ディーが顔をしかめる。

 しばらく話し合いは続いたが、結局、オウたちの説得は全員で行うこととなった。彼ら抜きでやるのはあくまで最終手段だ。しかし、彼らが説得には応じないであろうという予感が俺にはあった。


 夜が明け、今日になって、ひとまずディーたちに説得をまかせ、俺たちは交差点方面と壁方面からそれぞれ侵入してくるモンスターを間引きにいった。昼までには間引きは終わったのだが、俺たちは帰らなかった。


 適当な瓦礫に三人で座り込む。

 場所は交差点の前、射程範囲のぎりぎり外である。前方には、干からびた死体が見える。なぜだか腐敗はせず、干物のように乾燥している。もしかした菌も微生物もこの世界にはもういないのかもしれない。死体は砂に半分埋もれ、靴の先端が突き出ている。下半身しかないサイの死体は、埋葬することもできずに、射程範囲の目印の役割を果たしていた。


 サンは瓦礫に腰かけ、交差点の奥をじっと眺めている。エスニは小石を掌でいじくりながら地面を見つめている。俺と言えば空を見上げる。誰も何も話さない。静寂が場を満たしている。だが、その静寂はなんだか、焦燥感を募らすばかりである。このままこうしているわけにはいかないと思っているのだが、腰がどうにもあがらない。


 基地で行われている説得の様子を考えると憂鬱な気分になる。そして、それが俺をこの場にとどまらせる原因であった。説得は失敗に終わるだろう。彼らとの間の溝がより深まるだけだ。

 ディーたちの説得に、オウたちが応じるとはとても思えない。そもそも話が通じるかもあやしい者もいる。死にたくないと引きこもっている奴に死ねと言って応じるわけがないのだ。


 それに、オウたち、引きこもる彼らの気持ちも理解できる。そりゃあ、モンスターと戦うのは怖いだろう。俺たちには別に使命もなにもあるわけではない。突然、基地で目覚めて、石碑に書かれていた通りに戦っているだけだ。うまくいっている時ならまだしも、死者も出て先行きが暗くなったなら、こんな状況は御免だと思うのも自然な成り行きである。


 死にたくないというのは人間の当然な欲求だ。死の危険を避けるというのも、そうだ。


 それに実際、交差点のモンスターと戦わずに、交差点方面と壁方面から侵入してくる蜘蛛型を倒していれば、食料も水も当分の心配はない。現在の基地の人口が十人。この場合、だいたい一日二体モンスターを倒せば充分なのである。


 命を賭して進まずとも、生きていくことはできる。もちろん、オウたちのようにまったく基地の外に出ないのならば、早晩餓死するのだが、侵入してくる蜘蛛型を毎日倒せば、生きていくことだけならできるのだ。


 むしろ、なんとしてでも交差点のモンスターを倒そうとしている俺たちのほうがおかしいのかもしれない。

 俺たちが死ぬかもしれない戦いをして探索範囲を広げる必要がどこにあるのだろうというのか? 現状を維持していくだけで、生きていくことはできるのだ。地道にモンスターを倒し続ければ、基地の設備も遅々としたはやさではあるが増築改築を成されていくだろう。


 オウたちのように一切の戦闘を拒絶するまでにはいかないにせよ、交差点の先を危険を冒して目指すことはせずに、地道に細々と生きていくことが、悪いアイデアだとは思えない。


 一日明けて冷静になり、交差点のモンスターを倒すには多大な犠牲が必要であることを改めて理解した結果、現状の選択に対し俺は疑義を生じてしまった。


 あのホールの石碑に書かれているように、モンスターを倒し続けるのは、果たして本当に正しいのか? という疑念。ディーがエレベーターから出てきた日に言ったが、あの石碑こそが俺たちの行動指針なのだ。あれに従っていた。だから、今まで俺たちはモンスターを倒してきたといって過言ではない。しかし、自分の命を捨ててまで達成すべき使命であるか、というと誰も首を縦にはふれない。基地の発展は俺たちの命を捨ててまで成すべき使命ではないのだ。


 走り続けてきていたのが、壁に直面して、立ち止まり、自分が今まで走ってきたのは果たしてなんだったのか? 自分はこの壁を乗り越えてさらに進んでいくべきか? と、突如として疑問を抱く、というのが現今の俺の状態であった。


 正直なところ、俺はオウの主張に、死にたくないという主張に傾きかけていた。半分は傾いている。前進をやめ、安全策をとり、冒険をしない。悪くないアイデア。むしろ命をすり減らして前進するよりも遥かに賢明である。


 だが、なぜだか俺はその主張に全面的に賛成することができなかった。なにか引っかかりがあるのだ。なにか、その主張に賛同することができない。オウの主張が誤りであるとさえ、俺は思っていた。明瞭な理由があるわけではない。漠然とした忌避感がある。それだけはやってはいけない、という感覚。


