22.ものになる
訓練を行うとは言うが、俺たちだって精々一か月ほどの経験があるだけで、教えられることはそれほど多くはない。
教えることができることは、探索と戦闘に関する僅かなコツくらいだ。
例えばそれは、だいたい遺跡のどのあたりにモンスターがいるのか見分ける方法であったり、モンスターとの戦闘の際の心構え。最初に脚を狙いバランスを崩したのち、視覚器を破壊する。そして中枢が胴にあるので、そこを破壊すれば、動きが停止する。などの戦闘技術、等々である。
これらは俺とサン今までの経験の集積によって得た知識だ。それは実際、少ない。微々たる量だ。文字にすれば一ページにもならない。しかし、経験が集積されてはいる。これを知った者は、俺やサンがさんざん苦労して至った場所に、容易にたどり着けるようになる。つまり、ミイミヤや青髪たちは、俺のようにいちいち小石を投げて一日一センチも進めないような探索をする必要もないし、モンスターとの戦闘で、何日もかけて綿密な計画を練る必要がない。
ミイミヤたちへの訓練は、だがしかし、その教えることのできる知識の少なさにも関わらず、難航した。問題は、彼ら自身の恐怖心にあった。俺だってそうだったが、いきなりモンスターの闊歩する遺跡を探索しろと言われたら、いくら知識があっても最初は恐怖する。まあ、サンは特にそんなことは無かったが……。
恐怖心を克服するにはどうしたらいいか?
答えは簡単。俺もそうだが、慣れである。これには俺の経験が有用であった。訓練初期はその探索もままならない有様に、俺とサンは頭を抱えたが、その翌日からは路線をかえた。なにをしたか? 瓦礫運びである。
瓦礫運びは、その見た目の地味さとは裏腹にいいことづくめである。瓦礫は遺跡に無数にあるし、運搬は運動になる。基礎体力をつけることができ、体の動かし方も把握できる。なにより瓦礫を運搬することは無駄にはならない。瓦礫は重要な建築資材であるのだ。
建築素材とは言っても、そうそういつも設備を建設するわけではないのだから、ため込んでばかりでも困るのではないかと思うかもしれない。しかし、それは違う。どうやら、この瓦礫、造形装置に使用される材料の素であるらしいのだ。造形装置でつくれるものは、武器と日用品である。武器はモンスターの素材を使用して、それを少し改良しているだけだ。刀なんかは、モンスターの前脚にグリップや柄をつけているのみで、刃自体は、蜘蛛型モンスターの前脚をそのまま転用している。が、日用品は違う。タオルや食器類は、見た目は地味ながら、造形装置によって一から生成されたものだ。
タオルや、箸、食器類は、見た目は違えど、その実、素材は同じである。プラスチック製品を思い出してほしいのだが、ようはそれと似たようなものだ。調べようがないので詳細はわからないが、どうやらこの瓦礫、コンクリートかと思いきや、そうではなく、俺の知らない何か未知の素材らしい。鉄骨が入っているのだが、たぶんそれも鉄ではないのだろう。よく考えればまったく錆びていないので、そう考える方が自然だ。ちなみにこの仮説はサンが俺に伝えてくれたものである。事実、管制室のモニターから確認できる建築資材の量は、瓦礫を基地に運ぶと微増するのだ。
話は戻るが、基地の造形装置は、この瓦礫を素として様々な物を造形することができる。
造形装置で生成可能なものは多々ある。その多くは、精密機器などモンスターからとれる材料が別個で必要なため、現状生成不可能であるが、全ての造形物にこの瓦礫を素とした材料が必要となることは間違いがない。
これのなにが重要かと言うに、瓦礫の運搬は決して無駄にはならないということである。訓練にはどこか、穴を掘ってまた埋めるみたいな、虚無的なところがある。だが、瓦礫の運搬は違う。目に見える成果がすぐに確認できる。瓦礫から得られる建築資材がどれだけ基地に集まったのかは、管制室のモニターから確認できる。つまり、瓦礫を集めれば、目に見える達成感が、成果がある。
目に見える実績。これは大事だ。訓練のモチベーションに繋がる。なにも貢献せず、何も成せずに無為に日々を過ごすのは、精神的に辛いものがある。瓦礫拾いは、そんなことがない。
そして、なにより瓦礫を運ぶことで、遺跡の外に出ることに慣れれるのが大きい。いきなりモンスターと戦うのではなく、まずは外に出ることに慣れることから始めるのだ。
というわけで、ミイミヤや青髪たちは、毎日毎日、瓦礫運びに汗を流すことになった。俺とサンは監督をしつつ、それとは別にモンスターを倒したりもした。探索は停滞したが、ミイミヤたちの訓練が終われば、人数が増えて、探索速度も上がるのだから、今は雌伏の時である。
ミイミヤたちの中には、この連日の瓦礫拾いに不平をこぼす者もいたが、おおむね素直に従った。やはり、初日に、ひとり死にかけたことがいい薬になっているらしい。ちなみに、あの死にかけた男、名はオウとなった。単純にキャラ名がOだからだ。
オウ以外の面々の、未定だった名前も既に決まっていた。皆、耳の後ろの文字をそのまま名前にするか、すこしもじった名前である。ひとり、俺と同じS型の奴がいたが、そいつはS2でエスニというそのまんまの名前に決まった。エスニは、最初に泣いていた女だ。
ともかく、そんなこんなで日々は過ぎていった。瓦礫を運び、俺とサンはモンスターを倒した。やがて、瓦礫運搬の合間に、探索を行うようにした。モンスターとは戦わない。俺やサンが見ている中で、単独か複数人で実際に遺跡を手探りで進んでもらう。モンスターがどこにいるかは、体で覚えるしかないのだ。
モンスターがうじゃうじゃいるような場所は選ばない。周囲に一体だけしかいないような場所を選び、そこで訓練をする。指定された位置までモンスターに見つからずに進めたらオーケーだ。最初のころは、一歩も進めず日が暮れたり、モンスターに発見されたりと散々な結果であった。だが、これも徐々に改善されていく。
特に上達がはやいのはミイミヤ、次いであの青髪、ND-Ⅱなのでディー、それに黒髪、これはSA-Ⅰなのでサイ。この三人であった。やはり評価値は正確らしい。しかし、俺と同じく評価値1でも、能力差はあった。あの金髪なんかは特に優秀である。
また、そのほか、武器の取り扱いも同じく訓練する。まあ特に流派なんかはないので教えることもそんなにない。刀に振り回されないように、最小限の体力消費で取り扱えるように、ひたすら素振りをするだけだ。
基地には娯楽もなにもないので、必然、やることは寝るか訓練か探索するかになる。否が応でも訓練せねばならないのだ。エスニやオウなんかは、ちょくちょく弱音を吐いていたし、それ以外の者も、かなり精神的に参った様子を見せることもあった。だが、彼ら彼女らも、いくら泣き言をいっても、結局やるしかないということを理解している。皆、訓練に励んだ。
おおよそ一か月ほどが経ち、これらの訓練を行うと、最後は戦闘である。俺とサンが補助に入りつつ、モンスターと戦闘を行う。最初は何人か死にかけたが、それも慣れる。やがて、少し危なっかしいが、モンスターを単独や、最低でもグループで倒せるようになる。
ここまでくると、もはや彼らと、俺やサンの間に実力差はほとんど無くなる。つまり、ものになった、ということになる。訓練が、終わるのだ。
そして、実戦が始まる。ここからがスタートであった。俺とサンにとっても、そしてミイミヤやディーやサイやエスニやオウやその他の面々にとっても、である。
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