26.犠牲
「突然爆発したって、そんなことがあるのか」
サンが訊ねるとビーは頷く。
「そうとしか言いようがない。ほんとに、ぼんっと」
「モンスターの姿は? 確認したか」
「いいや」
首を振る。ビーは首を傾げる。
「見てないのか……」
「でも、なにかがあるのは間違いないですよ。遠距離攻撃。銃でしょうか。もしくは、レーザーか」俺が言うもサンはなにか考え込むように黙る。
ゲームでも遠距離攻撃手段を持つ敵は存在した。レーザー砲である。だから、この敵もそうだろう。突然爆発したというのも、それっぽい。レーザーなんかはフィクションだとエンタメ的な都合で光線が見えるが、実際は光線は見ることができない。
だから、現実的にはレーザー兵器も、撃つと突然対象が爆発する、といったことになるのだ。レーザーポインターなんかがわかりやすいだろう。あれも光線自体は見えない。当たった場所に光が見えるだけだ。
「物陰に隠れていこう。姿は見てないだよね。なら、そいつは瓦礫の隙間にでも隠れているんだと思う。ビー、撃たれた場所に近づいたら知らせてくれ。ああ、あとオウとはぐれた場所に来た時も」
ディーの言葉に全員が頷く。
慎重に息を殺して進んでいく。いつもよく歩くルートだが、まったく違ったものに感じる。道路にはモンスターの死骸を運搬する時についた跡が獣道のようになっている。
誰もなにも喋らない。風の音がするだけだ。
やがて前方に丸い影が見えた。モンスターの死骸である。あたりには何もない。「どこで撃たれた?」「先のほう、ここから少し行ったところだ。たぶん、ここからでも見えると思う」
そう言ってビーが前方を指さす。前方にはもう交差点も、その先にある崩落した瓦礫の山も目視で確認できる。見たところ、モンスターの姿は見えない。
皆、瓦礫の裏に隠れて、モンスターの死骸のある場所からさらに進んでいく。十メートルほど進んで、「あれだ」とビーがなにかを指で示す。一瞬、平べったい瓦礫だと思ったが、すぐに違うと気がついた。
それは人間の下半身であった。腹のあたりで、ちぎれている。断面がこちらを向いていて、腸が地面にだらんと広がっていた。流れ出した血は路面に吸われ、赤いシミをつくりだしている。さらにあたりにも、まるで水風船が破裂したみたいに、血飛沫や肉片が飛散していた。
風向きが変わって、こちらが風下になると途端に、血と肉の焼けた臭いと、髪を焼いた時のような刺激臭、腸の中の糞便、尿の匂いがごちゃまぜになって鼻孔を刺激した。思わず俺は吐きそうになった。嗚咽する。後ろで誰かが吐いている。見ると、ビーだった。サンは言葉を失い、ディーは蒼白になっている。
死んでいる。俺はあまりの衝撃に動くことさえできなかった。死体を見たという事実よりも、ああ、本当に死ぬのかという驚きがあった。ゲームだと、キャラは戦闘で負けても戦闘不能状態になるだけで、放置すれば復活する。だからなんとなく俺は、この世界でも探索では死なないのだと頭のどこかで思っていた。もちろん、そんなことはない。それはわかっている。モンスターの大鎌が少し体に触れれば、間違いなく死ぬ。しかし、どこか少しだけ死なないのではないかという気がしていたのも事実だ。
初めてモンスターと戦うことを意識した時に、一歩間違えれば死ぬかもしれないという事実に慄然としたものが、結局、俺はその事実を頭では理解していたが、本質的にはわかっていなかったのだ。どこか、現実味がなかった。しかし、当たり前だが、ここはゲームじゃないのだ。人は死ぬ。当たり前なのだが、いざ目の当たりにするとフリーズしてしまう。
どれだけの間、皆沈黙していただろう。やがて、「戻ろう」と誰かが言って、俺たちはその場を離れ、モンスターの死体のある場所に戻った。皆、衝撃が大きかったらしい。沈黙している。ビーが「オウを探してくる」と言ったが、誰も反応しない。俺も正直、なにか話せる気分ではなかった。
人死にがでたのは初めてだった。衝撃が自分が思っていたよりも大きい。悲しいとか恐怖というよりも、少し前まで話をしていた人間が、こうもあっけなく死んでしまったということに対する衝撃があった。
「……死んだ、んだろうな」
ぽつりとサンが言う。
「はい。あれで生きているわけがないですし」
「死体の回収は……、無理だな。オウはどこに行った」
「ビーが探しに行きましたよ」
しばらく経つとビーがオウをつれて帰ってきた。連れられて来たオウの姿を見て、俺は思わず「わっ」と声をあげてしまった。オウは血まみれであった。頭から血を被っていて、体には肉片や衣服の欠片がこびりついている。放心状態と言った様子で、ビーに体を支えられている。つんと鼻につく臭いがして、見ると失禁していた。目の焦点は定まらず、口は半開き、「大丈夫か」とサンが訊ねるが、とうてい応答ができる状態ではない。
「とりあえず戻ろう」ディーが言い、皆、頷いた。
拠点に戻ると、待機していた奴らが一斉に駆け寄ってきた。口々に質問してくるが、オウの様子を見ると全員が沈黙する。「サイは死んでいた」と、ディー。「姿は見てない。けど、なにかがいる。モンスターだ」
「ど、どうするの。倒す?」
誰かが問いかけるがディーは困ったように笑うだけだ。
「とにかく、基地に戻ろう。今日の探索はこれで終わりだ。いったん休憩して、それから話し合おう」
この意見に異論を唱える者はなかった。
重苦しい雰囲気が場を支配していた。誰も冗談も言わず、会話もほとんど無い。
オウは廃人のように床に座り込み、その横にいたサイは死んだ。行きはあれほどにぎやかだったエレベーターも今は、人数が一人減り、作動音が響くのみである。
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