25.遭遇

 この世界が異世界じゃなくて未来で、管理AIがゲームを再現してつくったとしても、やることは変わらない。モンスターを倒し、素材を入手し、基地を発展させる。


 というわけで、待機場所に戻ってきたディーたちと交代し、俺たちは戦闘に向かった。戦闘中は余計な思考は禁物である。


 モンスターとの戦闘は、まず索敵を行わねばならない。どこにモンスターがいて、いないのか。モンスターがいる場所には傾向がある。だから、慣れればだいたいここらへんにいるのではないかと予想が立てられるようになる。


 モンスターは基本的に、建物の中や瓦礫の隙間に身を潜めている。そしてそこから基本的に動くことはない。動くのは近くに敵が来た時くらいだ。いったいどうやって生きているのか? たまに雑談の種になるが、優勢な意見としては、死肉漁りのようなものなのではないか、というものだある。


 このあたりにはときたま嵐が発生する。道路は川のように冠水し、風雨が吹き荒れる。で、そうなると、運の悪い個体や死体が流されて地面に散乱する。それを食べているのだろう。嵐が来てたまたま死体が目の前に流れ着くのを待つというのは、ずいぶん気の長い話であるが、なんとなくこれが一番もっともらしい気もする。

 建物の中や狭い場所を住処にするのも、嵐から身を守りやすいところを選んでいるのだとすると、合点がいく。


 考えると、このモンスターも不思議なものだ。この世界が未来で、基地が管理AIによって再現されたものなら、モンスターも再現されたものだと考えられる。モンスターは明らかにゲームのデザインと酷似しているからだ。


 基地をつくり、モンスターを生産し、そこまでしてゲームを再現する目的とはなんなのだろうか。……いや、待て。モンスターを生産したのなら、今、俺たちがせっせとやっている素材集めはなんだと言うのだ? モンスターが生産できるなら、人間などいくらでもつくれるだろう。


 なにかできない理由があるのだろうか?

 わからないことばかりだ。

 ともかく、俺は疑念、雑念を頭から追い出した。


「あそこだな」


 サンの言葉に俺は顔をあげた。サンが指示する先には、崩落したビルが見える。モンスターが潜むには絶好の場所だ。

 モンスターは音、臭い、体温、光、様々なものに敏感に反応する。どういう理屈だか知らないが、俺たちの接近をモンスター側でも感知しているらしい。だからこそ、小石を投げただけで住処から飛び出して襲い掛かってくるのだ。俺たちの臭いや体温、地面の振動から、接近を感知し、戦闘モードに移行しているのだろう。ただ、小石が住処の前に飛んできただけでは反応しない。モンスターも俺たちの接近に気がついているからこそ、小石程度で反応するのである。


 探索を始めたばかりのころは、モンスターをおびき出すのはもっぱら小石であった。それは今も変わらない。相変わらずモンスターは小石が飛んでくると、わき目も振らず住処から飛び出してくる。ちょっと間抜けすぎるような気もするが、こんな姑息な真似をされたことがないのだろう。


 エスニとサンの二人に、「じゃあ、やりますよ」と言うと、頷きが返される。俺は落ちている手ごろな石粒を、ぽんと投げた。もう何度もやっている。慣れたものだ。放物線を描き、綺麗に落下。直後、モンスターがビルからモンスターが出てきた。刀で地面を叩くと、こちらを向く。ぎらりと視覚器が輝く、多脚がうごめき、もうスピードでこちらに駆けてくる。エスニとサンが、左右に離れる。いつもの配置だ。


 モンスターは一直線に俺めがけて駆けてくる。蜘蛛型との戦闘で重要なのは機動力をどれだけ迅速に奪えるかである。脚を破壊し、バランスを崩す。初撃でそれができればいいが、なかなか難しい。


 そうこう考えているうちにモンスターは間近に迫っている。刀を構える。大鎌が槍のように突き出される。左に避ける。跳躍、去り際に脚に切りつけるが、これは失敗。浅い。モンスターがこちらを向く。同時に、その後ろに、離れていたエスニが接近。脚に斬撃、すぐさま離脱する。モンスターがぎいぎいと油のさしていない機器のような悲鳴を出しながら、エスニを振り向く。しかし、今度は俺が接近し、脚に斬撃。今度は成功。関節の隙間に刃が入りこみ、両断する。


 モンスターは悲鳴をあげる。続いてサンが一撃。エスニ、俺とヒットアンドアウェイを繰り返し、じわじわ相手を消耗させる。サンが二本目の脚を破壊し、モンスターがバランスを崩す。その隙に、エスニが大鎌の付け根に刀を突き刺す。モンスターが脚を振り回すが、たいした効果はない。最後は俺が中枢を破壊し、モンスターは完全に停止する。


