28.じぐざぐ

 投げられた二つの小石は、放物線を描き、空高くまで到達する。ひとつが頂点に達したのち、落下を始めるが、半分程度まで落ちたところで、とつぜん、ぼんと音がして花火のように爆発した。


 狙撃されたのだ。


 さらに続いて、二つ目の石が、ほとんど同じ軌跡を描いて、頂点まで達したのち、落下を開始した。今度は、地面まで半分の位置まで来ても爆発はしない。一秒、二秒経ち、とうとう地面まで四分の一の高さまで落ちる。ぐんぐんスピードをあげ、もうすこしで地面に衝突する、と思った瞬間、またもやぼんっと音がして、石は爆発した。


 石を投げたミイミヤは「よし」と頷きガッツポーズ。隣に立つサンが、「十一秒」と小さく言った。「エスは」「十一秒です」「エスニは」「うん、同じ」


 俺たちは交差点の前にいた。モンスターの狙撃範囲から少し離れた場所に立っている。計っているのは、狙撃のインターバルであった。二つの石を、モンスターのいるであろう交差点の向こう側に、少し間隔をあけて投げる。すると、そのどちらもモンスターが狙撃するのだが、それによって、狙撃のインターバルを計測することができる、という寸法であった。


 だが、これが難しい。

 最初は、サイが撃たれた場所のあたり、つまり狙撃範囲ぎりぎりの場所に石などを投げるだけで、それを狙撃するだろうと思っていた。だが、どうやらそう簡単にことは運ばないようで、モンスターに狙撃させるにはそれが明確に危険なものと意識させる必要があるのだ。つまり石をまったくモンスターに当たらない場所に投げ入れても、当たり前だがモンスターは反応しない。


 狙撃させるには石をモンスターに当たるように投げねばならない。しかし、モンスターがどこにいるかわからない。そのため、しらみつぶしに石を投げていく必要がある。


 モンスターのいるであろう場所に石を投げ続けると、稀に空中で爆発する。これを何度か繰り返し、どのあたりに投げると爆発するか集計すると、モンスターの位置が推測できるのだ。


 で、石を投げる。造形装置でつくった布で投石器をつくったりして、とにかく投げまくる。うまい具合にモンスターにあたる軌跡をとると、狙撃されるのだが、これが困難を極めた。モンスターのいるであろう場所までは、おおよそ百メートル以上は優にある。投げるだけなら可能だが、狙うとなると難しい。下手な鉄砲も数うてばあたるのだから、とにかく投げまくるしかない。二日ほど投げ続け、結果、モンスターがいるのは、瓦礫の山の麓、少し砂の盛り上がったあたりだとわかった。吹き溜まりのようになっている場所があるのだ。おそらく砂の中に身を隠しているのだろう。


 そうして場所が推測できたならば、ようやく本題に入れる。つまりインターバルの確認である。なぜインターバルを把握するかと言うに、それがモンスターに接近する方法の糸口になるかもしれないと考えたからだ。もしも発射の間隔が一分程度あれば、それまでにモンスターに接近し破壊することが可能である。それを期待していたのだ。

 まあ、ついさっきその希望は潰えたのだが……。


 二日間、俺たちのグループと、最も投石が得意であったミイミヤ、この五人で石を投げ続け、モンスターの位置を推測。そのあとも一日かけて石を投げ、ようやく二回連続でモンスターに狙撃させたのが、おおよそ一時間ぐらい前だ。それからはいい流れが来たのか、ミイミヤとサンがそれぞれ一回成功。そして、その結果として、狙撃間隔が十一秒であることが判明した。


 先ほどのミイミヤの投石は、最後にもう一度検証しようと行ったものであった。結果は十一秒。もうこれで間違いはない。インターバル中にモンスターに接近するのは不可能である。


 拠点に戻ると、ディーたちのグループが戻っていた。侵入してくるモンスターを倒してきたのだろう。拠点の中に一体だけモンスターの死骸があり、ディーたちはその周りに集まっている。

 拠点左方向、壁がある方向からも、右方向、交差点のある方向からも、どういうわけか蜘蛛型モンスターは侵入してくる。壁に関しては乗り越えているのだろうが、あのレーザー砲のモンスターがいる交差点をどうやって通過しているのかはわからない。どうやらモンスターは夜に行動しているようで、確認のしようがないのだ。夜の遺跡は真っ暗闇で、人間の目ではなにも見ることができない。


