21.交流:3

 サンと共に食料生産装置に向かうと、青髪と金髪の女が、手に複数の容器を持って、廊下を歩いているのと行き会った。青髪がこちらを見て、「あ」と言う。疲れているだろうにその表情は穏やかだ。


「これ、容器をつくってたんだ」


 容器? 食事用のだろう。3Dプリンター、造形装置でいくつかつくったのを装置の脇においておいたが、足りなかったのだろう。失念していた。二人とも、器を重ねて手に持っている。


「朝はしょうがないから手で食べたけど、よく考えればつくればよかったと思って」

「悪いな。いいそびれてた。食器のこと」


 サンが答える。どうでもいいがいつのまにか敬語ではなくなっている。探索中になにかあったのだろうか。


「エスさんや、他の人のぶんもつくっておきましたよ」

「ありがとうございます。あ、私にも敬語じゃなくていいですよ」

「あ、そうですか。あ、いや、そうか。でもエスのほうは……」

「わたしはこっちのほうが落ち着くので」


 青髪は困ったように微笑む。俺が敬語にしているのは、もともと普段から友人や家族以外とはこんな話し方だったというのと、それにこちらのほうが心象がいいだろうという打算もある。


「そう。じゃあ、敬語はやめるよ」


 四人で連れだって、食料生産装置のある部屋に行く。部屋に入ると、青髪と一緒にいた集団がいた。なにやら談笑している。ミイミヤもいた。隅にいて、なんだか居心地が悪そうである。この集団から少し離れた場所にあの泣いていたおどおどとした女。それに先ほどの黒髪と連れの男も部屋の隅にいる。男は俺を見ると露骨に顔をしかめた。


 青髪が皆に食器を配り始める。「人数分つくったんだ」と言っている。気配りのできる奴である。その人好きのする笑みを見ていると、なんとなく学生時代を思い出した。こんなふうに同年代とは思えないほど人間のできた奴が学年にひとりはいたものである。名前は憶えていないが、俺は感服するばかりであった。


 そう思うと、若い同年代くらいの男女が狭い空間内で生活する今の状況は学生の頃を想起させる。高校とか中学とか、その頃だ。見た目の年齢もそれが一番近い。

 俺とサンも、金髪の女から食器を受け取る。これまたコップやスプーンもつくってくれていたのでありがたく受け取る。いつのまにか、あの単独行動をとっていた痩せた男も戻ってきた。


 べつに示し合わせたわけではないが、皆で食事をとることになる。部屋のあちこちにグループや個人にわかれて座り、誰が号令したわけでもなく食べ始める。会話は皆控えめである。青髪たちのところが比較的にぎやかなくらいだ。誰が言い出したか、このおかゆみたいな食料が美味いか不味いかが論点になっているらしい。「美味い」だの「美味しくない」だのと言い合っている。


 彼らが騒がしく話すものだから、俺もなんとなく気になって「サンはどうなんですか」と横に座るサンに訊ねてみた。するときょとんとして「悪くないと思うが」と言う。「え」「嫌いなのか」「食感がちょっと」「まあ確かに。だが味は悪くないし、慣れれば美味いと思うが」「……そうですかね」


 スプーンに乗る流動体を眺める。美味い? いや、うーん。そう言われると味は悪くないし……。そう思って口に運ぶが、やはり苦手だ。まあ好みがわかれるということなのだろう。


 そんなことを考えてながら食べていると、突然、聞いた覚えのある声が室内に響いた。やけに大きな声だ。

「いや、これ不味いだろ」

 見ると、あのさきほど俺に謝ってきた男である。隣に座る黒髪と話しているようなのだが、声が大きいので、部屋に響く。皆、いっせいに男のほうを振り向く。男は、それに気づかず話し続ける。


「不味い。美味いわけない。お前、頭おかしいだろ。これのどこが美味いんだよ」黒髪がうんざりしたように溜息をつく。「声がでかいって」「お前がおいしいなんて言うからだろ。どこが美味いんだ?」