「……そろそろ、基地に戻るか」


 つらつらと考えていると、ふとサンが言った。俺は思考を中断し、顔をあげて、サンを見る。しかし彼女は立ち上がる様子がない。基地の方を見て、言葉をこぼす。


「ディーたちも、もしかしたら感化されてるかもな。オウの主張に」

「……戦わないで閉じこもるのにですか?」

「そうだ。実際のところ、ふたりはどう思ってる? オウたちの主張。私は一理あるとは思う。少なくとも、まったくモンスターと戦わないのは無理だが、交差点から先には進まないでいるのも、ひとつの選択ではある」


 サンが俺とエスニを見つめる。俺は少し驚いた。サンもまた俺と同じことを考えていたのだ。


「今朝になって改めて考えてみると、べつに交差点の先に進むことに固執する必要はないだろうと思ってな。交差点の奴と戦ったら、たぶん半数は死ぬ。そこまでして先に進む意味はあるのか? ……そう考えると、今やっていることが疑問に思えてくる。オウは別として、他の奴らはあの交差点のモンスターと戦うのを拒否して閉じこもっているんだから、交差点の先には進まないことにしたら、あいつらも正気を取り戻すはずだ」


 サンは滔々と語る。それは俺たちに向かって話しているというより、まるで自分自身に向けて語っているかのようである。


「ふたりは死んでもいいのか? 交差点の奴と戦って。私は、嫌だ。それしかないのならばやるが……。死ぬ必要もないのに死にたくはない」

「そうですね。私も死にたくはないです」「私も」エスニが頷く。エスニも同意見らしい。

「ただ、……その、なんというか」

「ただ? どうした」

「なにか、それだけはやってはいけない、というような気がするんです。前進をやめるのが、駄目なことのような気がします」


 と、俺が言うと、サンが目を丸くした。エスニもまた驚いたように口をぽかんと開ける。


「エスもか?」「エスもなの?」

 二人が同時に言う。

「え?」

「実は、私もそう感じるんだ。なにか、大事なことを見落としている気がする。それはやるべきではないような気がする」


 サンが考え込む。

「……命令というか、ルールみたいなのがあったような」と、エスニが呟いた。

「ルール……」サンがその単語に反応する。

「ルール、そうだ。ルールだ。決まりがあったはずだ」

「石碑」俺は思わず言った。


 サンが大きな声を出す。

「石碑だ! そうだ、石碑の最後の文。『管理知性に従うこと』」

 マシンガンのようにサンは話し出した。

「管理知性の目的は人類の再興で、前進をやめることはその目的に反している。人類を再興するということは人口を増やさないといけない。それだけで文明社会を構成できるだけの人口が必要になる。人数を増やし維持するにはモンスターの素材が必要だ。そしてそのためには探索範囲を広げる必要がある。なら、探索範囲を広げないことは管理知性に反目することを意味する」

「……けど、従わなかったらどうなるんだろ」


 エスニが呟く。サンは「さあ」とわざとらしく肩をすくめたあと、「殺されるとかか」と皮肉に言った。

「もしそうなら、逃げるのは許されない」

「まあ、逃げて管理知性に殺されるか、それともレーザーに撃たれて殺されるかの違いだが、レーザーはもしかしたら当たらないで済むかもしれないからな。となると、戦った方がいい。進むも地獄退くも地獄ではあるが、進んだ方がまだマシな地獄だな」

「けど、管理知性が殺すってどうやって?」

「わからない。まあこれは仮説だ。あの石碑の文はただの心構え的なものかもしれないしな」


 サンとエスニは話し続ける。だが、その内容はもうほとんど俺の頭の中に入ってこなかった。

 管理知性。その単語を聞いた瞬間、脳内に電流が走ったかのような衝撃を覚えた。

 管理AI。そうだ。まったくその通りだ。すっかり忘れていた。基地にいるのは俺たちだけではないのだ。いや、管理AIが存在すること自体は忘れていなかったのだが、管理AIが自発的なアクションをとれることをすっかり失念していた。俺は管理AIを、基地の増築と設備の建設と人間の生産、各種資源や素材の管理を行うシステムのように感じていたのだ。あるいは観察者のようなもので、俺たちにはまったく干渉してこない存在。だが、当然、その認識は誤っている。


 滞っていた思考が管理AIの単語を聞いたと同時に、まるで堰を切ったかのように頭の中で氾濫した。今までの停滞を取り戻すかのように、凄まじい速度で脳が回転し、思考が展開されていく。


 そうだ。確かに、交差点の先に進まずとも、前進せずとも、生存は可能である。 

 しかし、それは管理AIの存在を忘れている。

 俺たちが交差点のモンスターを倒さずに、いつまでも探索範囲を拡大しなかったならば、管理AIはどうする?

 処分するだろう。俺たちを。全員ではないにせよ、一部を処分する。


 管理AIが、ゲームの世界を再現しようとした存在であるとしても、今までとってきた行動、基地の増築、設備の建設や人間の生産などの行動を鑑みると、その行おうとしていることが、実際に基地の発展にあると考えるのが最も自然である。


 その目的が果たして人類の再興であるかと言われると、首肯しずらい。なにか別の目的があるのかもしれないし、おそらくその可能性が高いと思う。が、しかし、ともかく、基地の発展ということを成そうとしているのは間違いがない。


 基地の発展のためには、非協力的な人員を如何様にすべきか?

