27.壁

「じゃあ、どうするの」


 誰かが呟いた。だが、その言葉に返答する者はなかった。

 最近は明るい雰囲気であった食事の席は、今や沈鬱として、息苦しくかんじられるほどである。食事も早々に、話題は、例のモンスターに移った。モンスターにどう対処すべきか。


「倒すか、それとも反対方向に行ってみるか」

 と、しばらくの静寂ののち、ふとサンが答える。

「倒せるのか」

「……わからない」

「わかんないって、そんなの」


 いつもは話し合いを主導するディーが今回は沈黙を保っている。そのために、会議はまったくまとまらず、進まなかった。こういう時に騒がしいオウは、部屋の隅でうつろな目をしてうずくまっている。


「かなり、難しいでしょうね。倒すのは。こちらには遠距離攻撃の手段が無いですし、」

「石。石は?」

 と、エスニ。

「投石器でもつくるか? それも悪くはないかもな。つくれるのかわからないが」

 サンが言う。


「いや、もしかしたら抜け道があるかもしれない。射程からうまく外れる場所とか、瓦礫とかビルの中を通ったら、戦わずに進めるかも」また別に誰かが言う。これに対して「どうやって見つけるの? 抜け道」「それは……」「とにかく、戦わないで済むのはいい」「瓦礫を運んで道をつくるのは?」


 皆、口々に喧々囂々まくしたてる。これでは、収拾がつかない。どうしようかと思ったその時、ぱんとディーが手を叩いた。不思議なことにそれは魔法のように皆の議論を中断させた。一斉に彼の方を振り向く。ディーは教師のように全員の顔を見渡し、諭すようにこう言った。

「反対側に進もう。リスクをまったくとらないでいることはできないけど、最小限にすべきだと思う。俺は安全な方を選びたい。……なにか意見がある人はいるかな」


 彼が話し終わった後、反論する者は誰もいなかった。俺もない。「じゃあ」ディーが立ち上がる。

「もう寝よう。今日はみんな疲れただろうから、はやく寝たほうがいいと思う」

 その言葉に皆、黙って従う。食器をかたし、ディーに続いて居住区へと戻っていく。俺も続こうと立ち上がり、部屋を出る。


 翌日からは、俺たちは反対方向に進んでいった。別に進む方向を反対にしたからといってモンスターが強くなるとかそういうことは当然無いので、順調に探索範囲は広がっていく。


 ビーとオウは俺たちのグループに吸収されることになった。だが、オウはあの日以来一度も探索には向かっていない。一日中基地のベッドに籠っている。ビーや俺、ディーなどが説得を試みたが、聞く耳を持たない。そもそも聞いているのかもあやしい。常に目は虚ろで、ときたま思い出したように叫んだり泣き出したりする。


 目の前でサイが爆発四散したのを見て、ショックを受けたが故、ストレスでおかしくなってしまったのだとは思うが、基地の誰もどう対処してよいのかわからない。時々声をかけ、そっとしておいておくぐらいしかやることはない。一度、業をにやした奴が無理矢理引っ張り出そうとしたのが、その時は狂ったように抵抗していた。遺跡に対して強い恐怖心を抱いているようだ。


 一日一日と日数が経過するごとに、とんとん拍子でモンスターを倒し、道路を進む。右も反対も道路の様子は特に変わりはない。強いていえば瓦礫の量が多いぐらいだろう。


 五日も経つと、かつて俺とサンがたどり着いた位置まで到達する。日一日、サイが死んで以来基地に漂っていた重苦しい空気が消えていき、食事などにも会話に花が咲くようになる。


 このまま順調に行くと誰もが思っていたし、願っていた。だが、そういう時に限ってうまくいかないものだ。

 探索中、ディーたちのグループのうちのひとりが、道路の前方を見てなにかに気がついた。道路の先に壁がある。大きな壁だ。道を塞ぐように存在している。最初、それはビルの遠景であるように思えた。しかし、よく見ると違う。ビルにしては低いのだ。とにかく、なにかが道を塞いでいることだけが明らかであった。


 その正体がわかったのは、数日後のことだ。壁の下までたどり着いたのである。

 果たして壁は倒壊したビルであった。複数棟のビルが倒壊し、道を塞いでいた。壁の高さは目算五十メートル。断崖絶壁で、とうてい登攀は不可能なように思える。


 壁の向こう側に繋がるトンネルがないか探したが、まったく見当たらない。モンスターはこちらの壁がある方向からもやってきていたので、おそらくモンスターは壁を乗り越えられるのだろう。しかし、人間には無理だ。


 つまり、俺たちはもうこれ以上、交差点から反対側に進むことは不可能となったのである。そして、そのことはあの交差点に居座るレーザー砲のモンスターと対峙せねばならないことを意味する。


 まったく、仕組まれているかのようであった。まるで誰かが俺たちに、そんな強敵と対峙せずにすませようなどという楽はさせないと言ってきているかのようである。誰か? たぶん、管理AIだ。これも管理AIの手の内なのであろうか。それはわからない。


 結局、俺たちは一度別の道に行って、またぐるりともとの場所に戻ってきただけであった。僅かに取り戻していた活気と楽観は、たちまちのうちに雲散霧消し、基地内には重く暗い雰囲気が立ち込めた。


 あのレーザー砲付きのモンスターを倒す。

 しかし、どうやって? そもそも倒せるのか? それに、倒さなくて済む方法は本当にないのか?

 これに対して様々な意見が出たが、一致を見ることは無かった。正攻法で真正面から挑んでも、勝ち目がほとんど無いのは皆理解していた。だが、じゃあどうやったら勝てるのか。それがわからない。


 結局、情報が少なすぎるのだ。観察。それが必要であった。モンスターの姿さえ目視できていないというのに、倒そうなどという議論をするのが間違っているのである。


 最終的に、全員でモンスターを観察する、ということで会議はまとまった。

 だが、皆の顔は暗かった。誰も、それでモンスターを倒せる道筋が見つかると信じてはいないようであった。人死にが出たという事実が、改めて皆の心にのしかかっていた。

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