 黒髪は「いいから黙れよ」と言うが、おかまいなしにその男は話し続ける。「いやいや、それはおかしいだろ。俺はこれが美味くないって言ってるだけだろ。なんで俺が黙らないといけないんだよ」


 俺は苦笑いすることしかできない。サンを見ると眉をひそめている。どうやらあの男、こういう厄介な性格らしい。青髪たちのほうを見ると困ったように笑ったり、驚いていたりと様々な反応だが、共通しているのは好意的な表情ではないということである。例の泣いていた女は怯えた表情。痩せた男は意に介していない。


 黒髪は完全に諦めたようで俯いて食事をとっている。男はそれに気づかず身振り手振りを交えてマシンガンのように話し続ける。ずっと聞いているとうんざりしてくる。


 突然、ガンっと食器を置く音が響いた。音の出どころは隅にいた痩せた男である。彼は立ちあがり、口角泡を飛ばさんばかりであった男を一瞥すると、舌打ちをして部屋を出ていった。今まで話し続けていた男はそれを見てぴたりと話をとめた。ぐるりを見る。殴られたかのように呆然としたのち、彼もまた立ち上がった。アピールするかのように手振りをして、怒涛のように言葉を発す。「え、え、え? おい。え。俺が悪いのか。うるさかったか。なら言えよ。黙ってないでよ」皆、うんざりとした顔をしている。


「まあ、落ち着いて」青髪が沈黙を破って言う。青髪もまた立ち上がり、宥めるようなジェスチャーをする。「はあ?」男は引かない。怒りがヒートアップしている。すると「あー、もう」と青髪の横にいた金髪が立ち上がり、怒鳴った。「あんた、ほんと煩い。さっきからずっと自分のことばっか喋って、黙れないの。どっちでもいいじゃん。美味いとか不味いとか」


 いや、それはけっこう大事なんですが……と思ったが言うわけにはいかない。「馬鹿なんじゃないの。黙れよ。いい加減」「は、はああ?」「黙れ!」金髪が怒鳴る。男を睨みつける。男は頬を打たれたように啞然としたのち、怖気づいたように口をつぐんだ。俯き、すねたこどものようにどしんと座り込んだ。


「最悪」金髪が呟き、座り、青髪もまた座った。嫌な静寂が部屋を埋め尽くす。サンを見ると肩をすくめて、こっそり耳打ちしてきた。「賑やかになったな」「こういうふうなのは望んでないんですけどね」


 沈黙が続く。食器とスプーンが触れ合う音だけが響く。しかし、この嫌な沈黙はそう長くは続かなかった。肩を縮めて居心地悪そうにしていたミイミヤが沈黙を破ったのだ。


「あの、みなさん。名前って、もう考えましたか」

 皆がミイミヤを見る。困惑したような雰囲気。だが、青髪がこれに乗っかる。「いや、まだかな」「エスさんから聞いたんですけど。耳の後ろに番号があるみたいで、それ、参考になるかなって」「ほんと?」青髪グループの男が青髪の耳の後ろを見る。「あ、ほんとだ。えーっと、ND-Ⅱ?」「俺は俺は?」


 一斉に皆、話し出す。さきほどまでの空気とは一転、和気あいあいとしている。おのおの自分の名前をどうするか話し始め、ときおり笑顔も見える。会話は盛り上がっていく。あのひとりでいた女や黒髪も会話に加わる。いつのまにか戻ってきた痩せた男も話に参加し、俯いていた当のあのうるさいバカもしれっと話に首をつっこんで迷惑がられている。


 この歓談を眺めながら、俺とサンは顔を見合わせ、何度目かわからぬ苦笑をお互いに浮かべた。

「……AIも人選ミスするのかもな」

 サンが呟く。俺は思わず噴き出した。

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