 ただモンスターが通過できるということは、なにかそこに手がかりあるだろうということで、倒したモンスターの観察を行っているのだ。モンスターが通過できるなら、人間にもできるかもしれない。モンスター自体を詳細に観察したことは意外と少ないので、調べたらなにか発見するかもしれない。拠点にあるのはもう数日も前に倒したものである。


 ちなみに投石機をつくる案や、モンスターの射程距離の抜け道を調べる、瓦礫で道をつくる案は却下された。投石機はそもそもつくりかたがわからない。素人が一朝一夕でつくれるものではない。射程距離の抜け道はそもそも確かめ方が、現状、自分の体で調べるしかないのだから、調べるのはほとんど不可能である。どこが危険か、どこが狙撃されるかは、狙撃されないとわからないのだ。そして狙撃されると死ぬ。瓦礫で道をつくる案は、交差点にまったく巨大な瓦礫が存在しないことを理由として実行に移されなかった。そこにだけ瓦礫が無い。つまり何らかの理由で除去されたということで、その理由はレーザー砲以外考えられないからである。


 俺たちがひたすら石を投げていた間、ディーたちは蜘蛛型を解剖していた。部位ごとに分解して、機能を確認する。モンスターの身体構造は、甲殻類や虫、蜘蛛なんかがイメージに一番近い。金属のような外殻があり、内部に人工筋肉、内臓、脳などの生体部分と、配線やカメラなどなど機械部分が入っている。


 それだけでもかなり興味深いのだが、今回重要なのは外殻である。モンスターがレーザー砲の射程範囲を通過できるのは、外殻になにか秘密があると考えられるからである。


 まず最初に、外殻がレーザー砲をはじいたり、高い防御性があるのではないかとディーたちは考えた。だが、一度石と同様、モンスターに投げてみたが普通に爆発したのでこれは違った。


 次に、レーザー砲が石に反応するということは、なんらかの方法で外部を視認しているということだから、レーダーか視覚器かを持っているはずである。蜘蛛型の外殻に、光学迷彩かステルス性があるのではないかと考えた。しかし、投擲したものが狙撃されている以上、外殻の素材そのものに光学迷彩やステルス性があるわけではない。


 つまり、それは構造にあるか、あるいはモンスターが生きている時のみに発現する効果である可能性がある。というわけで、モンスターを、射程範囲に誘導してみたところ、予想に反し、あっけなく狙撃され爆発四散した。


 これらから導き出される結論は、蜘蛛型モンスターにはレーザー砲を無効化する能力がない、ということである。狙いをつけられないほど速く動くのかもしれないと仮説を立てた者もあったが、さんざん戦闘をしてきて、蜘蛛型の走る速さが人間より少し上な程度であることは皆承知している。


 なら、どうして蜘蛛型はレーザー砲に狙撃されないで交叉点を通過できるのだろうか? それはまったくわからない。ディーたちは、先日以来、ずっとそのことを考えていたようだが、未だ手がかりすら得ていないようであった。


 分解された蜘蛛型の死骸の周囲に集まっているディーたちが、戻ってきた俺たちに気がついた。ディーの顔はやつれている。周りにいる者の顔も同様である。ディーたちのグループを見ると、以前よりも人数が少ない。


 あの死んだサイとよく一緒にいたオウという男が、基地に閉じこもるようになったのを契機として、皆の中に、ぽつぽつと精神面や体調などに不調をきたす者が現れるようになった。決定打となったのが、壁の発見であった。壁が発見され交差点方面に進むことが決定したことにより、基地に引きこもる者が続出したのである。


 引きこもるようになったのはディーたちのグループから二人、俺たちのグループから一人、ビーだ。抜け殻のように無気力状態になったり、わけのわからないことを叫び続け、幻覚を見たりと、もはや俺たちにはどうしようもなかった。彼らは今も基地内にいて、一歩も外に出ようとはしない。