「かなりいい動きだったんじゃないか」


 戦闘後、少し息をあげながら、サンが言う。エスニは、かなり疲労しており、反応する余裕はない。「はい。もう、不覚をとることはなさそうですね」「エスニは、大丈夫か」サンが訊ねるが、エスニは肩で息をして、頷くのみだ。

「体力をつけないと駄目だな」サンが言う。

「いや、これは精神的なものでしょう。私たちの間に身体能力の差はあまりありませんから。もしくは体の動かし方が悪いのかもしれません」

「そうか、まあ、動きは悪くなかった。あとは過度に緊張しないようになれればいい」

 エスニは「はい」となんとか言った。


 戦闘の後は、モンスターの死骸の運搬である。これも慣れてしまえば、そこまで辛くはない。造形装置でつくったロープで結び、三人がかりで運ぶ。鎌や脚を胴に結び付けて一つにまとめることができ、運搬も楽になる。

 ロープを結びつけるのは、最初にモンスターをおびき寄せる役目をした者以外、二人の役割だった。今日はサンとエスニだ。その間、俺は、近くの瓦礫に座る。


 最初は二人とモンスターの死骸をぼんやり眺めていたが、ふと、交差点の方に目がいく。

 交差点は、かなり広い。道路自体六車線くらいはあるので、交差点も当然広くなるわけだ。瓦礫に登って少し目線を高くすれば、交差点の様子は観察できる。瓦礫も少なく、砂塵が積もり、砂紋ができていて、砂漠かのようである。交差点とはいっても、直進した先の道路は、両側のビルがどちらも崩落し、先に進むことは出来ない。進むとしたら右か左だろう。


 道路がどこにつながっているのかは、ここからでは見えないし、わからない。遠方を確認するには高台に行けばいいのだから、ビルに登ればいいだろうと思うかもしれない。俺も思って、一度登ってみようとしたが、遺跡のビルには階段が無いのだ。あってもエントランスの大階段などで、最上階までは繋がっていない。エレベーターはあるのだが、当然壊れているし、まさか昇降路や壁面を登攀するわけにはいかない。というわけでビルは登ることができないのである。


 交差点まではもう百メートルくらいだろう。あと一体ぐらいモンスターを倒せば、交差点に到着する。その役目は俺たちの次のグループが担うことになる。別に交差点に何があるわけではないが、その存在が確認されて以来、皆の目標となっていたので、少しばかり達成感がある。


 こうやって、徐々に徐々に探索範囲を広げていくのだ。探索範囲が広がれば、モンスターとの遭遇率もあがる。となると獲得する素材が増え、人口が増え、基地が発展する。俺たちの生活は向上していく。


 今はまだそこまで逼迫した状況ではないが、今の基地の人数だと少し探索に行かないだけで、食料や水がすぐに底をつく。持って一か月だろう。多少の余裕はあれ、モンスターと戦い続ける必要があることには変わらない。基地の発展のため、生きていくため、俺たちはモンスターと戦い続けねばならない。


 しかし、戦い続けて、その先になにがあるというのだろう。いつまでたってもモンスターと戦い続けねばならない。モンスターはこの世界における唯一の資源だ。いつか、人が戦わずに、モンスターを生産飼育、家畜化できるようになるのだろうか。かつて人類がそうしたように。ゲームではそんな要素はなかったが、不可能ではないはずだ。だが、それは当分先の話だろう。俺が生きているまでに実現化できるとは思えない。いつか、人類が復興を成し遂げたら、モンスターと戦う必要が無くなっているかもしれないが、その時俺は死んでいる。


 ゲームでも普通にやったら基地を最大まで発展させるのに一年近くかかるのだ。それが現実ならその難易度と要する時間は推して知るべしである。だが、そうなると改めて考えざるを得ないのは、こんな七面倒な状況をわざわざつくりだしている管理AIの意図だ。いったいぜんたいどういうつもりなのだろう? 考えてもわかることではない。そもそも管理AIだとは思っているが、はたしてAIかどうかもわからない。電脳化した人間かもしれないし、別の生き物かもしれない。


 管理AIが基地や俺たちをつくりだし、この状況をつくっている。そして本来それはやる必要がない。モンスターも管理AIがつくったものなら、俺たちが懸命にモンスターと戦っているこの状況は管理AIの自作自演である。管理AIは人類を復興させるという意図などまったくないのだ。つまり、管理AIが当然、俺たちを皆殺しにする可能性もあるし、基地の管理を放棄する可能性だって十二分にある。


 なぜなら管理AIがこの世界を、基地を俺たちをモンスターをつくりだした、言うなれば神なのだ。世界を存続させるも壊すも思いのままだ。今、俺が生きているのもなにもかも、管理AIが、神が、それを望んでいるからにすぎない。


 しかし、なぜ? なぜ管理AIは俺たちをつくりだし、この世界を創造し、維持しているのだろう。人間を管理し、限られた資源で基地を発展させていくメリットとはなんだ? やろうと思えば管理AIは、こんな地道にモンスターを人間に倒させることなどせずに、人類文明を復活させることさえ可能であるはずだ。


 なぜだ?