 この世界はゲームではないが、酷似しているのは確かなのだから、この場合もゲームをサンプルに推論してもいいだろう。ただ、ゲームではこんな状況はおこらなかった。反乱イベントぐらいだろうか。それも、反乱しているキャラを選択して処分するだけである。しかし、オウたちのやっている行動も、広義の意味では反乱に入るのかもしれない。


 ともかく、反乱を行ったキャラへの対処はひとつだけ。

 処分だ。


 もちろん処分をしたからといって、反乱がおこる原因となった問題を解決しないと、また別のグループや個人が反乱を起こし、最終的にゲームオーバーとなる。ゲームにおいては大体、探索で人の負傷率が高いとか食料が少ないとか、そんな感じであった。だいたい設備をアップデートか、人を増やすか減らすかすれば解決する。


 この世界は別にゲームの世界ではないので、これらがまるきりそのまま当てはまるわけではないが、しかし処分されるというのは、かなり可能性が高いと思う。管理側からしたら、オウたちの思想が俺たちに伝播するのは避けたいだろう。


 オウたちを処分し、残りの人員に発破をかける。

 悪くない方法である。少なくとも管理側からしてみれば、だ。俺たち住人からしたらたまったものではない。


 だが、発破をかけたところで、反乱の原因となった問題を解決せねばならない。ゲームにおいては、それは設備の建設や改築、人口の増減で解決できた。この世界ではどうだろう? 武器をつくろうにも武器はモンスターの器官を利用しているので、強力な武器は強力なモンスターの素材でないとつくれない。つまり設備を増設しても意味がない。


 ならば人口を増やす?

 これはいい方法だ。武器が駄目なら数で押し切る。

 ゲームの方法は総じて、この世界でも有用でありそうであった。他の有用な方法はちょっと考えつかない。だから、管理AIもこの方法を使用するだろうと、いったん考える。


 人口を増やす。人間を生産する。数で押し通す。人海戦術。これが現状を打破するための有効な一手だ。

 人間の生産には当然人間の材料が必要なわけだが、これまで倒したモンスターの数から推測するに、基地には十全な備蓄がある。


 つまり、管理AIの取るべき方策は、速やかな反乱分子の処分と人間の増産、ということになる。

 問題は、いつその方策を実行すると管理AIが判断するかだ。それは今すぐにでもおかしくはない。管理AIがどのような存在であれ、彼の存在が、現状を詰んでいると判断した段階で、それは実行される。


 今まで管理AIが何らのアクションを起こさなかったのは、なにか理由があるのだろうか? それはわからない。例えば、人間を増産するならば、別に俺たちが蜘蛛型を解剖したり石を投げたりして時間を消費する前に行えばよかったのだ。そうすれば反乱分子の数が増えることもないし、もしかしたら処分もする必要がなかったかもしれない。


 管理AIの考えはよくわからない。ただ単に管理AIがまだこの問題を認識していないだけかもしれないし、なにか考えがあるのかもしれない。だが、もし俺たちがこのまま交差点のモンスターを倒さずに居続けたら、流石に管理AIもアクションを起こさねばならない。これだけは事実だ。いつアクションを起こしてもおかしくはないのだ。一分後かもしれないし、明日かもしれない。


 そして十中八九、まっさきに処分されるのはオウたちだ。彼らが反乱分子であることは明白である。


 基地に戻らなくては、と俺は思った。

 ひょっとしたら、既に処分されているかもしれないが、このことを伝えられれば王たちを説得できるかもしれない。せめてディーたちには伝えないと、もし彼らもオウたちに感化されれば全員処分されかねない。


「もう戻りませんか」


 冷静に言ったつもりだったが、おもったよりも切迫した声が出た。何事かとサンとエスニが顔をあげる。「どうした?」とサンが問うてくる。「ひょっとしたら、その

話、案外与太ではないかもしれません」「管理知性が殺すって話が?」「そうです」俺は立ち上がり、速足で歩き出した。サンとエスニが慌てて後を追ってくる。


「どういうことだ?」

 サンが幾分、真剣な顔つきで尋ねてくる。歩きながら、俺はざっとさきほどの推論を聞かせた。


「なるほど」

 話を終え、サンは唸った。

「確かにありえなくはない。管理AIが観察者、システムではなく、明確な意思を持った能動的な管理者であるかもしれないっていうのはありえる話だ。私の思い付きも存外、的外れではないかもしれない。だが、それは予想だ。それほど血相を変えてるってことは、予想が真実であることを確信しているんだろう。その確信の根拠はなんだ?」


 返答しようとして言葉に詰まる。俺の推論の根拠には、この世界がゲームと酷似しているという前提がある。無論、そのことはサンに話していない。まさか今そのことを話しても、信頼はされないだろう。俺は咄嗟に言う。


「勘です。なんとなく嫌な予感がするんです。それだけで……」

 サンが溜息を吐く。「……まあ、それでいい。とにかく、可能性としては充分にある話だろう」

 黙って聞いていたエスニが無言で同意を示すように頷いている。

「なら急ごう。人が死ぬのは気分が悪い」

「そうですね」


 俺たちは少し歩調を速めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る