24.管理AI

 起床の時間は、決まっているわけではない。基地には時計が無いからだ。だが、皆、起きる時間は安定している。おおよそ夜明けから少し経ったころに、誰ともなしにベッドから起き上がり、それをきっかけとして皆が目を覚ます。


 それから、食事をとり、探索の予定を確認しあい、そのまま全員でエレベーターに乗り込む。

 エレベーターの中は、最初の頃とは異なりにぎやかである。会話や笑い声がエレベーターの作動音に負けじと響く。騒がしいのはディーたちのグループだ。ディーとあの金髪の女、エクスらを中心とした六人組は、常に賑やかで、なんとなく基地内でも中心的なグループである。六人組の中にではミイミヤもいる。ミイミヤとはあまり話していない。避けているわけではないが、機会が無いのだ。彼らは探索においてもこの六人でグループをつくっている。


 一か月以上も経つと基地内の人間関係も固定化する。まったく交流がないわけではないが、探索以外の自由時間でも探索時のグループで固まりがちなので、必然、グループ内と外で交友に差が出てくる。まあ、会社や学校などなど、人間が集団をつくると、こういったことはつきものだ。べつにそれだけならいいのだが、これがグループ間で対立したり、グループで格差が生れてしまうと厄介である。幸い今はそうなっていないが、この先はわからない。


 拠点につくと、ディーが点呼をとり、それぞれグループごとに遺跡の探索に向かう。


 グループごととは言っても、皆が向かう場所は同じだ。

 拠点の前の道路に、皆でぞろぞろ歩いていく。グループごとに固まっている。グループはディーたちの六人組。それに俺たちのグループ。最後はあの黒髪の男を中心としたグループである。最初の頃は単独行動をしている奴もいたが、次第に合流してこのような形になった。


 なんとなく黒髪の方、名前はサイだ、を眺めると、今日も今日とて、あの煩い男、オウに纏わりつかれている。サイは心底うんざりした顔をしている。


 拠点を出てすぐ前の道路で、皆立ち止まる。


 拠点の前を通る道路は、左右にのびたのち、何百メートルか先でそれぞれ交叉点となる。道幅はかなり広い。大通りか、幹線道路だったのだと思う。

 俺たちは、この道路の右方向を探索していた。

 別に左右どちらも探索していいのだが、いつのまにか皆が右側を探索するようになった。左方向は拠点までモンスターがやってこないように、時々駆除するくらいだ。ともかく、俺たちは右に進み、既に交叉点の直前まで探索の範囲を広げていた。あと数日で交叉点にたどり着くだろう。


 一日に倒せるモンスターは、合算して五体ほど。戦闘のあとにはモンスターの運搬や、休息が必要で、一体につき、おおよそ体感としては一時間半から二時間ぐらいは必要とする。


 探索を始めたばかりのころは、皆、好き勝手にモンスターと戦ったりしていたのだが、日数が経過してくると、様々な問題が表出し、結果として当初のルールに変更が加えられることになる。


 というか、ひとつのグループが道路でモンスターと戦っていると、当然ながらその先に進めないのだ。それに、近くで別のグループがいる状態でモンスターと戦うと、モンスターがそちらに向かってしまうこともある。


 ひとつのグループがモンスターと戦闘している時には、別グループは接近ができない。となると、モンスターとの戦闘のためには、順番待ちをしなくてはならなくなる。まずAグループが戦闘と運搬を行い、続いてBグループ、最後にC、といったように。遊園地のアトラクションが如く順番を待たねばならないのだ。


 というわけで、モンスターとの戦闘は順番で行い、待っている間、残りのグループが拠点の前で瓦礫を運びながら待機する、というようなシステムが完成する。

 なかなか最初に決めたルール通りにはいかないものだ。


 そんなことを考えていると、ディーがこちらに向かってくるのが見えた。手をあげてにこやかに笑う。話しかけてくる。


「今日もじゃあ最初に行かせてもらうよ」

 モンスターとの戦闘の順番のことだ。

「はい。サイさんには?」

「朝にもう話してあるんだ」

「そうですか。気を付けてくださいね」

「わかってる。ありがとう」


 にこやかに微笑する。ディーはグループの面々を呼び寄せ、モンスターの戦闘に向かった。拠点前の待機場所には、俺たちのグループと、サイたちのグループが残る。

 ディーたちの戦闘が終わるまで、やることは瓦礫を運ぶことのみだ。


 サイたちのグループと共に瓦礫を運んだり休憩したりと時間を潰す。

 サボるわけではないが、先には戦闘がひかえているのだから、あまり瓦礫運びに精を出しても支障がある。作業の合間に休憩をとるなど、適度に手を抜くのが肝要である。


 瓦礫運びがひと段落したところで、俺たちは瓦礫に腰をおろした。サンが大げさに溜息を「はあ」と吐き出す。「まだ眠いな」

「寝不足なんですか」

「素振りをしすぎた。昨日、寝る前にちょっとな」

 サンは刀の訓練を熱心にしている。基地内でも随一である。

「なんというかわからないが、素振りをしていると、急にうまくなる時がくるんだよ。それで少し興奮してな。エスはやらないのか。エスニも。誰もやらないからな。私だけだ、やっているのは」


