23.ルールと探索と

 訓練が終わり、探索を行うにあたり、いくらか決めねばならないことがあった。決まなければならないこと、方針である。目的、目標、指針とも言っていい。あるいはルールだ。例えば、拠点から左右どちらに向かうのか。一日にどれだけモンスターと戦い、どれだけ素材を集めればいいのか。組織的に行うのか、それとも各々好き勝手に探索するのか。組織的に行うとして、リーダーは?


 どのようにすればいいのか? 船頭が多いと船は山に登りかねない。指針、ルールを決めねばならない。が、別にこれまでにも、ルールを決めてこなかったわけではない。訓練期間中にも基地での生活上のルールを定める機会があった。シャワー室の利用時間を男女で分けたり、材料の量に限りがあるため、造形装置を使用する際には皆に確認をとらなければならない、などのルールはその最たる例である。


 それらのルールは、主に食事中、特に夕食の時に決められた。夕食中には必ず皆、集まっているからである。訓練を終えた後、決まって皆が食事をとるからだ。食事を終えた後ぐらいに、誰かが、だいたい青髪であったが、発案する。で、皆がそれに賛成すれば、それでルールは決まる。


 探索に関するルールも、これらの手順と同様に定められた。訓練が終わって、さあ明日から探索が始まるという日。食事中、青髪、ディーが「ちょっといいかな」と言って、挙手をした。すると、皆、水を打ったように静まり返る。ディーには、そういう人を率いる資質みたいなものがあった。で、ディーが考えていたのであろう探索に関するルールを話し終えると、皆、賛成した。


 その食事の席で決まったことを、要約するとこうである。

 探索は原則、昼に行う。個人でやろうが、グループでやろうが自由である。だが、最低でも二人でやるのが望ましい。探索の時間は固定し、開始と終了の際には全員で集合して安否確認を行う。また、朝と夜の食事の際に報告を行う。朝に探索の予定、夜に探索の成果。詳細を語る必要はない。また、これまで同様、なにか知らせたいことや、ルールについて意見がある場合は夕食の席で知らせるものとする。

 以上だ。


 探索の時間は正確には決まっていない。そんなに長くはやってられないので、基本は太陽がのぼってから、陽が傾くまで、感覚的には十時くらいから三時くらいまで、が探索の時間となる。具体的には太陽がビルに遮られずに、道路に陽があたっている時間だ。これなら、時計が無くとも大体の時間は把握できる。それに、薄暗いとモンスターの発見がしにくいので、理に適ってもいる。


 ともかく、そんなこんなで探索は開始された。

 探索は意外と順調に行われた。俺たちは、それぞれグループをつくったり、個人で探索を行った。

 俺はサンと、もうひとり、エスニという女と、三人のグループをつくって探索を行った。


 エスニ、俺と同じS型。同型だが、外見は異なる。髪の色や体格身長は似ているが、顔の造りなど、よく見れば差異は多く、別人である。S型でも、個体差はあるのだ。例えば。身長はエスニのほうが二センチぐらい大きいし、年齢もエスニのほうが上だ。俺が十六才くらいだとしたら、エスニは十八くらい。


 見分けがつかないのは、見慣れない外国人の見分けがつかないのと同じだ。もしくは興味がないアイドルグループのメンバーが全員同じに見える話とか、それと似ている。類似点はあるが、よく見るが違う。たぶん、S型以外の型も、同じなのだろう。サンと同じSA-Ⅲ型が新しくやってきたとして、外見に共通点はあっても細部は別人なのだ。それに性格は当然違う。


 同じS型ということで、親近感を抱くのか、エスニは俺に話しかけてくることが多かった。いや、話しかけてくると言うか、一方的に付きまとってくるとも言えるかもしれない。正直うっとうしいのだが、邪険にするのも可哀そうなので、拒絶することはできない。


 エスニが俺のあとを親鳥を追いかける雛が如き状態になったのは、いつだったか正確にはわからないが、訓練初期に、エスニがあまりにもたついていたので、マンツーマンで指導してやったあたりからだろう。それ以来、エスニは基地でも俺のあとについてくるようになった。


 というか、そのころエスニのみならず何人かが、モンスターと戦わねばならないという状況への恐怖で追い詰められていた。エスニ以外は、面倒を見てくれる者がいたのだが、孤立気味であったエスニにはそれがいない。面倒を見ている方も別に余裕があるわけではないので、エスニには手が回らない。よって俺がエスニの面倒を見ることになったのである。


 したがって、訓練中は俺とエスニはほとんど一緒にいた。弱音を吐いたら慰め、泣いたら慰る。正直俺が泣きたかったが、俺だって気持ちはわかるので強くは言えないのだ。


 そして、訓練が終わって、皆が探索を行うようになり、エスニの精神が比較的安定してからも、エスニは俺と四六時中一緒にいるようになった。というか一方的についてくるようになった。俺がシャワーに行けば、ついてきて、トイレに行けばついてきて、寝たら一緒に寝て、食事をすれば一緒に食べる。なんだか懐いた犬を思い出す。違うのは、人間だということだ。


 エスニが話すことは滅多にない。もとから無口なのだろう。俺のあとをついてきて、傍でじっとしている。しかし、稀に言葉を発する時がある。言葉を発する時は袖を引っ張ってくる。それから小声でなにやら言う。些細なことだ。例えば、以前、訓練の時に、袖を引っ張ってきて、なにかと思えば「雲が変な形してるよ」と言ってきたことがあった。会話の内容はそれだけである。


 とにかく、少し変わった奴だ。

 

 で、話を戻そう。

 探索が開始されると、皆それぞれ、取り決め通りに、朝に予定、夜に成果を報告した。探索は、訓練の効果もあり、誰も犠牲者を出さなかった。怪我人も無い。驚くくらい順調に事が運んだ。


 日数が経過すると、次第に皆の中で探索の目標が設定される。つまりそれは俺とサンだけでやっていたころと同じ、探索範囲の拡大である。特に管制室のモニターから遺跡の探索したところまでの地図が参照できることが、モチベーションにつながった。


 なにより、探索すればすれほど素材が手に入る。素材が手に入ると管制室からどれだけ資材や食料や水が増えたか確認できる。資材が増えれば設備が建設される、ということを皆知っている。明確な成果がある。だからやる気がでる。好循環のサイクルである。


 探索範囲は次々と広がり、ついには俺とサンが到達した地点を越した。

 訓練期間の停滞分を、あっという間に取り戻し、皆、破竹の勢いで探索を続けた。モンスターを倒し、瓦礫を運び、基地に資材が溜まる。探索範囲は広がり、地図の空白が埋められていく。


 まるで、このまま、なにもかもが好調子のまま進んでいくのではないかとさえ、錯覚してしまうほどであった。もちろん、そんなうまくいくはずは無いと皆わかっているのだが……。

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