 俺には想像もつかない。なにが目的か?

 モンスターとの戦闘中に抑えていた疑問が脳内に横溢する。頭が?で埋まる。考えても仕方ないとはわかっているが、考えずにはいられない。いつかわかるのだろうか。きっとわかるだろう。しかし俺はその時、生きていないだろう。管理AIが心変わりせず、管理AIの庇護のもと、人類が文明を再興したなら、その謎にもたどり着けるだろう。だが、その時代に俺は生きていない。


 考えると、あまりに規模が大きすぎて混乱してくる。考えねばならないことではあるが、いつまでも考えていても気が滅入ってくる。意識を内から外に戻す。荒廃したビル群と、合間に見える青空と高層雲、道路に散乱する瓦礫が目に入る。見慣れた景色だ。


 目線を後ろに投じると、エスニとサンの作業がちょうど終わるところであった。立ち上がり、二人の方に向かう。

 モンスターの運搬は三人でロープを引っ張る。何度もモンスター運んでいると、運んだ際の跡が道のようになっている。皆がそのルートを通るので、瓦礫は除かれ、砂利も少ない。かなり運搬がしやすくなっている。


 待機場所に戻ると、次のグループに声をかける。あの黒髪、サイたちのグループだ。モンスターはエレベーターに乗せ、それで運搬は終わりだ。しばし休憩し、次の順番が来るまで待機する。


 待機中にやることは瓦礫を運ぶぐらいしかない。あとは各々好きにしている。雑談をしてもいいが、正直ネタがない。寝る、訓練、ただぼうっとする、空を見つめる、しりとりなど、瓦礫の中から奇妙な形のものを探す、石積み、石を使った将棋、誰かが見つけた丸い石を使ったキャッチボール、石を研磨して石器をつくる、等々。


 俺はぼうっと空を見るのが好きだった。手ごろな瓦礫に腰かけ、空を見上げる。隣にはエスニがいる。エスニは空を見たり、俺を見たり、他の奴らを見たり、石を積んだり、綺麗な石を磨いたりしている。


 基地が地下にあるので、空や太陽を見ると、気分がいい。空は青く、嫌になるくらいに澄んでいる。筆で描いたような高層雲に、空の色。俺が空を好きなのは、ここに来る前のこと、かつての記憶を思い出すことができるからかもしれない。かつて人類文明がまだ存在していた頃、遥か過去もまた、空は同じ姿だったからだ。空だけが過去も今も同じ姿をしている。


 ぼんやりしていると、ふと足音が聞こえた。驚いて見ると、ディーであった。いつのまにかディーは俺の前に立っていて、いつもの笑顔を浮かべ「隣、いいかな」と訊いてきた。隣に座る。


 エスニがぎゅっと俺の腕を掴んでくる。なにかと思えば、ディーに警戒の目線を向けていた。ディーが困ったように微笑む。「ごめん。エスニ。ちょっとエスと話させてよ」諭すような物言いだ。エスニは顔をしかめたが、不承不承といったていで頷いた。


 ディーが俺の目をじっと見つめてくる。相も変わらず工業製品みたいな笑顔を浮かべている。

「どうしたんですか」

 と、問うと、「ちょっとね」と芝居がかった風に言う。


「これからどうするかエスにも相談したくて。交差点についたらどちらに進むかグループごとにわかれる? それとも、今と同じように全員でひとつの方向に進むか。もしそうなら、どっちに進むか決めないといけない」

「……それは会議で話すんじゃないですか」

「そうだけど、相談だよ。決定するわけじゃない」

「とりあえず、サイさんたちが戻ってからでもいいと思いますよ。もしかしたらまだなにか見つかるかもしれないですし」


 ディーはこのように根回しを行うことが多かった。彼自身が発案した食事の席の報告会、兼会議であるが、その内容は前日にディーが事前に調整している。方針は話し合って決めるとはいうが、実際方針はほとんどディーが決めているといって過言ではない。この相談もほとんどディーの中では結論は決まっているのだ。そして実際、ディーの判断は合理的だ。異を唱える隙は無いし、異を唱えると理詰めで説得されることになる。