 サンが不満気にするので、思わず苦笑する。俺の隣に座るエスニも小さく笑う。

「そんなに楽しいんですか」

「ああ、すごい勢いで上達するからな。やってみたらわかる。エスも言ってたが、たぶん脳や体の神経系が高性能に設計されているおかげなんだろう。私以外でも上達すると思うぞ」

「そうなんでしょうけど、なかなか大儀ですから」


 サンは芝居がかった調子で肩をすくめた。

「あんなに楽しいのになあ」

「性格はひとそれぞれですから」

「性格ね……、装置で生産されたのに違いがあるものなんだな」

「え?」

「いや、最近考えるんだが、これはエスには前、話したか? 私たちの人格はどこから来たんだろうか」


 サンは赤い目を、ディーたちが向かった方向にむけながら言う。


「私が最初に会ったのはエスだから、他の奴もなんとなく全員エスや私みたいな性格なんだろうと思っていた。能力や多少の性格の差異はあっても、基地の最終目標には従う。モンスターを倒したりすることには積極的か消極的にしろ、反発はしない。つまり、ある程度の協調性がある。集団生活を営む上でな。だって人類再生計画なんだろう、管理AIが施行しているのは。なら反抗的な性格の人間や、協調性の低い人間は、その計画においてはマイナス要素だ」


 サンが耳の後ろを指し示した。

「そして、私たちは装置で生産された。おそらく人格もインストールされた。それならば、生産された人間は、ある程度の差異はあれ、反抗的ではなく、非社会的でない、言うなれば協調性のある社会的な性格の人間になるはずだ。しかし、実際は?」

 協調性の低い人間。基地の住人にもいくらか思い当たる者がいる。しかしあまりに直截な言い方をするものだ。


「……実際は、違うだろう。私だってそこまで自分が協調性がある方だとは思わない。取り立てて低いとも思わないが。とにかく、なんで計画に不適格にも関わらず、協調性の低い人間がいるのだと思う? だって、もし、管理AIが最も効率よく計画を成功させたいなら、全員私のように訓練を行うような性格にしたほうがいい。全員ミイミヤみたいに戦闘能力の優れた個体にしたほうがいいし、全員ディーのようなリーダー気質のある奴にしたほうがいいだろう。なぜ、しないんだ? というか、なんで私たちは性格や能力の差がある? そもそも計画を効率よく行うなら、性格の差異はノイズだ、全員同じ人格で行えばいい。なんで違うんだ?」

「全員同じにしたら、それだと人類を再生したことにはならないからなんじゃ?」


 エスニが呟く。一理ある。全員同じなら蟻のようなものだ。人類ではない。少なくとも俺はそれが人類だとは思えない。サンが頷く。


「それもそうだな。話が飛躍しすぎた。だが、性格や能力の差異は、計画の施行に不利益にならない程度に納めたほうがいいだろう。しかし、現実はそうじゃない。なんでだと思う」

 確かにサンの疑問は最もである。なぜ、非協調的な性格を排除しないのか。ゲームではキャラごとに性格を表すパラメータが異なる。外見も当然違う。ゲームなら、エンタメ性やゲーム性のためだと納得できるが、今は違う。しかし、この設定に関して運営から説明されたことはなかったはずだ。

 なぜ、排除しないのか?


「排除できないから」

 言うと、サンはまた頷く。教師かのようだ。

「ああ、そうだ。じゃあ、なぜできない? ……たぶん、それは私たちの人格がどこから来たのかに関係するんだ」

「どういうことです?」

「人格というか、記憶もだな。私たちは言葉も話せるし、知識もある。これは産まれたばかりの赤ん坊ならありえない。この人格は生来のものではなくて、後からインストールされたものと考えるのが妥当だ。データベースみたいなものがあるのか、ゼロからつくっているのか。しかし、ゼロからつくったなら非協調的な人格がいる意味がわからない。と、いうことはだ。私たちの人格は、データベースに保存されていたもの、ということになる」


「データベースに保存されていたとしても、人格の選別はできますよね。有能な、計画に有用な人格だけを選ぶこともできるかもしれませんよ」

「さあ、それはわからない。していないってことは、しない理由があるんだろう。もしくはできないのか。データベースに保存された人格が極端に少ないのか、管理AIに人格が有能かそうでないか判断してデータを削除する権限が無いのか。どの説明もしっくりこないが。少なくとも、人格が生成されたものである可能性はかなり低い」