 死者が出た、という事実は、かなりのストレスを皆に与えていたのだ。自身が明日には死んでいるかもしれないという事実を、サイの死によって実感させられてしまった。


 もちろん、今までも死の危険はあった。蜘蛛型との戦闘も少し気を抜けば、死ぬ。しかし、今まで死者がいなかったということが、その現実を直視することを妨げていた。


 今、ディーたちのグループでまともに活動できるのは、ディーと他二人だけだ。


「おかえり。どうだった」


 ディーが訊ねてくる。


「十一秒だ。前回と結果は変わらない。接近は無理だな」


 サイが返答すると、ディーは溜息をつく。


「そうか、こっちも駄目だよ。なにも進展はない」

「……ああ、そうか。光明は見えたか」


 そう言われたディーはじっと地面を見つめたのち、「見えない。なにも。どうやって。モンスターがレーザーを避けてるのか。見当もつかない。正直、お手上げだよ」

 ディーたちの表情は暗い。冗談ではなく本気でそう思っているのだろう。なら、いつまでこれを続けていてもしかたがない。俺はディーを見て、言った。

「調べるのはまだ続けますか。もう、終わりにしてもいいと思いますよ。ディーたちはもう充分調べ尽くしたでしょうし、これ以上やってもなにもわからないと思います。なにか別の方法でアプローチしないと」


 ディーが驚いたように言う。

「別の方法?」

「私もまだ正確には思いつけませんけど。とりあえず、蜘蛛型はレーザーを無効化できるわけではないってことは確定でいいですよね。でも、蜘蛛型は交差点を通過している。なら、考えられるのは、二つ、射程範囲外を通っているか、それとも、避けているか」

「避ける? レーザーを?」

「いやまあ、可能性として言っただけで、避けられるのかはわからないですよ」


 実際、可能なのだろうか。レーザーを避けるなど。考えていると、サンが少し笑いながら「ジグザグに走るとかか」と言った。

「そんな古典的な……」「レーザーだろ? そんなことって」

 と皆反応し、笑い合うが、

「いや」とサンが笑みを消して唐突に真剣な顔つきになった。何事かと笑いがピタリと止む。


「案外、そうなのかもしれない。狙撃の間隔が十一秒なら、できるんじゃないか。いくらレーザーが光の速さだからだといって、照準が合わせられないなら当たらない」

「え、ええ? いや、そんな簡単な」誰かが言う。

「なら、蜘蛛型もジグザグに走って交差点を抜けているんですか?」と俺が訊ねる。

「そうなるな」

「それでも、全部、避けれるものなんでしょうか。一体ぐらい狙撃されたりしそうですよね。でも、交差点でモンスターの死骸は見ていない」


 俺が話していると、それを遮るように「あ」とエスニが言う。話をやめ、エスニを見ると、窺うように俺の目を見ておずおずと「あ、あの。もしかしたら、私、見たことあるかも」「え」「蜘蛛型の死体」「どこでだ」とサン。


「直接じゃなくて。その、交差点の地面に、たまに黒いのが落ちていることがたまにあって、黒い破片みたいな。遠くからだからよく見えないけど、もしかしたら」

 交差点の地面に? 見た覚えがない。しかし、なら毎日交差点を精細に観察しているかというと自信がない。見落としや気がついていないということも充分ありえる。「……い、変わった色の石だと思って。あの、わざと報告しなかったわけじゃなくて」あたふとエスニが言う。

「いや、かまわない。それ、他に見たやついるか?」サンが皆に訊ねる。すると二人ほど手をあげる。ミイミヤと、もうひとりディーたちグループの奴。

「私も何回か見たことある」「俺も、前に一回だけ」


 サイが腕組みをして、うーんと唸る。

「最後に見たのはいつだ」

「昨日」「私も」「俺はもっと前。三日ぐらい前だ」

「昨日か。ディー、その日、交差点方向のモンスターの侵入数は?」

「……ゼロだ」

「三日前は」

「一体。でもいつもは二体が多いから、少ないね」


 俺は思わず苦笑してしまう。なんとまあ、わかりやすい話だったのだろう。

「これは、決まりですかね」

 サイが頷く。

「ああ、避けてるんだな。蜘蛛型は。たぶん、じぐざぐに走って」


 そして、それは俺たちもまた、交差点のモンスターに接近するためには、そうしなければならないということを意味している。じぐざぐに走る俺たちの姿はさぞ間抜けなことだろう。だが、やらねばならない。


「死ぬ奴も出るだろうな」とサンが言って、皆が沈鬱な表情をした。他に方法があればいいが、これしかないのだ。しかし、気分が沈むのは避けられなかった。本当にこれしかないのだな、という諦念とやるせなさが胸を満たしていた。

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