 ディーが我々の方針を話し合いで決めることにしたのは、意識的にしろ無意識的にしろ、彼自身がこのような集団の統率の仕方を得意としていることに関係しているのだろう。強力なリーダーシップをとるよりも、こちらのほうが手間は多いが、失敗の際に責任の所在が曖昧になる。狙ったのかはわからないが、強かな奴だとは思う。


 俺の返答にディーは困ったように言う。

「とりあえず今のところの意見でいいんだ」

「……サンやエスニとも相談しないといけませんし」

「そうか、……うん。わかった。じゃあ、後にしよう。とりあえず、考えておいて」

 そう言い、ディーは立ち上がった。だが、エクスたちの方へ戻ろうとして突然「あれ」と呟いた。立ったまま、じっと動かない。視線は一点を向いている。拠点から右側の道路。交差点の方だ。


「どうしたんですか」と問うと同時、交差点の方の道路から、誰かが駆けてきた。あの黒髪の男、サイと同じグループ。痩身で、名はビーだ。最初は男だと思っていたが女である。こちらに息せき切って走ってくる。一人だけだ。その表情を見て、俺はぎょっとした。彼女の表情は恐怖に歪んでいた。なにか恐ろしいものから逃げてきたといった様子であった。


 待機場所に走ってきたビーは、かなり息が切れていた。彼女の周りに人が集まってくる。ディーが水筒を渡すと、一息に飲み干した。交差点からここまで走ってきたようだ。しかし、その表情は全力疾走したに関わらず蒼白であった。なにやらのっぴきならないことが起こったという予感がした。

「なにかあったの」

 とディーが問う。周りに集まる皆の空気は緊張し、表情はかたくなっている。皆、固唾を飲みビーの言葉を待つ。

「新種だ」

 と、ビーは言った。声は掠れ、震えている。歯の根がかみ合っていない。


「新種?」

「ああ、モンスターの。交差点の向こうの瓦礫にいたんだ。一かい確認しておこうってサイが石を投げたら、死んだ。逃げてきたんだ。オウは、わからない。最初は一緒に逃げてたけど」

 ディーの表情がこわばる。「死んだ?」

「確認はしてない。けど、爆発したんだ。急に。上半身がぼんって。だから、生きてないと思う」

「モンスターは?」

「わからない。追っては来てない」


 水を打ったように静寂が辺りを満たしたのち、誰かがぽつりと「死んだ」と呟いた。それを皮切りに、堰をきったように一斉にしゃべりだす。「死んだ?」「誰が」「サイだ」「どういうこと」「見間違いじゃ」不安、混乱、様々な感情が言葉に乗って場に氾濫する。


 横に立っているエスニが不安そうに俺を見てきている。こういう時にいつも場をまとめるディーはハトが豆鉄砲をくらったように、唖然とした様子で佇立している。サンがじっと交差点の方を見つめ、「どうする」と言った。

 意図したわけではないだろうが、サンのその言葉で、皆一斉に沈黙した。各々視線を交わし合い、どうするのかと言外に問いかける。


「私は見に行ってみる。誰かついてくるか」

 サンが皆に問うと、皆また動きをとめた。誰も何も言わない。

 まさかサンひとりでいかせるわけにもいかない。

「私も行きます」と俺が言うと、「え」とエスニが俺を見る。「エスニはここで待っててください。全員で行く必要はないと思います。行かない人は先に拠点に戻ったほうがいい。ビーさんも、大丈夫ですか」


 地面に座り込み、放心していたビーはこくんと頷いた。腕を掴んで立ち上がらせる。「他に誰か行きますか」

 俺がそう問うと、全員顔を伏せる。誰も何も言わない。そりゃ怖いだろう。俺だって怖いが、まさか確かめないわけにもいくまい。「じゃあ」皆は拠点に隠れてて、と言おうとしたその時、「待ってくれ」とディーが言った。珍しくその表情には笑顔がない。


「俺も行く」

 そう言いながら俺たちの方に歩いてくる。その表情はこわばっている。「皆は拠点で待っていて」「ディー!」「危ないって」とあの金髪の女、エクスや青髪のグループの連中が口々に言う。俺の時にもそれ言ってほしかったんだが……、いやまあいいか。「大丈夫だ。絶対無事に戻る」映画のワンシーンみたいにディーは皆に頷いてみせる。

「さっさと行きたいんだが……」

 と小さくサンがぼやいたが、誰も聞いてはいなかった。

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