 サンの話を聞き、俺は思わず唸った。人格がデータベースに保存されていたなら、俺の人格もまた同様となる。俺に昔の記憶が残っているのも、データベースに人格を保存する際に、記憶処理にミスがあったと考える方が転生したなどという考えよりも妥当だ。以前もサンとこのような話をした。


「たぶん、私たちが名前なんかを憶えていないのはデータベースに保存する際に記憶処理をしたからだろう。私たちの知識や常識に共通点あるということは、少なくとも私たちの人格は、同時代の人間のものだ。それがいつかはわからないが。この計画のために、人格データを採集したのかもしれない。そして、それを生成した人体の脳にインストールしていると」

「あれ?」エスニがまた言う。

「データを採集したなら、なんで……」

「非協調的な人格データも採集したのか?」

「計画のために集めるなら、優秀な、計画に役立つ人から集めたほうがいいんじゃ?」


「そこは、まあ真相は藪の中だな。ひとつ言えるのは、この計画はかなり杜撰だということだ。データベースに保存するにしても、そこに保存するものは、少なくともこの計画のためには優れたデータにするべきだろう。私たちの人格は、そうだな、普通すぎる。ノアの箱舟に悪人や凡人を乗せる意味があるか? SFとかだと、こういう場合、科学者とかになるだろう。もしくは技術者か軍人か。優秀な人間を選別するはずだ。人格や記憶だけのデータにしろ同じだ。私が持つ知識は一般人の域を出ない。皆、普通なんだ。普通すぎる。おかしいだろう。普通は悪いことじゃないが、それだけで箱舟に乗れるわけじゃない」

「この計画は、じゃあ……」

「あまり妄信はできないな。なにか裏がある。管理AIをどれだけ信頼していいのか、わからない」


 サンがシニカルに笑って、それから立ち上がった。「話していると疲れた」そう言って伸びをする。エスニが呆然とした様子で地面をじっと見つめている。

 俺は座りながら、サンの話を脳内で反芻した。

 正直、あまりこの話を考えないようにしていた。この話は深く掘っていくと重大な問題に行きつくからだ。つまり、俺の記憶。そして、この世界について、だ。


 ミイミヤとの話の際にも気づいたが、俺たちは日本語で話している。これは計画がゲームの設定どおりに国際的なプロジェクトであったならおかしなことだ。サンは、人格データベースは、同時代の人間から採集したものと言ったが、俺の人格や記憶もそのデータベースに保存されていた以上、その時代は推定できる。国は日本、時代は21世紀前半。記憶ではそんなデータベースに登録した覚えはないが、俺が今ここにいる以上、覚えていないだけでしたのだろう。


 そして、ということは、俺が今いるこの世界はsandboxの世界、フィクションでよくあるような異世界ではなくて、未来の世界ということになる。俺の記憶にある時代と、今は地続きなのだ。俺は、かつてこの可能性を考えたことはあったが、一蹴した。未来だとして、なぜゲームとまったく同じ状況になっているのか? その説明がつかないからだ。


 しかし、ありえないと思っても、この世界は十中八九、未来だ。遠未来。断言できるわけはないが、未来である蓋然性が高い。少なくとも異世界であるよりは、遠未来の方が蓋然性があるのだ。俺の記憶では人類は滅亡の危機に瀕していなかったはずだし、人格データベースが実現できるほど科学技術も発展していなかったはずだが、ともかく未来なのであろう。


 無論、未来であろうと、俺のやることは変わらない。素材にされぬようにやるだけだ。この世界がゲームの世界ではないにせよ、それと類似した似た状況であることは確かなのだから、指針に変更はない。


 しかし、ひとつだけ疑問が新たに発生する。

 なぜ未来がゲームと同じ状況になっているのだろうか。偶然の一致? まさかそんな都合のいい話があるまい。偶然でないのなら、何者かの意志があってしかるべきである。何者か? それはわからないが。ゲームを再現しようとした何者かが存在する。


 なんとなく、俺はこの疑問が、サンの言う人類再生計画なるものの杜撰さと結びついているような気がした。無関係ではないはずだ。

 それを考慮にいれてみよう。すると、計画が杜撰なことは、この計画がゲームのような人類の存亡をかけた世紀のプロジェクトでもなんでもなく、誰か、何者かが未来において、ゲームを再現しようとしたからであると、考えることができる。


 では、何者かとは誰だ? 俺たちではない。では、誰だ。俺たち以外の知性体。


 管理AIだ。


 それしかあるまい。なぜ、管理AIがsandboxというゲームを再現しようとしているかはわからない。目的はなんだ? 検討もつかない。

 しかし、サンの言うように信頼はできない。それだけは確かだ。

 もちろん、俺の指針は変わりない。管理AIに処分されないようにすること。だが、今まで、システムだとしか感じていなかった管理AIが急に人間的な存在に思え、それが不気味であった。

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